黄瀬のラブソング

黄瀬涼太は黒子テツヤのことを考えながら寝返りを打った。
「黒子っち~……」
彼は黒子に模した抱きまくらをぎゅっと抱きしめた。
「俺のどこがいけないんスか~」
恨めしそうな声を出す。黄瀬は前に彼の通っている海常に黒子を誘ってフラれているのだ。女の子にもフラれたことがないと言うのに。
黄瀬はバスケの傍らモデルをやっている。彼のバスケセンスは天才との折り紙つきだ。スポーツオッケー、容姿もオッケー。勉強もまあ、オッケー……かな。
そんな傍から見れば羨まし過ぎるくらい羨ましい天与の才に満ち溢れた少年、黄瀬涼太が初めてままならないものに出会った。それがバスケであり、青峰であり、黒子であった。
青峰に憧れてバスケを始めた少年は、やがてスタメンとなり、それでも青峰は超えられなくて……。
黒子のことは……正直馬鹿にしていた。馬鹿にしていたという言い方が悪ければ、甘く見ていた。
(あんなに下手なのに一生懸命になっちゃって)
黄瀬から見ればまさしくそんな感じだった。
だが、青峰とバスケをやり出すと……。
(コイツ……凄いっスね)
と、黒子に感嘆した。
それからというもの、黄瀬は黒子にも纏わり付くようになった。黒子は相変わらず淡々としていた。
どうしても欲しかった。だって、黒子は青峰の影だったから。
黒子本人が好きなのか、青峰の影だったから欲しかっただけなのか、今となってはわからない。ただ、言えることは……。
「黒子っち~。大好きっス~」
つれなくされればされるほど募る恋心。
(でも、黒子っちは火神っちが好きなんスよね……)
火神大我。誠凜バスケ部のエース。赤い髪。そして……。
(何となく昔の青峰っちと雰囲気が似てるんスよね……)
青峰大輝の中学生だった頃にそっくりだ。
(ああいうのが好みなんスね……黒子っち)
だとしたら自分に勝ち目はない。青峰にも勝ったことはなく、火神にも負けている。タイプ的にも自分とは違う。
でも、黒子に対してだけは本気だ。黒子は誰にも渡したくない。
例え、青峰相手でも。そして、今の黒子の相棒、火神にも。
(好きっス、黒子っち……)
それは黄瀬が黒子に送るラブソング。
抱きまくらを放して自分の体を抱きしめる。涙も拭わないまま、黄瀬は眠りに落ちていった。

「いいねぇ、黄瀬クン、その歌い方!」
「そうっスか?」
自分としては、寝不足と、認めたくないけど叶わぬ恋のおかげでぼーっとして半ば自棄になって歌っていたのだが。
これだから世の中は結構ちょろい。
「どこが……良かったんですか?」
「憂いを含んだ歌い方だね、うん」
失恋の歌で良かった。実感だけは出せたつもりだ。恋に破れても、自分は恋人を想い続ける。そんな歌だ。
「まさかここまでとは思わなかったよ!歌手になる気はないの?」
「……残念ながらモデルの仕事の方が忙しいんで」
「バスケの方もやってるんだよね。天才なんだって?がんばってね!」
黄瀬はスポーツバッグを肩にかけてレコーディング室を出る。
(やっぱり……オレ、歌の時はあれでも緊張してたんスね)
いい声だとは褒めてもらえるけど、自分にはバスケとモデルが性に合っている。カラオケは大好きだけど。
(プロとして歌うのは……いつになってもちょっと慣れないっス)
それでも失恋の歌でまだ良かった。明るい恋の歌なんか要求されたら泣いてしまうかもしれない。
(黒子っち……君が好き……)
気持ちが溢れてきて、さっきの歌を歌っていた。
ちょろいなんて思ってて悪かった。……改めて歌うと良さがわかる。
「黄瀬クン……!」
「あ、あなたは……」
日本人なら誰でも知っている敏腕プロデューサーだった。
「レコーディング聴いたよ。今の歌もなかなかじゃないか。モデルだけなんてもったいない」
「やだな。聴いてたんスか。それにオレにはバスケもあるんスけど」
「ああ、バスケね、うん。試合観てるよ……娘達がね。うちの娘、黄瀬クンが好きでバスケにハマったくらいだから」
そう言って男は笑う。父親の顔をしていたから、嘘ではないだろう。
このプロデューサーにもファンが多いと聞く。話し上手で親しみやすいからかもしれない。
笑いながら黄瀬はその場を辞す。背中に、
「CD、絶対買うからね。がんばってね」
との相手の大きな声を浴びながら。

黒子っちはCD買ってくれるだろうか……。
動画で観るんでもいいけど……やっぱりCDは絶対買って欲しい。あの人達が魂を込めて作った歌と曲なんだから。売上が彼らの報酬となるのだから。
黄瀬は黒子にメールした。今月末に自分の新曲がテレビの歌番組で発表されることを。
(おっと。動画で観るのもいいけど、絶対CD買ってね、と書くの忘れてた)
ねぇ、黒子っち……あれは黒子っちのこと考えて歌った歌だよ……。
メールの着信音が鳴った。
『from 黒子っち
わかりました。必ず観ます。CDも買います』
「黒子っち……」
黒子には自分の言いたいことが伝わっていた。そして、自分の意見ははっきり言うけど、いつも一番言って欲しいことも言ってくれる。黄瀬の瞳が涙で潤んでいた。
「全く……どこまで他人のこと気遣う人なんスか。黒子っちは……」
桃井も知らず知らずのうちに心を打つ言動をする黒子のそんなところに惹かれてなにくれとなく世話を焼いていた。ちなみに桃井は黄瀬や黒子の中学時代のバスケ部マネージャーで同じ年だった。緑間は桃井が黒子のことを好きなことについてはちっとも気付いていなかったようだったが。
(まあ、緑間っちはマイペースっスからね。恋バナについてはサル並の鈍さ……いや、サルに失礼っスね……)
黄瀬は苦笑した。
(まあ、オレも……桃っちも恋敵なんて……アブノーマルっスかね)
けれど、毒にも薬にもならない『ふつう』など丸めてごみ箱に捨ててしまえ!
オレは黒子っちが好き。何度フラれても、いつか振り向かせて見せるぜ、黒子っち!
黄瀬は雲一つない空を見上げた。歌手になる気はないけれど。今度は新しい歌が歌えそうな気がしてきた。新しい黄瀬涼太のラブソングが。

後書き
ラムのラブソングを聴いて思いつきました。きせりょ三部作その一。
パソコンを修理に出した時にケータイで書いたぱこぱこ打って書いた小説。ありがとうティエリア様(ケータイ)。
こんな話書いてますが……私は以前は音楽はCDではなく動画で聴く派でした(笑)。
2013.8.24

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