絹江と京助 ~もう一つのエンディング~ 眠りから醒めた絹江には、現実が待っていた。 「私……」 傍らにはウェディングドレスを特集した雑誌と紙袋に入れられた札束、そして――植物状態の婚約者、京助。 絹江はどれほど待つだろう。京助が治る日を。 周りの人々は、事情を察してくれて、何かと世話を焼いてくれている。有り難いと思っている。絹江は、幻が現実になることを夢見ている。 この病院の先生は初老の、いい人で、今朝方、京助の手を撫でながら、 「京助くんはいいね。あんな可愛くて親切な看護婦さんが傍にいてくれるんだから。これは、何が何でも意識を取り戻さないと。医者は、その手助けをするだけ。自分の力で治らないといけないよ。君が元気になったら、絹江さんと結婚するんだろうね。仲人は、私達夫婦に任せてくれないかい? もっとも、何の力にもなれないかもしれないけれど――」 絹江は、それを、廊下で聞いていた。病室に入っていく気にはならなかった。ただただ無性にうれしく、切なかった。 それにしても――と、彼女は、さっきの記憶を思い返す。 (いい夢だった――) 絹江は本で見たようなドレスをまとい、京介のタキシードも、彼女の花嫁衣裳と同じ、純白の白。 夢の中で京助に言った、変な二人組というのは、奪還屋の、美堂蛮と天野銀次だ。 (この札束は、あの二人からのサービス……?) 彼女は、お札を数えてみた。少し減っている。 「まぁ、ずいぶんおまけしてくれたこと……」 絹江はくすっと笑った。 けれど、京助は動けない。話もできない。 これは事実。 京助の口の端が、僅かに綻んでいた。誰も気付かなくても、絹江には、京助の表情の変化を知ることができる。 「私達、もしかして同じ夢見てた……?」 絹江の胸に熱い物がこみ上げてきた。彼女は涙を流した。 「どうして。どうしてこれが現実なの。どうしてさっきの夢が現実じゃないの。答えてよ。誰か。京助……」 せめて口づけをもと、泣きながら京助の顔を覗き込むと、彼の頬の筋肉が、動いたような気がした。 「……き……」 「え?」 「き……ぬ……え……」 (まさか! 空耳じゃないわよね!) 確かに彼は言った。『絹江』と。 「京助! 私がわかるの?! 今言ったわよね! 『絹江』って」 今度は反応を返さなかった。 だが、絹江の喜びはおさまらなかった。 「先生! 小川先生!」 絹江は、主治医の部屋を、大急ぎでバタンと開けた。 「京助が……京助が言ったの。『絹江』って」 「君の名前を?」 「はい!」 「これは、予想以上に自己治癒力が働いているのかもしれないな。絹江さん、君がいてくれて良かったよ。楽観はできないが、もう少し様子を見よう」 「はい! わかりました」 先生が、「気のせいだろう」と片づけなかったのが嬉しかった。 そして、何故か、あの奪還屋二人組のことを思い出した。 (もしかしたら、あの人達が、取り返してくれたのかもしれないわ。私の幸福を……) 数年後―― 絹江はウエディングドレスに身を包んでいた。そして、目の前には、愛しいあの人が―― 「京助!」 「絹江!」 二人はお互いを抱きしめ合った。 「夢じゃないのね。私達、今度は本当に――」 「ああ」 「私達、今度は本当に――」 絹江の唇を、京助のそれが塞いだ。何故なら、京助も彼女と同じ台詞を心の中で言ったからだ。 (一緒に、幸せになろう) 不運に見舞われたからこそ味わえる、二重の喜び。 願わくば、この二人の幸福が、一生続かんことを―― 後書き はい。オリキャラ入ってます。 この病院の先生のモデルは、小学校時代にお世話になった方です。今も元気かなぁ……。 |