荻原クンの近況

「もしもし、シゲ」
「おー、もっちー、久しぶり!」
 オレ、もっちーこと持田は荻原シゲヒロのチームメイトだ。或いは、元チームメイトというべきか。オレもシゲもバスケを辞めたからだ。
「なぁ、シゲ。バスケは……」
「ん。すっぱりやめた。もう未練はない」
 そんなこと言って無理して……お前のセリフのトーン、下がってるぞ。
「でもな……誠凛がWC(ウィンター・カップ)決勝に出るぞ」
「誠凛?」
「黒子が進学した学校だよ」
「持田! お前、その情報どこから?!」
「同じクラスのヤツが教えてくれたよ」
 シゲは黒子のことを話すと途端にテンションが上がる。
 黒子のこと、まだ好きなんだな。
 これでバスケもまたやってくれるといいんだけどな……やっぱり、シゲくらいの選手が埋もれたままなのは惜しい。
「もっちー! WCどこでやってる!」
 ――オレは笑っていたことだろう。
「連れてってやるよ。シゲ」

「うわー、さみー」
「ここ数日こんな感じだぞ。シゲ、お前、外出てなかったのか?」
 シゲはそれには答えずに言った。
「さ、行こうぜ」

 そして、誠凛がピンチに立たされた時――。
「ガンバレ! 黒子!」
 そう言って黒子を励ましたのは――シゲだった。
 そして、バスケットボールを持って、いい顔をして笑った。
 何だよ――シゲのヤツ。元気じゃないか。前会った時は上っ面だけの空元気で心配したけどな。
 オレも応援する。ガンバレ、誠凛。
「あ、は……」
 オレには、黒子が泣いてるような気がした。黒子の表情なんてこっからじゃよくわかんないけど――そんな気がした。
 シゲを連れてきて良かった。オレはそう思った。
 そしたら、やたらガングロのヤツが、オレ達に呼応するように声援を送った。
 あれは、キセキの世代の――。
 そうか。やっぱあいつらも、バスケ好きなんだ。
 似てるかもな。シゲと。
「誠凛! 誠凛!」
 誠凛コールが鳴りやまない。
 火神というヤツがゴールを決めた時、こいつらすげぇと思った。
「あいつらとバスケやってみたいな――」
 シゲ?
 まだ笑ってる?
「もっちー。あいつら、すげえな」
「ああ。でも、お前もすごいよ」
 バスケットボール持って、友の応援に駆け付けた。そんなシゲをすごいと思うし誇りに思う。
 バスケ、できるといいな。黒子と――誠凛と。
「シゲ、今は調子いいみたいだな」
「おう!」
 シゲは最高の笑顔を見せた。
「この試合、勝つのは誠凛だ!」
 それがシゲの予言だったように――。
 誠凛高校男子バスケ部は勝利をおさめた。
「行こう、もっちー」
「え? 黒子に会いに行くんじゃ……」
「オレは黒子にとっては『かつてのバスケ仲間』だ……オレは黒子と、戦うことさえできなかったんだ……」
 シゲ……。
「お前、まだ……」
「うん。引きずってる」
 オレは思った。シゲは心を病んでいる。病んでいる、というほど酷くはないか。
 けれど――黒子なら、シゲの心も溶かすかと思ったのに。バスケ、やってみたいって、さっきそう言ったのに。
「シゲ、黒子とバスケするんだろ」
「いつかな。だが、今はその時じゃない」
 シゲが沈んでいるように見えたのは気のせいだろうか。いや、沈んでいるわけではないか。オレの思い込みがそう感じさせたのだ。きっと、そうだ。シゲは、まだあの中学の頃のシゲのままだ。そう信じたい。でも、本当に明るかった頃のシゲには、完全には戻っていないのだろう。
 取り敢えず今は――そっとしておこう。
 あいつを完全に立ち直らせるにはキセキの世代の力も必要だろう。
 今は様子を見ておく。でも、いつかは――。キセキの世代をシゲの前に引っ張ってでも連れて来てやる。
「もっちー。親父がさ……オレを思春期外来に連れて行くって言ってる」
「うん……」
 今のシゲには医者の力も必要だろう。
「でも、オレは行きたくない」
「だろうな――」
「黒子もがんばってるから、オレもがんばる。がんばって、病気治す。でも、今は――自分一人の力で踏ん張ってみる」
 そんな肩肘張るなよ。シゲ。及ばずながらオレもいるんだしさ。
「シゲ。オレじゃお前の力になれないか」
「そうじゃないよ。ただ――」
「ただ?」
「何でもない」
 シゲは笑った。苦さの全くない笑いだった。まさか、また笑うとは思っていなかった。今日のシゲはよく笑う。――久しぶりだった。以前会った時も笑ってはいたが、あの時とは違う、心からの笑みだった。
 オレもふふっと笑った。
 ありがとう。黒子――。

 そして、年も明けしばらくして――。
「もっちー。ゲンキしてる?」
 シゲの明るい声。何かあったのか? 黒子とバスケしたのか?
「お前、黒子と――」
「……あのな、キセキの世代のヤツらがオレに会いに来てくれたんだ。この前な。全員じゃなかったけど」
「ああ」
「オレな、アメリカ行くかもしんねぇわ」
「はぁ?」
 シゲの爆弾発言にオレは驚きの声を上げた。
「変な声出すなよ。実は――親父にも言われてたことなんだ。思春期外来行ってくれるなら、どんな交換条件出してもいいと」
「それで、お前はアメリカ行きを条件に……」
「そ。親父も納得してくれたぜ」
 なんてぶっ飛んでるんだ。シゲ。オレはくっくっと忍び笑いをした。
「もっちー?」
「ああ。すまん。思春期外来ってのは、アメリカの方のか?」
「うん。アメリカの方の心理療法は進歩しているから、親父もOKしてくれた。まぁ、準備とか、まだいろいろあるけどな」
 オレ達は世間話をして電話を切った。オレは心理学は素人だけど、シゲはすっかり元気になっているらしかった。まるで生まれ変わったかのように。予断は禁物だが。
 オレも、黒子とバスケがしたくなってきた。それから、多分生まれ変わったであろうキセキの世代とも。考えているうちに本当にバスケがしたくなってきた。
 また連絡するぜ――シゲのその言葉を胸に、オレはバスケットボールを持って近くのコートに向かって行った。

後書き
荻原君の友達、持田君の一人称です。
荻原君については、私はめいっぱいあることないこと書き立てたんで、そのフォローの小説です。
荻原君、元気になって良かったね。持田君のおかげもあるかもしれません。
2014.12.19

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