決裂

※国名表記です。

 その時、俺はアメリカの家に遊びに来ていた。くそ重い紅茶セットを持って。
「わー、イギリス、遊びに来てくれたんだね!」
「ああ」
 アメリカの笑顔を見てると、こっちまで元気になる。
「イギリスく~ん。君はいつから幼児趣味に走ったのかなぁ~」
 なんて、二ヨ二ヨしながらよくからかってくるフランスに関する記憶も気にならない。それに、アメリカは成長が早い。もう、ティーンエイジャーぐらいにはなっている。
 おっ、あれは!
「おじさん、誰?」
「――俺の上司だ」
 上司はまず俺に話しかけてきた。
「君がどこにいるかと訊いたら、ここだってわかってな――イギリス」
「は――はい!」
「その子がアメリカくんか?」
「は……初めまして」
 アメリカはあたふたしながらも礼儀正しく挨拶した。
「ふぅん……」
 俺の上司は値踏みするように、アメリカをじろじろと見ている。
 あ。やな予感。
 アメリカもそれは感じ取ったらしく、少しずつ後ずさりしている。
「じゃ、私も何日か滞在させてもらおうかな」
「いや……」
 断りかけたアメリカを俺は手で制した。思えばこの時、無理にでも帰ってもらえば良かったのかもしれない。だが、俺は――。
「いいですよ。どうせだったら、私達の家に泊っていただければ」
「おう。そいつはありがたい。じゃあ、お邪魔させてもらうよ。ここかい? 君達の家は」
「はい、そうです」
「大きくて立派な家だね」
「どうも……」
 上司は家に入って行った。
「イギリス! あいつやなんだぞ!」
 アメリカは早速文句をぶつけてきた。憤懣やるかたない、という感じである。
「しかしなぁ……そんなこと言ったって、俺の上司だし。何回かしか会ったことないけど」
「とにかく、やなものはやなんだぞ」
「わかった。じゃあ、一晩だけ、一晩だけな」
 俺はどうしてあの時、上司ではなく、アメリカを説得しようと思ったのだろう。
 ――アメリカは頷いた。
「わかったんだぞ」
 消え入るように、アメリカは呟いた。
 夜になった。
 アメリカはもう寝ただろうと思い、俺は、上司に自慢の紅茶を振る舞った。
「イギリス、君は良い植民地を持ったね」
 上司が口を開いた。
「植民地?」
「アメリカのことだよ」
「ああ、あれは……」
 アメリカのことは、本当は弟だと思っている。けれど、それを上司に言うのは恥ずかしかった。
「あの広大な土地。それを手にした我が国はフランスにも勝てる」
 フランスに勝てる……。それが魅力的に思えないこともなかったけれど……。
 アメリカは植民地ではない。俺の弟だ。
 はっきりそう言ってやれたら、どんなに胸がすくだろう。
 けれど、言えなかった。ひとつには、照れもある。
「イギリス。この調子でアメリカを懐柔するんだな」
「懐柔なんてそんな……」
「アメリカ、なかなか可愛い子ではないか。体の方も楽しませてもらうよ」
「いけません!」
 俺は、怒鳴っていた。
「そんなことは、断じて俺が……!」
「ああ、そうか。そういうことか」
 上司は紅茶を啜りながら、心得顔で頷いた。
 ちきしょー。やっぱり帰ってもらえば良かった。このエロ親父!
 でも、泊るのを勧めたのはこの俺だからな……。
「とにかく、イギリス本国ではできなかったあれこれが、このアメリカではできるんだからな。イギリス、君はよくやったよ」
 けっ。おまえの為にしたんじゃねぇよ。
「アメリカのことについては、陛下もさぞお喜びになるだろうよ」
 気分を害したことを知ってか、上司は、俺が唯一頭の上がらない存在を出してきた。
「まぁ、陛下がお喜びになるなら、それはそれで……」
 俺の紅茶カップが揺れる。少しこぼした。
「さてと、イギリス。今夜は私の相手をしてもらおう」
「――だめです」
「いいではないか。知ってるんだよ。君がニンフォマニアだってことは。私を泊めたということは、君にもその気があると考えていたんだが」
 怖気が走った。確かに俺は色情狂かもしれないが、相手は選んでいる。こんな奴が相手だなんて、ごめんだ。この上司がこんなイヤらしい奴だったなんて……! 俺は決してそんなつもりはなかったのに!
 俺が上司に言い寄られていた時――かたん、と小さな音がした。誰だ、と思うより先に、しまった、と思った。
 アメリカだ!
 アメリカが怖い顔をして、ドアの外に立っている。
 まさか、上司の欲望の方には気付かないでいるだろうとは思うが……。
「アメリカ……」
「イギリス! 君は俺のこと、植民地としか見ていなかったんだね! それに、それに、あんな親父と……!」
 アメリカは俺の言うことも聞かずにまくしたてている。上司との俺とのやり取りの意味もわかったみたいだった。
「俺は、君も俺のことが好きなんだと思ってたんだ! でも、それは勘違いだったんだね! 俺のことなんか、好きでも何でもなかったんだね!」
「違う! それは違う!」
「イギリス……君の噂は聞いている。でも、君がいい奴なのを疑ったことはなかった……」
「えっと……それじゃ……」
 しかし、次のアメリカの言葉に、俺の微かな希望の火は消えた。
「イギリスは噂通りの奴だった。俺は、君から独立してやる!」
 ――やがて迎えた独立戦争。
 俺は――アメリカを追いつめた。
 撃たなきゃ。撃たなきゃ、こっちがやられるかもしれない。
 雨が降っていた。泥まみれになった、もうすっかり一人前の男になったアメリカを俺は見つめた。
 愛してる。アメリカ……。
「詰めが甘いのは……俺の方だな」
 アメリカに殺されるなら本望だ。そう思った。
 アメリカ、アメリカ、アメリカ……。
 俺は泣いていた。
「殺れよ」
「できないよ……君がどんなにひどいやつでも……。兄さん」
 アメリカは、自分も泣きそうなへの字眉をしていた。なんて顔してんだ。ばか……。
 アメリカが『兄さん』なんて言うの、初めて聞いた。いつもイギリスと言っていたし、俺もそう呼ばせていたし。
 ありがとう。アメリカ。短い間だったけど、兄弟というものを体験できて、楽しかったぜ。
 俺は……ごはっと血を吐いた。まるで、体の一部が削り取られたようだ。この頃、具合が悪かったんだ。
 医療班に搬送されている間、俺は、幸せだった頃の記憶に浸っていた。

2011.8.14

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