バーナビーの幸せ家族 後編

「どうしたんです? 虎徹さん」
 虎徹さんの視線の先には――レジェンドのフィギュア。
「欲しいんですか? 虎徹さん」
 虎徹さんは大のレジェンドファンだ。ヒーローになった理由も、レジェンドに憧れたから、だと言う。
 僕は八百長なんかしていたレジェンドより、虎徹さんの方がいいヒーローだと思っている。レジェンドは運命に負けたが、虎徹さんは運命と戦っている。同じ、能力減退という悩みがあるのに――。それに、レジェンドは些か恰幅が良過ぎる。僕達ヒーローの先鞭をつけてくれた存在としては認めるけれど。
 でも、レジェンドの最盛期に彼に会った虎徹さんは彼によって、いわゆる刷り込みをなされたらしい。そのことでは礼を言いたい。
 虎徹さんがヒーローにならなかったら、僕も虎徹さんに会えなかったと思うから。
 彼はどうしようもないし、おせっかい焼きだし、適当だし――けれども、それ以上に人間的な魅力がある。足掻く姿がかっこいいと思う、こんな人は初めてだ。それに、ベッドでは妖艶な痴態を見せてくれるし――。おっと、危ない危ない。ここは健全なデパートの中。カリ―ナさんだっていることだし。
「僕、レジェンドのフィギュア欲しい――」
 虎徹さんはわざと舌足らずな声で言う。大人の虎徹さんが言うと気持ち悪いのだが(それでも、それを可愛いと思う僕――ああ、末期だ)、子供の姿であどけなく言われると、買ってあげようかという気にもなる。
「ねぇ、買ってぇ、パパ」
 パパ――。
 虎徹さんが言うと何ていい響きに聞こえるんだろう。
「わかりました」
「やったぁ!」
「タイガ―……ハンサムに『パパ』はないでしょう?」
「ローズはママだぞ」
「冗談じゃない!」
 僕達は同時に言った。
「俺、わかってるから――」
 何がわかってるんだ。断言する。虎徹さんは、全然、何にも、わかってない。僕達が虎徹さんに夢中なことも……。
 どこかが壊れる大きな音がして、デパートの床がぐらっと揺れた。
「な、何っ?!」
「危ないっ!」
 店内は一気にパニックになった。
「落ち着いてください、落ち着いてください」
 女性店員の呼びかけも不安を煽るだけだ。
 デパートの天井に大きな穴が開いて、黒づくめの男達が下りてきた。
「ヒ―」
「ヒ―」
 なんてセンスのない叫び声だ。僕は眉を顰めた。
『ボンジュール、ヒーロー』
 アニエス・ジュベールの声だ。
『シュテルンメダイユ地区のPデパートで事件発生! すぐに向かって!』
 僕達はもう既にいるのですがね……。後続のヒーローを待った方がいいのだろうか。
「あーん、ママぁ!」
 女の子が一人、捕まった。四歳ぐらいか。
「みっちゃーん!」
「行くぞ、バニ―」
 虎徹さんが大人びた声で言う。
「大丈夫なんですか?」
「――ああ。何とかなるだろ」
 と言ってる間に、こちらにも黒づくめの怪人達が迫ってきた。複数の敵を僕は蹴り倒す。パンチよりキックの方が得意なのだ。
 虎徹さんも戦っている。能力を発揮して、怪人達を殴り飛ばしている。
 みっちゃんは無事保護して母親に渡した。
「ヒ、ヒ―ヒ―」
「ヒ―」
 怪人達は逃げて行く。僕達も後を追う。彼らが向かった先はデパートの屋上だった。
 大型ヘリが空中に浮いていた。しかし、仲間を見捨てて出発しようとしている。
「ヒーーーー!」
 怪人の一人が叫んだ。哀れだ。つまり、彼らは捨て駒にされたのだ。元凶が乗っているのはあのヘリだ。
 僕は足元に手ごろな小石を見つけた。
「待て! 逃がして――たまるかっ!」
 小石を思い切り蹴飛ばすと、それはエンジンを貫通したらしい。炎と煙を吐いて、ゆっくりと墜落する。
 僕はヘリに向かう。仲間を見捨てるような悪い奴でも命だけは助けてやらねばなるまい。どうせウロボロスではないのだろうし。
 悪い人間でも助ける。これは虎徹さんから教えてもらったことだ。
 ドアを開け、人を二人引きずり出す。
「バーナビー!」
「虎徹さん!」
 僕はつい叫んでしまった。機体に張り付いた虎徹さんがこう言った。
「子供の体でもひとりかふたりぐらい運べるだろ。ハンドレットパワーを使っているからな――こいつらそっちに渡せ。よっ!」
 ああ、虎徹さんは本物のヒーローだ。レジェンドのような偽物ではない……。
「しっかりしがみついてろよ」
 そう言って、虎徹さんは飛んだ。屋上にいた人達が声援を送る。
 僕も何名か抱えて空を飛んだ。
 こんな時に不謹慎なのはわかっているが――何て気持ちがいいんだろう。
 だが……ヘリは落ちそうだった。このままでは撃墜してしまう。
 その時――。
 機体が氷に包まれた。ヘリを支えている氷のおかげでそれは宙に浮いているように見える。通行人は避難していたので、誰を巻き込むこともなかった。
 僕は叫んでいた。
「ブルーローズ!」
 カリ―ナ、いや、ブルーローズは人の話も聞かないで――
「私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を完全ホールド!」
 という台詞とポーズで決めた。
 いつの間にか、ヒーローTVの撮影班が来ていた。他のヒーロー達も。
 辺りではブルーローズコールが上がっている。
「あー、俺達、すっかりブルーローズにくわれちまったな」
「ですね」
「でも、あいつどこで着替えたんだろうな――」
「……どうでもいいことですよ」
 僕はちっちゃな虎徹さんの肩を叩き、帰ろうとしたら――わっと人々に取り囲まれた。
「すごい活躍でしたね! バーナビーさん!」
「その子もNEXTなんですか?」
「さすがバーナビーさんの息子さんですね!」
「いえ……この子は……」
「息子でなければ親戚とか?」
「――のようなものです」
「おおっ! バーナビー二世が誕生するのも楽しみですね!」
 僕達はやっと人ごみから抜け出してきた。
「いつ、俺がおまえの親戚になったよ」
 虎徹さんが恨めしそうに僕を見上げる。
「じゃあ、何て言えば良かったんですか?」
「そりゃおまえ、バディとかさ」
「世間の目というものもありますよ。虎徹さんが僕の恋人と言う方がまだ信じてくれるんじゃありませんか?」
「こ……恋人……」
 虎徹さんが赤くなった。可愛い。僕は虎徹さんを抱き締めた。
「小さくなっても、貴方は僕のものですよ」
「あのな、バニ―ちゃん。明日は薬切れるんだけど」
「ハンサム―! タイガ―!」
「おう、ローズ」
 僕はブルーローズの方を見遣った。
「アンタら二人とも薄情ね。私を置いていくなんて」
「だって、あそこで主役はおまえだったろ」
「ふぅん。まぁいいけど。今夜ハンサムの家に泊ってもいいなら許してあげる」
 ブルーローズが爆弾発言をした。
「えっ」
「ふぅん」
「『ふぅん』って、貴方、事の重大さわかってるんですか? 虎徹さん」
「まぁ、おまえ次第だよな」
「――わかりました。協力してくれたことですし、是非泊って行ってください。ブルーローズ」
「やたっ!」
 虎徹さんはわかっているのかいないのかにやにやしていた。

 夜――。
 虎徹さんが僕の家のソファで気持ちよさそうに眠っている。今の虎徹さんは子供の体だから疲れやすいのだろう。ああ、寝顔も可愛いな。この子があの虎徹さんになっていくのか……。まぁ、おじさんになった虎徹さんも色っぽいからいいけど。
「アンタもタイガ―も、子供産めなくて残念ね。二人とも子供好きそうなのに」
 カリ―ナに戻ったブルーローズが言う。
「……僕には楓ちゃんがいますから」
「楓ちゃんだって、ゲイのパパは嫌いだと思うわ」
 カリ―ナは思ったことをはっきり言う。それが心臓を抉る場合もある。
「アンタの家って、ほんと広いわね。一人の時は寂しかったでしょ」
「ええ。でも、今は虎徹さんがいますから」
 虎徹さんは人の気も知らないでいびきをかきながら寝ている。毛布がずれたので治してあげた。
「ふん。油断しないことね。タイガーを好きなのはアンタだけじゃないんですからね」
「ええ。例えば、貴方とか」
 僕はカリ―ナを指さした。
「そ……そんなこと言ってないでしょ。……好きだけど」
 最後の方は消え入りそうな声だった。
「それより、タイガ―! 本当に一日で戻るんでしょうね!」
「大丈夫ですよ……多分」
 とは言え、僕もはっきりとした自信は持てなかった。
「でもさ、今日、家族みたいで楽しかったね。まぁ、お父さん役はタイガ―の方が似合うと思うけど」
 幸せな家族。今日、僕達を目にした人々もそんな風に感じたんだろうか。
 僕の両親は、既に亡き人になったというのに――殺されて。犯人は、信頼のおける身近な人だとばかり思っていた存在だった。
 例え本当の家族でなくても、今日は僕も楽しかったんだ……。

 次の日、僕達の危惧をよそに、元の体に戻った虎徹さんは僕達の為に炒飯を振る舞ってくれた。
「なぁ、バーナビー」
「何です?」
「俺さ……ずっと言おうと思ってたんだけど……」
 虎徹さんは言うのを躊躇っているようだ。
「い、今まで、レジェンドが俺にとって一番のヒーローだったんだけど――」
 虎徹さんは僕の耳に唇を近寄せた。
 今はおまえが俺にとって最高のヒーローだよ。
 僕は目を見開いた。
 それは何よりの褒め言葉だ。
 カリ―ナが面白くなさそうに炒飯をかっこんでいるのも見なかったことにした。僕とカリ―ナの間には友情はあるが愛情はない。どうも虎徹さんは勘違いしているようだけど。
「まだまだあるから、いっぱい食べてな」
 虎徹さんがふにゃりと笑った。
 幸せな家族というのは――こんなものなんだろうか。僕にはよくわからない。
 けれど、こんな僕にもわかることはある。今、人生が光り輝いていて、楽しくて楽しくて仕様がないということ。そして、それは虎徹さん達のおかげだということ。

2012.10.31

後書き
バニ―誕生日おめでとう!

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