兎と虎のカプリチオ~ネイサン編~

「ネイサン……」
「あら、なぁに? アントニオ」
 相手が名前呼びをしたので、アタシも名前で呼び返す。
 アタシ、ネイサン・シーモアはヒーロー女子組のピンクの似合うリーダー。――誰よ。アンタ、オカマだろって言う奴。ぶっ飛ばすわよ。
 ちなみにアタシのヒーロー名はファイヤーエンブレム。華麗なる炎使いよ。
 ロックバイソンことアントニオは、ガタイが良くてアタシ好みなの。だからせっせとアタックしてるんだけど、なかなか応えてくれないのよねぇ……。
 まぁ、アタシも大人だし、好きなのはアントニオだけじゃないから別段いいんだけど、さ。
 けれど、アントニオがとても好みのタイプと言うのは事実なわけ。
「おまえに頼みがある」
「珍しい。アントニオがねぇ……アタシに対してその気になった?」
「まさか」
 アントニオはふっと鼻で笑った。わかっちゃいるけど失礼しちゃうわ。
「じゃあ、何よ」
「虎徹とバーナビーのことなんだが」
「あの二人がどうかしたの?」
「あいつら、どう思う?」
「どうって? 愛し合う二人で結構じゃない」
「バーナビーと付き合ってたら虎徹がどうなるかわからない。頼む。様子を窺うだけでいいんだ。バーナビーが本気だったらまだしも、遊びだったら虎徹が傷つく」
「そうねぇ……」
「お願いだ、バーナビーの気持ちを確かめてくれ」
 まっ! 妬けちゃうわね! タイガ―ったら、アントニオにこんなに心配されてさ。親友同士ってのもあるかもしれないけどさ。――いや、アントニオはタイガ―に惚れてたのよね。
 そこでアタシもちょっぴり意地悪な気持ちになっちゃったわけ。
「探りを入れて来いってわけね。いいけど、見返りは?」
「――おまえと一緒に街を歩く」
「わかったわ。安くないご褒美ね。当然腕は組んでくれるわよね」
「もちろんだ」
 アントニオが苦い顔をしたのは気のせいかしら。
「じゃ、ハンサムを今日飲みに誘うわね」
 アタシはバーナビーのことをハンサムと呼んでいる。
「おう、頼んだぞ」
 そこで、アタシはハンサムを自分の店に誘った。アタシの店――と言ってもバーテンは別の人に任せてある。
「何か用ですか?」
 ハンサムは能面を貼り付けたような顔をしている。
 こんな子供のどこがいいのかしらね、タイガ―も。確かに整った顔立ちはしてるけどさッ。
 ああ、タイガ―と言うのは虎徹のこと。ハンサムは「おじさん」とか「虎徹さん」とか呼んでるけど、名前呼び増えたなぁ、と思ったら、じゃじゃーん! 恋人になっちゃいました、だもんね。
 ローズもショックを受けてるみたい。と言うか、今は完璧に敵視してるわね。ハンサムのこと。
 アタシは予想はしてたけどねぇ……。
 おめでたいタイガ―は、今でもローズがハンサムのことが好きなんだって考えてるらしいけど。
 タイガ―はローズが自分を見る目が恋する者の目だと気付かないのかしら。結婚までして子供までこさえたと言うのに、ダメな男よねぇ。
「あのね、単刀直入に言うけど、アンタ、タイガ―が本気で好きなの? 本気でないなら――別れなさい」
 最後の方はどすのきいた声で言ってやった。これはアタシが勝手に付け足したこと。でも、アントニオも同じ気持ちだと思うわ。
「はぁ?!」
 ハンサムが思いっきり疑問形で尋ねた。
 そうよね。唐突に言ったんだもの。駆け引きのかの字もないわ。
 元々、アントニオからの頼まれ仕事だし、アントニオは好きだけど、丁寧に説得する義理はないわ。
 アタシ、ほんとはハンサムが人を好きになれて良かったなぁ、と思っているんだから。どちらかって言うとハンサム達の味方なのよね。
 アントニオと腕を組んで散歩、という楽しみがなければ、こんな役目やってらんないわ。
「アンタはタイガ―なんかには勿体ないと思うわ」
「虎徹さんが僕なんかには勿体ない、の間違いではないんですか?」
 おーおー、ハンサムって本当はバカなんじゃないかと思ったら、ほんとに斜め上をかっ飛ぶくらいのバカだったわ。
 だって向こうはくたびれたおじさん(嫌いじゃないけど)。自分はKOH――キング・オブ・ヒーロー――呼び声高い若き英雄。
 どっちが優れてるなんて、一目瞭然じゃない?
 それなのに、ハンサムが「僕なんか虎徹さんには勿体ない」ですって? 『恋は盲目』とはよく言ったもんだわ。
 けど、この手のバカ、嫌いじゃない。
 応援してやろうかと一瞬思った。
「アンタ、本当にタイガ―が好きなのね」
「ええ。本気です。本気で愛してます!」
 ハンサムに真顔で言われたこの言葉でアタシは飲んだ酒を気管に入れてしまった。ついごほごほ噎せてしまったわ。この酒結構強いのよ。気管が焼けたらどうしてくれんのよ。
「だ、大丈夫ですか? ファイアーエンブレムさん」
「え、ええ……」
 大丈夫なわけじゃないけど。
 ハンサムは咳き込むアタシの背中を撫でてくれた。――大きい手。
「み、水……」
「はい」
 バーテンがすぐに水を差し出してくれた。アタシはそれを一気に呷る。
「平気ですか?」
「――ええ、助かったわ。ありがとう」
 我ながら少し声が掠れている。目の前には、さっきの能面のような顔ではない、心配そうなハンサムの顔があった。
「アンタもありがとね、ジョー」
 あたしはバーテンにお礼を言った。
「あまり飲み過ぎないようにしてくださいよ。俺も経験あるけど、死ぬ思いをしたんだから」
 バーテンは苦笑しながら言った。ジョーは結構いい男だから言うこと聞いてやってもいいかしらね。
「救急車、呼んだ方がいいですか? やられたの、喉でしょ?」
「いいからいいから」
 アタシがジョーにストップをかける。今はハンサムの話を聞く方が大事。
「アンタ、タイガ―が初恋なの?」
 ちょっと涙で目がうるんでしまった。これはさっきの酒のせい――本当よ。
「いえ。でも、気がついたら虎徹さんの方ばかり目が追ってしまって……でも、男好きというわけではないんです。女の子にときめいたこともありますし」
「ノンケが一番引っ繰り返りやすいのよ」
「ですよね。僕、虎徹さんのことしか考えられなくなって……これって恋ですよね」
 オカマ――いえ、女として言わせてもらう。
 それは、恋だ。
「アンタ、重症ね」
「ええ。僕もそう思います」
「タイガ―もいい男に目をつけられたものだわね」
「僕が虎徹さんを無理やり奪ったんです――虎徹さんは魅力ある人ですから、他の人に取られまいと思ってしまって……」
 あら? 確かアントニオの話では、誘ったのはタイガーの方じゃなかったっけ?
 ――両想いで結構ですこと。アタシは近頃男日照りなのよ。こんな話聞かせられるなんて随分じゃなぁい?
 後でアントニオとたっぷり街角デート堪能するつもりだけど。
「ハンサム――もう別れろなんて言わないから安心なさい」
「けれど、虎徹さんには奥さんがいらっしゃるし――」
「死んだ人に対しては勝ち目ないけど、要するに所詮思い出の中の人よ……一杯どう?」
「……僕は、亡くなられた奥さんや、家族を大事にする虎徹さんが好きなんです。楓ちゃんも可愛いし」
 楓ちゃん――ああ、あのタイガ―の娘。確かになかなか可愛い娘よね。タイガ―に似なくて良かったわね。タイガーだってかっこいいけどさ、そりゃ。
「あのね……タイガ―もアンタのこと好きみたいよ――本気で」
「本気で?」
「そう。タイガ―はアンタ以上にノンケの男よ。好きでもない男となんか寝ないって」
 ハンサムは汗を飛ばしてあらぬ方を見遣る。しばらく黙っていたし、アタシも口を開かなかった。メロウなBGMだけがアタシ達の間を流れる。
 やがて、ハンサムが立ち上がった。
「今日はもう帰らせてもらっていいですか――お勘定ここに置いておきます」
「あらん。いいわよ。アタシとハンサムの仲じゃない?」
「でも……幸い持ち合わせがありますし……すみません。誘ってもらったのに中座して」
「構わないわよ」
 どうせこっちの用は済んだんだから。
 ハンサムは代金をちゃんと支払ってくれた。ツケでも良かったのに。まぁ、ハンサムは金持ちだからね。アタシの経営する店だって悪徳なぼったくりバーなんかではないし。
「また来てね。今度はタイガ―と」
「――はいっ!」
 そして――ハンサムが頭を下げた。
「日本人はお世話になった人にもこうやるんですってね。虎徹さんから教わりましたよ。では、今日はこれで。さようなら。いろいろありがとうございましたっ!」
 お礼を言うのはこちらの方なんだけどね……お酒を飲み始めたばかりの頃の初心者がやるポカをハンサムの前でしてしまったし。けれど、それには触れないのがハンサムのいいところ。
 ハンサムが帰ってしまうと、
「マスター……喉、もう治りました?」
 ジョーが気遣ってくれた。
「治ったわよ。伊達にNEXTじゃないんだし」
 アタシ達異能力者のことを人は『NEXT』と呼ぶ。その中でも選ばれた者がヒーロー……つまりアタシ達のこと。その中でもハンサムの人気は断トツだった。タイガ―も彼のバディとして注目度は上がって行った。
「でも、もし変調をきたすようだったら、病院で診てもらってくださいね」
「わかったわよ……」
 一時気タイガ―も好きになったことがあった。でも、良かったのよね。これで。アタシには――アントニオがいるんだから。
 がんばってね、ハンサム、タイガ―。アタシはいい男の味方よ。
 ローズには悪いけど、あの子可愛いから結構モテるし。それに新しい恋人ができればタイガ―のことなんて忘れてしまうと思うわ。相談には乗ってあげるし、泣きたい時には胸を貸してあげるけどね。アタシは女子部のリーダーなんだから。
 BGMがアタシを落ち着いた気分にさせてくれる。なんだかんだで、今日も――アタシにとっては――いい日だったわ。
「――さすがにアタシも、もうこれぐらいにしとくわ。水一杯飲ませてくれない?」

後書き
さすがみんなのおネイサン。ネイサンも好きよ。
ちょっと矛盾してるところがあっても許してね。
2012.10.12

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