兎と虎のカプリチオ 「おはようございます。皆さん」 トレーニングルームに入って来たバーナビーは今日はやけに機嫌がいい。 「……おはよう」 彼の後から気まずそうについて来たキャスケットの男は虎徹――ワイルドタイガ―。 すたすたと歩くバーナビーにひょこひょこと腰を動かしながらついて行く虎徹。 「……あれはデキたわね」 ネイサンが指を頬に当てて呟いた。勿論、虎徹が抱かれた方だということは一目瞭然である。 「ハンサムのヤツ~!」 カリ―ナはいつぞや虎徹からもらって大切な宝物にしてある『鏑木商店』のタオルを力いっぱい握り締めた。 「でも、諦めないんだから!」 カリーナはふん!とタオルを肩に引っかけると鼻息を飛ばして訓練に向かった。サンドバッグを物凄い勢いで叩いている。 「どっちが? どっちからアプローチしたの?」 ネイサンの質問に、 「僕です」 はにかみながらバーナビーが手を上げた。 「だけどタイガ―も受け入れたんでしょう?」 「ええ、まぁ……でも、こんなに辛いとはあちち……」 「大丈夫ですか? 虎徹さん」 「ああ、こんなもん屁でもねぇさ」 「そうですか。――じゃあ、適当なところで休んでいてください」 虎徹がトレーニングをサボるとぎゃあぎゃあうるさいバーナビーが、今日は相手の体をかばっている。 「どうしたんだい? 君達。特にワイルド君。何があったんだい?」 スカイハイが訊いて来る。 「どうもしたりしませんよ。僕達の間で愛が結ばれただけです」 「ほう、それは素晴らしい、そして素晴らしい」 スカイハイは相変わらずだ。 「ちっとも素晴らしくなんか、ないわよっ!」 カリ―ナはサンドバッグを叩き続けている。結構耳年増な少女であった。 「虎徹。今日ちょっといいか?」 アントニオが虎徹に言う。 「ああ。構わんけど」 「無理させないでくださいね」 バーナビーの六角形の眼鏡がきらりと光る。 「わりぃな、バーナビー」 「――まぁいいでしょう。貴方は信用できますからね。ロックバイソンさん」 バーナビーはアントニオのことをヒーロー名のロックバイソンにさんづけで呼ぶ。 旧友同士の友情を邪魔することはいくらバーナビーでも望んでいない。 「じゃ、六時に『ゴールデンレトリBAR』で」 「おう」 多少元気を回復したのか、虎徹が手を上げた。流石丈夫さだけが取り柄の男である。 ゴールデンレトリBAR―― 「隠さなくていいんだぞ。虎徹」 アントニオはバーボンを飲んでいた。 「は? 何が?」 「とぼけるなよ。バーナビーのことだ」 「ああ、あれね。つい、成り行きで――」 「成り行きでバーナビーんところに居ついて、成り行きで抱かれたってことか」 「そう言うなよ。それじゃ俺がまるでだらしない男のようじゃねぇか」 「実際そうじゃないのかよ」 「ま、それはともかく――」 虎徹はいつものようにへらっと笑った。 「俺にもわっかんねぇんだよねぇ……あの目で見つめられるとついつい何でも言うこと聞いてやろうって気持ちになるのがさ」 「おまえら、昔は喧嘩ばかりしてたじゃねぇかよ」 「うん、まぁ、それはそうなんだけどねぇ……」 虎徹は気まり悪げにアントニオの視線を避けると、からからと氷の音をさせながら焼酎の水割りの入ったグラスを回していた。 ――ワホン。 犬の鳴き声が聴こえた。大きなモップが虎徹のそばに座る。 この犬は店長の愛犬の中の一匹で、店内にはもう二匹、犬がいる。店長の好みなのだ。犬達は行儀が良くて可愛いので、愛犬家達の憩いの場となっている。無論、虎徹達も例外ではない。 犬に聞かれて困る話もないであろう。幸い、店内は空いている。虎徹達の座っているボックス席は薄暗い。 「あのな、虎徹――」 「ん?」 「親友として一応忠告しておく。バーナビーはやめとけ」 「んー、やっぱりそう思う?」 「ああ」 「だよなぁ、バニ―ちゃんの将来考えるとなぁ……」 「俺が心配なのはおまえだ、虎徹」 「いやぁ、あの……」 「バーナビーみたいなタイプはオセローみたいにおまえを殺しかねん奴だぞ」 「バニ―ちゃんだってそのうち飽きるって。こんなおじさん。それにしても、おまえよくオセローなんて知ってたな。牛の癖によ」 「俺だって本ぐらい読む。――まぁ、今のは学生時代無理矢理読まされたテキストだけどな。おまえだって知ってんだろ」 「忘れた」 虎徹はグラスを傾ける。好物の芋焼酎だ。 「……バーナビーは本気だぞ」 「そうかなぁ――俺に甘えているだけだと思うけど?」 「まぁ、おまえがいいんなら俺は止めない。で、どうなんだ? おまえは、バーナビーのことが好きか?」 「嫌いだったら一緒に住んでないっしょ」 「――そうだな。愛してるか」 「おう、愛してるとも」 「おまえの『愛してる』には信用がおけん」 「何で?! 俺は友恵も楓も愛してるぜ」 「今はそれでいいかもしれんがな――バーナビーの独占欲がおまえの想像を遥かに上越したらどうなる?」 「どうなるって――その時考えればいいじゃん」 こいつはどうしようもない――アントニオは大きく息を吐いた。 「あのな、虎徹……ブルーローズのことはどう思ってる?」 「な、何でそこにローズが出て来るんだよ!」 「いい子じゃないか。おまえさんには惜しいくらいだよ。俺はおまえとローズの方が、おまえとバーナビーよりよっぽど祝福できるね」 「俺なんか――それこそだらしない中年男じゃねぇか。おまえの言う通り、ローズは俺には勿体ない」 「バーナビーならいいのかよ」 「うん、それなんだけどね……」 虎徹がくすんと鼻を鳴らした。 「俺、バニ―ちゃんに本気で惚れちったらしいのね」 「えっ?!」 アントニオは奇妙な驚き声を発した。いくら昔馴染みと言っても知らないことはいっぱいある。バーナビーに惚れたって虎徹がいいなら別段文句の言える筋合いではないし、第一、もう既に言った。 彼が一番驚いたのは――虎徹が本音を認めたというところである。いい奴なのだが、どこか嘘で固めたところのあるこの友人のことだから。 「おまえ、さっき――成り行きとか言ってなかったか?」 「言ったよ。……だけど、やっぱ惚れてるんだろうなぁ。バニ―の為にならないことはわかってんだけどさぁ……誰にも奪われたくないから、体で繋ぎとめちゃえっていう策略もあって――でなきゃいくら何でも野郎になんか抱かれるもんか」 「何とまぁ……しかしそれは女の発想だぞ」 「わかってるって。だから俺、ちょっと反省してるんだ。バニ―の未来の奥さんか誰かから、卑怯な手でバニーを奪い取った気ぃしてさ」 「おまえにだって家族がいるだろうがよ」 「もちろん。だから、楓と兄貴にはいずれ話すし……お袋には聞かせらんないなぁ、こんな話。――友恵には天国で会ったら土下座する」 「おまえの行き先は地獄って感じがするぞ。この悪女。おー、頭痛くなってきた」 「悪女か。――もし俺がバニ―の輝かしい未来を奪ったんだとしたら、地獄へ行っても構わない」 そう宣言する虎徹にアントニオは頭を抱えた。例え、虎徹と――それからバーナビーが選んだ道であったとしても。 「ま、ヤバいと思ったら俺も本気で止めてやるさ」 「サンキュー。親友」 虎徹が芋焼酎を流し込んでからアントニオの言葉に返事をした。 後書き 虎徹も兎ラブです。一方通行の恋でなくてよかったね、バニ―! 牛さんが書けて幸せでした。牛さんもいい男だと思うよ! 2012.10.10 |