愛しの神崎さん

 雨が降ってきた。
「あ……」
 アイミは掌に雨の滴を受けた。やがてそれは、本格的な降りに変わった。
「どうしよう。私、今日傘持ってない……」
 スッ……と、困っている彼女に、傘の庇が現われた。
「はい。アイミ」
「か……神崎さんッ!」
「傘忘れたのね。良かったら入る?」
「ありがとう。神崎さん」
 三年になったアイミは、ようやく、神崎真琴との、友達としての適度なコミュニケーションを取ることができるようになった。
 けれども、不幸体質は変わらない。
 しとしと降りの雨は、横殴りの水滴に変わった。

「きゃーっ!!」
「なんて強い風なの?!」
 神崎は、アイミを傘でかばいながら歩いて行く。自分はずぶ濡れになりながら。
「あれ? 神崎さん、いつもと顔違う……」
「え?!」
 もしかして、化粧が落ちた?!
 神崎は心の中で、悲鳴にならない悲鳴を発する。
 と、そのとき。
「かわいいーーーっ!!!」
 アイミは、思わず黄色い声を上げた。
「神崎さんて、ほんとはすっごい美少女だったんですね!」
「え?! 美少女?」
「化粧なんかで隠しちゃもったいないですよ! せっかく、綺麗に生まれたのに! スッピンの方が、絶対いいですよ!」
「……あなた、どんなセンスしてるの?」
 でも、スッピンを褒められるのって、家族以外では初めてかも……。
 アイミは、美的感覚が真逆なシロミン星というところで育ったとか。聞いたときには、信じられなかったが、この反応を見ると、納得してしまいそうになる。
「全く、あなたもバカね。こんな顔のどこがいいのよ……」
「私、神崎さん以上の美人、見たことありません」
「ふふっ、お世辞言われても、嬉しくないわよ」
「いいえ」
 アイミはふわっと笑った。
「綺麗です。神崎さん」
 その笑顔は、心の底から出たものであって。
 神崎とアイミは自然と抱き合った。
 傘が、強風に煽られ、飛んで行った。
「あ……アイミくん」
 気がつけば、友達以上恋人未満だったのが、最近、ようやくアイミの恋人になってもおかしくない、と自他共に認める鳴瀬恭哉が、突っ立っていた。
「アイミくんてば、神崎くんに走るなんて……」
「恭哉さん、それは誤解……」
「アイミくんの馬鹿ーーーーっ?!」
「違うのよー。話を聞いて!」
「大変そうですわね。アイミも」
 神崎が、溜め息を吐いた。
「ええ……いろいろとね」

 翌日、神崎家。
「私、惣流先輩に素顔を見せることにしたの」
 神崎が、一大決心を、来てもらったアイミに告げた。
「昔は、素顔を見られるのが一番嫌いな真琴だったのにねぇ」
「ほんと。人って、変わるものねぇ。お友達のおかげかしら」
「ええ。そうよ。アイミのおかげよ」
 姉と母親の言葉に、神崎は、堂々と答えた。
「いけません! お嬢様! そしたら必ず振られてしまい……うっ!」
 神崎は、お世話係の徳永桜子に、消火器を吹き付けた。
 ぴんぽーん。
「あ、来たわ。それでは、真琴、私達は、奥に下がってますからね」
「じゃあ、私も……」
「あ、アイミはここにいて」
「でも……」
「私も心細いの。お願い!」
 神崎は、アイミに対して、手を合わせた。
「うん、わかった」

「よお。邪魔するぜ、神崎……って、あれ?」
「驚いた?」
 惣流に、内心どきどきの神崎が言った。
「おまえ、その顔……」
「これが私の本当の顔よ」
「……いつもと全然違うな」
「でしょう。私、実はすごい、すごい、ブ……」
「それ以上言うな!」
「え?」
「あんなに自信たっぷりに振る舞っておきながら、自分の顔は作り物だったのかよ! 今まで言わなかったなんて……そっちの方が倍ショックなんだよ!」
「言えるわけないじゃない! あなただって、綺麗な子の方がいいんでしょ? 初恋はアイミだって――」
 パンッ!
 惣流が、神崎の左頬に平手を打った。
「ブスだろうがなんだろうがなぁ、俺には関係ねぇんだよ。うちの姉ちゃん達は、まぁ、美人だけど、性格最悪でよぉ――まぁ、それもどうでもいいんだが」
 ずいっと、惣流が、神崎に近寄った。
「俺がキスしたのは、おまえしかいない」
「え……」
「フランソワーズのことを考えてくれたのも、おまえしかいない」
「ええっ?」
「今の俺には、おまえしかいない!」
 その言葉を聞いた途端、神崎の頬を涙が伝った。その表情が、神崎には知る由もないが、昔のアイミにそっくりだった。
「先輩……」
「真琴……もう泣くな」
「……名前呼んでくれるのね。嬉しい」

「あーあ、バカップルですねぇ」
 いつの間にか来ていた桜子が呆れたように呟いた。
「良かったじゃないですか」
 アイミは、我が事のように喜んでいたが――
(あ、私、恭哉さんと、本格的に仲直りしてない。ゆうべは気まずかったし、私も考え事してたから……)

 鳴瀬家。
「アイミくんの馬鹿ぁ……」
 恭哉が、泣きながらふてくされていた。
「若! 男の魅力でアタックですよ!」
「ガンバレ! 若!」
 黒服の男達が、一生懸命、恭哉を元気づけようとする。
「恭哉から悪い虫が去ってるんるんるん♪」
 これ見よがしに、年甲斐もなくはしゃいでいるのは、恭哉の父親、鳴瀬大吾郎。
「この親父……」
 アイミとの仲を何とかする前に、まずこの父親を退治することが先決だ、と、恭哉は思った。
「応援するぜ! 大吾郎! 若い二人の前途を跡形もなく引き裂くんですよ!」
 あと、この徳永も――。

後書き
住吉文子先生の『たまごのきみ。』、このマンガ好きなので、全巻持ってます。
ちょっと、パロディ小説を書いてみました。
恭哉、もっとかっこよく書きたかったんですけどねぇ……。徳永も、最後の方にちょこっと出てきただけ。
しかし、惣流先輩の、「今の俺には、おまえしかいない!」って、ちょっと、浮気男の言い訳みたいですねぇ……。反省。
話は変わりますが、平井堅の『POP STAR』、恭哉とアイミのカップルにぴったりだと思います。恭哉視点から見てるのね。

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