火事場の馬鹿力

「やぁ、タイガ―」
「久しぶりだな、タイガ―」
「斎藤さん、ベンさん。どうしたんすか? 今日は」
「あたしが呼んだのよ」
 そう言ったのは他でもないこのあたし――ブルーローズことカリ―ナ・ライル。
 それは、タイガ―のNEXTの能力の減退を回復させる為。
 ひいては一部リーグに彼を昇格させる為。
 あたしの為だけではないわ。ほんとよ。みんな待ってんだからね。タイガ―、アンタのことを。
「あたしを実験台に使っていいわ」
「ほんとかい?! ブルーローズ!」
 ベン・ジャクソンさんは驚いている。
「ローズ……そんなことすんなよ……」
「アンタの為じゃないわ。アンタが足を引っ張らないようにするのも、あたし達の役目なんだから」
「おい、ローズ! 足を引っ張るたぁ何だ!」
「でも、事実でしょ? 今のまんまでは」
 あたしが言ってやると、タイガ―はぐっと言葉に詰まったらしかった。
「話は聞いている。能力が使えなくなる薬が効かなかったって?」
「俺も聞いた。で、参考になるかどうかわからないけど――」
 ベンさんが話し始めた。
「ローズは潜在能力から力を引き出したと思うんだ」
「潜在能力?」
「誰にでもあるんだよ。たとえば、医学で割り出した寿命よりはるかに長生きした人とか――」
「では、俺も実験台になる」
「タイガ―!」
「ちょうどよい被験者だろ。能力減退しててさ――」
 タイガーがそう言った時だった。
「お父さん!」
 どこから聞いてたのか、楓ちゃんが入り込んで来た。
「だめだよ! 危ないことは!」
「でも、このままだと俺――ワンミニッツヒーローだから……」
「だから何?! お父さんはヒ―ローでなくても、わたしのお父さんなんだからぁ」
「ありがとう。でもな。この秘密がわかったら助かるNEXTはいっぱいいるんだ。ローズばかりに危険な思いをさせられないよ」
「――パパ!」
 楓ちゃんはタイガ―に飛びついた。
「本当に本当に、危険はないのね! わたしはこのままでもいいのよ!」
「いや、お嬢ちゃん。タイガ―の能力を引き出すだけだから。危険はないよ。俺達が保証する」
「きひひ。私も保証するよ」
 ベンさんと斎藤さんが楓ちゃんを安心させる。楓ちゃんは探しに来たアニエスさんと共に部屋を出て行った。
「さてと――ブルーローズ。話してもらえるかな。あの時のこと」
「ええ。あの男は確かに能力を使えなくする薬を打ったようだわ。でも、効かなかった。ううん。効いてたんだけど、効果がなくなったの」
 ベンさんが斎藤さんとうんうんと頷き合っている。
「君の心の強さが薬の効力を上回ったんだ。――で、君はその時誰のことを考えた?」
「タイガ―、です」
 あたしは、かぁぁっと頬に血が上るのを感じた。
「え? 何で俺?」
 タイガ―は部屋に盛られていた果物から取り出したらしいバナナを食べている。
「ちょっとアンタ、何食べてんのよ!」
「バナナだけど?」
「アンタの為に話し合ってるのに、何よその態度は」
「バナナ好きなんだもん」
「あのねぇ……!」
「まぁまぁ。タイガ―はこんなヤツだよ。でも、決める時は決める。そうだろ?」
 ベンさんが執り成す。あたしにもそれがよくわかってる。だから、頷いた。
 タイガ―は食べ終わったバナナの皮をゴミ箱に捨てた。斎藤さんとベンさんは二人で話し合っている。
「タイガ―の潜在能力を引き出す触媒が必要だ。タイガ―。『こいつにだったら命預けられる』とか、『こいつを守りたい』とかってヤツいないのか?」
 ベンさんがタイガ―に訊いた。
「俺はシュテルンビルトの為に働きたいっすよ」
「動機づけとしてはいまいち弱いね」
 斎藤さんがきひひ、と笑う。
「こいつにだったら命預けられるか――うーん……」
 タイガ―が考え込んでいる。
 あたしにはもう答えがわかっている。わかりたくないけど――。
「バニ―ちゃんかなぁ、やっぱり」
 ほらね。
 タイガ―がヒーロー復帰したと聞いて、バニー――ハンサムもヒーロー業に戻った。
 彼らが最高のバディであることはシュテルンビルトのみんなが知っている。
 でも、バニ―の為に働くタイガ―なんて。
「後は……楓の為だったら何だってできる」
「大切なものがいっぱいあっていいね」
 斎藤さんが、今度は心からの笑みを浮かべる。斎藤さん――そうしているとちょっと可愛いかも……。
 はっ! 可愛いものに飛びつく女子高生のさがが!
 でも、あたしの名前が出て来ないのが、やっぱり残念だわ。
「バーナビ―や楓ちゃんが危機に陥ったところを想像して」
「無理っすよ。そんな急に……」
「そういうと思ってね……ちょっと来てくれないかな。ローズも」
「は……はい」
 あたし達は地下室に下りて行った。斎藤さんが説明する。
「これは私特製のシミュレーションマシンでね。危険があるかもしれないから、会社には内緒にしている」
「さっき、危険はないって言ったくせに」
 あたしがツッコミを入れる。
「それは、命に別状はないという意味だよ」
 と、斎藤さん。
「多少の危険は承知の上です」
 タイガ―が力強く言った。
「で、ローズにもサポートに回って欲しいんだけど」
「あたしも?」
 あたしもタイガーと一緒に戦うことできるんだ。それって役に立てて嬉しい!
「先客もいるからね」
 斎藤さんは意味深にまた、きひひ、と笑った。
 マシンは三つ並んでいて、それぞれ一人ずつ乗れるようになっている。あたしとタイガ―はマシンに乗り込んだ。
「このまんまだと何も起こらないだろう? でも、スイッチ入れるとね――」
 斎藤さんの声が聴こえ――視界の景色が変わった。
 モンスターが暴れ回っている。楓ちゃんが逃げている映像が映る。
「楓!」
「お父さん!」
 楓ちゃんがモンスターにつかまった。タイガ―が能力を発揮する。
「ここは僕に任せてください!」
 あら、ハンサムもいるのね。先客って彼のことだったの。
「おまえばかりに苦労はさせねぇ!」
 モンスター達と、タイガ―とハンサムのタッグは善戦を繰り広げている。ぼーっとしてる場合じゃないわ。あたしも何かやった方がいいわよね。もう一体のモンスターを氷漬けにする。
「やった!」
 その時である。ふっと影が落ちた。
 あ……もしかして……これ、他の巨大モンスターの足の影?
「ローーーーーーズ!」
 タイガ―があたしをモンスターの攻撃から守ってくれた。モンスターの足を持ち上げててくれたのだ。
「早く逃げろ! ローズ!」
「はいっ!」
 あたしが逃げると、タイガ―もその場を離れ――
 ズゥゥゥゥゥン!
 何これ?! この重量感――ほんとにシミュレーションなの?!
 暗闇が降った。
「御苦労さま。タイガ―、ローズ、バーナビー」
「あ……」
 マシンの扉が開く。タイガーとあたしとハンサムはそこから出る。
「おいっ! 今の! タイガ―の能力が二分以上もったぞ!」
「ええっ?! 嬉しいな! 俺の能力、二分もったの久しぶりっす!」
 タイガ―が歓喜の声を上げる。ハンサムも嬉しそうな笑顔でそれを見ていた。
 斎藤さんやベンさんと喜びを分かち合っているタイガ―を見ながら、あたしは別のことを考えていた。
 あの時、タイガ―はあたしの為に能力を発揮してくれた。
 嬉しい――!
 あたし、あたし、夢見てもいいかな。タイガ―があたしのことも想ってくれるようになるのを……。
 たとえあたしでなくても、タイガ―だったら火事場の馬鹿力で助けてしまうかもしれないけど――。
 そう。火事場の馬鹿力。そういう日本語があったわね。
 潜在能力って、つまりはそういう意味なのね!

後書き
ブルーローズ三部作、その二。
ブルーローズの一人称は『私』だったか『あたし』だったか……どっちだったっけ?
2012.7.13

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