火神が愛してる

 ダンダンダンダン!
 ダンダンダンダン!
 ダンッ!
「おーい、黒子ー!」
 火神大我は黒子――黒子テツヤ――の家のチャイムを乱暴に鳴らす。
「いねぇのかな……」
「いますよ」
「――ってうえっ! 黒子っ!」
「何ですか、僕を呼んでたんじゃないんですか?」
「――おまえ、その存在感のなさどうにかしろっ! はぁ~、どうせまた『さっきからいました』とか言うんだろ?」
「今日は珍しく今来たところです」
「どうでもいい。おい。一緒にランニングしようぜ」
「いいですけど……2号も連れてきていいですか?」
「いやいやいや! あれはいいっ!」
 火神の体に鳥肌が立っている。
 テツヤ2号――黒子が飼っている犬の名前だ。拾って来たのは黒子だし、なんか黒子と似ているし――ということでつけられた名前だ。確か命名は小金井だったと思う。その辺の記憶はあやふやだ。
 だが――そんなことはどうでもいい。
 火神大我は犬が大の苦手なのだ。トラウマがあると言っていい。
 でも、2号は黒子のお気に入りだ。
 火神もできれば2号と仲良くしたい。これで犬嫌いとはおさらばしたい。2号は可愛い犬ではあるのだろう。――黒子には負けるが。
 だが――
 だめなんだ。あいつが黒子そっくりの犬だとしても嫌悪感は拭いされない。
「どうして2号が駄目なんですか? あんなに可愛いのに……」
 黒子がしょぼくれている。ああ、俺だっておまえにこんな顔はさせたくない。でも……。
「どこが可愛いんだよ……」
 つい憎まれ口を叩いてしまう。
「可愛いじゃありませんか。あのつぶらな瞳」
 何を企んでいるかわからない、腹黒そうな目……。
「あの愛らしい口元」
 あの牙は俺を噛む為にある、地獄の番犬ケルベロスの牙……。
「僕が帰って来ると尻尾をちぎれんばかりに振って喜んで迎えてくれるんですよ」
 その尻尾が本当にちぎれて無くなってしまえばいい……。
「あれ? どうかしましたか? 火神君」
「俺は――俺はあいつが苦手なことを再確認した……」
 火神はぜえぜえと肩で息をしている。ダブルスコアの時の方がまだましなくらいだ。
 きっと俺は一生犬とは暮らせないぜ……!
 でも、恋人――いやいや、パートナーの黒子が犬好きだから困ってしまう。
(俺だって……俺だってだな……)
 黒子の好きなもんは何だって好きになってやりたいよ。でも、できることとできないことがある。バスケは好きだが犬は嫌だ。
 俺は……黒子が好きだ。愛してると言ってもいい。
 けど、愛してるなんて安っぽい言葉、そんなに使いたくなかった。
 今は――ものすごく使ってやりたい。愛してる愛してる愛してる――。
 その向こうに、何かが待っているのなら――。
「火神君」
 ちょっと嬉しそうに黒子が笑う。
「2号寝てますよ。――良かったですね」
「何が」
「2号が寝てて」
「んあ? 馬鹿にしてんじゃねーよ。――たかが犬くらい……」
「じゃあ、今度は連れて行ってもいいですね」
「う……たかが犬、されど犬だ!」
 火神の脇を冷たい汗が走る。
「まぁ、いいですけど。少しは慣れてくださいね。2号にも。この先一緒に過ごすことが多くなるんですから。先生とカントクの許可も取りましたし」
 カントク……あいつも動物好きだったな。まぁ、普通の高校二年生ならそうだろうな。いや、カントク――相田リコセンパイはちっとも普通ではないが。
 でも、あのカントクのおかげで、俺、ますますバスケの実力に磨きがかかったんだよなぁ……それから黒子。あいつがパートナーで良かった。
「どうしました? 火神君」
「いや。俺な――おまえとパートナーで良かったと思うんだ」
「でも、少しは間置いた方がいいって言ってましたよね」
「うぇっ?! 確かに言ったけど――キャプテンのヤツ、喋ったな……」
「僕は――火神君と一緒がいいです」
「でも四六時中べったりというわけにはいかねぇだろ」
「そうなんですけど……」
 黒子の返事に覇気がない。どうしたと言うのだろう。
「まぁさ――俺だって、おまえとやりたくないってわけじゃねぇぜ。――ただ、一人でも戦える強さを備えたいってだけだ。でも、一緒には走りたい。だから今日、こうして来てやった」
 本当は――いつだって一緒にいたい。一緒に強くなりたい。いや、なるんだ。
 こいつらと――黒子や誠凜のセンパイ達と――。
 それに黒子。大学では離れ離れになっちまうかもしれない。だから言うんだ。
「あー、好きだぜ。黒子」
「僕のバスケがですか? でも、あれはまだ発展途上で――」
 違う……と言いたかったが言えなかった。足元にボールがころり。
「取ってくださーい」
 小学生くらいのちびすけが手を振る。
「おらよ」
 火神が投げて寄越した。ちび達がわらわらと集まってくる。
「うっわー。すげぇ筋肉」
「背、たっけぇ」
「お兄ちゃん、何やってんの? 野球? サッカー? バスケ?」
「――バスケだよ」
 火神はなんとなく和んで、口元に笑みが現われたのが自分でもわかった。
「ねぇねぇ、相手になってよ」
「それはいいけど、黒子?」
「何ですか?」
「へぇ……そっちのお兄ちゃんもバスケ、やるの?」
「はい、まぁ……」
「あのな、ガキども。この黒子テツヤってのは実はすげぇんだぜ!」
「よしてくださいよ……」
 そう言いつつも黒子は満更でもなさそうだった。本当に、火神は黒子を信じているのである。
「あ、あの……お兄ちゃんは何が得意ですか?」
「んー、やっぱダンクだな。俺、シュート力は緑間にはまだ敵わねぇけど――ダンクってかっこいいもんな!」
「でしょでしょ? あー、お兄ちゃんやっぱ話わかる!」
「ダンク見せてよ!」
「見せて、見せて」
「よぉーし!」
 火神が腕まくりをする。火神が子供達にダンクを見せたい――と言うのは実は建前。
 本当は――本当に見せたい相手は――。
 ダンッ!
 ボールを持った火神が飛ぶ。そして綺麗にゴールを決めた。
「わぁ、すっげぇ!」
「やっぱり体が大きいから迫力あるな」
「どうも」
「黒子お兄ちゃんていうのは――強いの?」
「強いっつーかなんつーか……ま、対戦してみればわかるよ」
「じゃ、ぼく達とプレイしようぜ」
「わかった」
 ちょうど黒子のプレイも見たかったとこだしな――と火神は思う。
「黒子さんはキャプテンと。火神さんは俺達とでいい?」
「ば、馬鹿。何勝手に決めてんだよ」
「いいぜぇ。こっちは。ただ、黒子を甘くみんなよ」
「火神さん。やけに黒子さんの肩持つね。ゆうじょうってやつ?」
 愛情――っていうわけにはいかないよな。この汚れなき小学生の前では。俺だってバスケ馬鹿だ。こいつらも――バスケ馬鹿だ。同類はわかるのだ。
「黒子さんて、何が得意なんですか?」
「僕は――パスが得意です」
「そんじゃ、いっくよー」
 子供達との練習試合は一点差で勝った。普通子供相手なら加減するところだが、向こうには黒子がいる。黒子の実力と成長を知る為にも本気を出した。
(強くなったな。テツヤ)
 火神はひっそり心の奥で名前呼びをした。
「黒子さんて……本当は強かったんですね……」
「火神さんが強いのはわかりますが……黒子さんまで……二人ともどこの高校ですか?」
「ん? 俺ら誠凜だけど?」
「誠凜? ダークホースって言われてた学校……?」
 眼鏡をかけた小学生が言った。実戦よりデータ収集が得意そうな子だ。
「うん、まぁ、そうかな……」
「よし決めた! 俺、誠凜目指す!」
「俺も俺も!」
「嬉しいですね。僕達にこんな頼りになる後輩ができるなんて」
「もし誠凜に入りたいと言っても、僕達が入る頃にはもうとっくに彼らは卒業しちゃってますよ」
 眼鏡の小学生が言った。
「わかってるよ。むかつくやつだな。田沢」
「僕は真実を言ったまでです」
 緑間にちょっと似てるな、田沢ってやつ――語尾に『なのだよ』をつければもっとそっくりじゃねぇか! ラッキーアイテムも持ってたりして。
「う……く……」
「大丈夫ですか? 火神君」
 黒子が背中を撫でてくれる。役得!
「ちょっと思い出し笑いしてな……」
「そうですか……それでは君達、もう遅いから早く帰ってくださいね」
 黒子の台詞にみんなは「はぁーい!」と答えた。子供達も黒子に一目置くようになった。子供というのは自分より優れた者と認めないと言うことを聞かない。黒子も認められたということか。
「じゃ、僕達は走りましょうか。あ、そうだ。火神君」
「んだよ」
「強くなりましたね。あの子達全員、君のプレイに見惚れてましたよ」
「おまえのプレイのこともな。黒子」
 二人とも、確実に強くなっている。火神と黒子は砂浜に向かった。
 大学でもこの先将来も、互いに組んでバスケをすることができるといいなと思っている。それには自分が強くならねば。
『キセキの世代』のヤツらにも、黒子はあの澄んだ目を向けたのだろうか。あの可愛い声で名前を呼んだんだろうか。
 ちょっぴりキセキの世代の人間が羨ましくなった。火神の知らない黒子を知っているのだから。変人ばかりではあるが。
 けれど――火神だってバスケと黒子への愛は誰にも負けない。
 愛してる。だからこそ――今は距離を置きたい。だが、距離を置いたところでまたすぐに会いたくなる。だからこそ、こうして今日も会いに来た。
 厄介な愛だった。この愛はどう伝えるべきか。どうこの問題を解決すればいいのか、火神にはまだわからない。

後書き
ちょっとパラレルワールドっぽい?
まだ黒バスは5巻しか読んでないもので。アニメも観てない回あるし。
2013.5.7

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