楓ちゃんといっしょ

「虎徹さん、実家に帰るんですか?」
「ああ、そうだが」
「僕も連れてってください」
 バーナビー・ブルックス・Jrが真剣に言う。
 彼のコンビである鏑木・T・虎徹が変わった形の髭を撫でた。
「うーん、そうだなぁ……」
「確か、娘さんが僕のファンでしたよね」
 そう言って、バーナビーはにっこり。
(バニ―ちゃんを連れて帰ったら、楓は喜ぶかもなぁ……)
 虎徹はそういう打算から、
「よし、連れてってやる!」
 と請け負った。

 車中、虎徹は始終鼻歌を歌っていた。
「虎徹さん、嬉しそうですね」
「まぁな」
(久しぶりに楓と会えるからな)
(僕といるのがそんなに楽しいんだ)
 互いにズレたプラス思考の二人を乗せて、虎徹の愛車は道路を飛ばした。

「お帰りなさい、パパ!」
 虎徹の娘の楓だ。久々に会う父親の姿に感動しているのかと思えば――
「バーナビー様ッ!」
「やぁ、楓ちゃん」
 バーナビーは営業スマイル。
「どうして?! どうして?! パパ、バーナビー様と知り合いだったの?!」
 自分がヒーローでないことを明かしていない虎徹は返答に困った。
「知人の紹介で知り合ったんだ」
 バーナビーが助け船を出した。
「ふうん」
 楓は、そのことについては些か首を傾げながらも納得した。
「バーナビー様、こっちに来てください」
 楓が案内しようとする。
「待って待って。日本の家では靴を脱いでからでしょう?」
 虎徹の家は和風の造りである。
 バーナビーは苦笑しながらも、靴を脱いで楓について行った。

 食事の時も、楓は上機嫌だった。
 バーナビーもにこにこ。
 面白くないのは虎徹である。
(ちぇっ、すっかりお株取られちまったなぁ……それにしても、おふくろの飯、うめぇなぁ)
 虎徹は失意と嬉しさを同時に味わっていた。やはり、おふくろの味は違う。
「バーナビー様は、何が好きですか?」
「何でも」
「何でもっつーことはないだろうが。好き嫌いねぇのかよ」
 虎徹が割り込んできた。
「パパ、今バーナビー様と喋っているんだから邪魔しないで」
「へいへい」
「僕には好き嫌いがないんだ。というか、どれも一緒の味しかしなくて」
「サイボーグかよ。貴様は」
「パパ、そんなこと言っちゃだめ。好きなものないの?」
「好きなもの……特には。あ、サマンサのケーキは好きだな」
「サマンサって?」
「僕のメイドだよ。今でも誕生日にケーキを焼いてくれる」
「へぇー、美味しいの?」
「というより、懐かしくてね」
 虎徹は、つとめて明るく振る舞うバーナビーに、悲しみの翳をちらりと見たような気がした。
(そういえば、こいつ、親を殺されてるんだったよな……)
 こんな家族団欒など、本当に長い間体験してこなかったのかもしれない。
 そう思うと、虎徹は泣きそうになった。
(はっ! 何でこんなヤツ相手に泣きそうになるんだ)
「おい。おふくろのトンカツうめぇぞ。ちゃんと食べろよ、な?」
「虎徹さんはどうしてこう僕のプライベートに顔突っ込んでくれるんです?」
「いやぁ……おまえさんのことが心配だからさ」
「――ありがとうございます」
 バーナビーが前よりもいい笑顔になったのは、気のせいだろうか。
 前だったら、礼も言わずに突っかかってくるところだろう。
(あなたにはこんな家族がいて幸せじゃありませんか! でも、その幸せを僕に押し付けないでください!)
 とか。
 でも、目の前のバーナビーは、楓と一緒にはしゃいでいる。
 俺達、コンビになれたのかな。バディになれたのかな。
 そう思って、虎徹は感無量だった。

「ね、バーナビー様、お風呂一緒に入りましょ!」
 来た。
 この瞬間がついに来た。
 虎徹は、さっきからこの瞬間が来ることを恐れていたのだ。
(楓ー。パパ以外の男の人とお風呂に入っちゃいかーん)
 そう叫びたかった。でも、我慢した。
 楓との約束を度々破ってばかりの自分に、四の五の言う資格はない。
 しかし、何となく嫌だった。
「楓、男の人と風呂に入ると赤ちゃんができるんだぞ」(注:筆者は小五の頃までこの説を信じていました)
「バーナビー様の子供なら、できてもいいもん。それに――」
 楓の声が小さくなった。
「パパと一緒に入っても、一度も赤ちゃんできたことないもん」
「――虎徹さん、どういう性教育してるんですか」
「いいだろ、別に人のことは」
「僕はロリコンの趣味はありませんし、貴方の娘さんに不埒な真似はいたしません。――じゃ、行こっか。楓ちゃん」
「うん♪」
 二人はちゃっかり手を握っている。
「楓ー! 待ってくれー!」
 虎徹の叫び声が部屋中に轟いた。

 楓はバーナビーにたくさんの話をした。スケートのこと、学校のこと、そして――虎徹のこと。
「楓ちゃんはパパが好きなんだね」
「うん。大好き! ……だけど、仕事が忙しいから、約束破るところが嫌い」
「でも、大好きなんでしょう?」
「うん! でも、バーナビー様の方がもっと好き! 大きくなったら、楓をお嫁さんにしてくれる?」
(僕はどっちかって言うと虎徹さんの方をお嫁さんにしたいなぁ、なんて)
 ヒーローにあるまじきことを考えているバーナビーであった。
「虎徹さんはシュテルンビルトにはなくてはならない存在だよ」
「ほんと? パパってえらいの?」
 楓が身を乗り出したので、思わずバーナビーは笑ってしまった。
「そっかぁ、パパってえらいんだ。バーナビー様とも友達だし」
「そうそう」
 笑顔の裏で、バーナビーは、
(ひとつ貸しですよ。虎徹さん)
 と、虎徹が聞いたら背筋を寒くするようなことを考えていた。

 和室には既に布団が敷かれてあった。虎徹の母の心づくしである。
 シーツも糊でパリパリである。
「僕、こういうのはあまり着慣れないのですが……」
 バーナビーが浴衣の袖口を掴んだまま、虎徹に言った。
「似合うじゃねぇか、それ」
「――ありがとうございます」
「バーナビー様は何でも似合うのよね」
「嬉しいな。楓ちゃん、ありがとう」
 そう言って、バーナビーは楓の頭を撫でる。
「さ、もう寝るぞ」
 二人の間に嫉妬した虎徹は乱暴に言い放った。
「どうしたの? パパ。まだ早いよ」
「ふふ、焼きもち妬いてるんですよ。僕達があんまり仲いいから」
「そうなの?」
「ああ。おまえなんか連れてこなければよかったよ」
 何気ない一言に、バーナビーはぐさりと来た。
「パパ、言っていいことと悪いことがあるんだからね!」
 楓に注意されて、虎徹は項垂れた。
「だって、楓があんまりバーナビー様、バーナビー様言うもんだから……」
 唇を尖らせて虎徹は拗ねる。
(何て可愛らしいんですか! 貴方は!)
 バーナビーは急いで虎徹を抱き締めたくなる衝動を抑えた。

 風鈴がちりりんと鳴る。
「楓ちゃんはね、『パパのこと大好き』って言ってましたよ。お風呂の中で」
「楓……」
 虎徹の目からじわっと涙が出てきた。
「パパ、楓、パパのこと好き」
「楓ぇぇぇぇ!」
「バーナビー様を連れてきてくれたから」
「――あっそ」
 途端にむくれる虎徹であった。
「でもね、それがなくてもね――楓、パパのこと好きなの。でも、全然言うヒマくれないんだもん」
「楓! パパも楓のことが世界で一番好きだよ」
「ママも好き?」
「ああ、ママも好きさ」
 それを聞いた途端、バーナビーの表情が険しくなったことを、虎徹は知らない。
「じゃあ、もっといっぱい帰ってきて! バーナビー様と一緒に! ……あ、でも、バーナビー様忙しい?」
「僕は何とか都合つけますよ。楓姫の為にね」
「やったぁ!」
 楓は無邪気に喜んでいる。
(なぁにが楓『姫』だよ)
 そう心の中で毒づきながらも、満更でもない虎徹であった。
 でも、彼らはヒーロー。犯罪が起きれば、いついかなる時でも活躍しなければならない。
 虎徹は、今日だけは、アニエスの呼び出しがかからないことを祈った。
「ねぇ、どう寝るの?」
「楓ちゃんを真ん中に。僕と虎徹さんが隣で寝ます」
「仕切るなよ、ったく――」
 虎徹は不満そうに呟いた。
「川の字ね。ママが生きていた頃は、よくそうやってたよ」
「そうですか……」
 バーナビーはどこか寂しそうだ。うら悲しい顔も、この美貌の青年は絵になるのだが。
「おい。バ二ーは……」
「いいんです。虎徹さん」
 楓に何か言おうとする虎徹をバーナビーは手で制した。
「楓ちゃん。いい家族に恵まれて良かったね」
「うん。ママがいないのは寂しいけど」
「じゃあ、今度も来てあげる」
「おい、また来る気かよ」
 虎徹の声には嬉しさと、思春期の娘を持つ父親の特有の心配が滲み出ていた。
「来てはいけませんか?」
「別に来るなとは言ってねぇけど……」
「僕にも、家族団欒を味わわせてください」
「……わかったよ。おまえは俺の相棒だもんな」
「ありがとうございます」
「ねぇ、パパ。バーナビー様が相棒ってどういうこと」
「それは、楓がもう少し大人になってから話すな」
 虎徹は愛おしそうな目で楓の頭にぽんぽんと手をやった。
「あ、花火ですよ、虎徹さん」
 バーナビーが言った。
「いっけね。今日は花火大会だった」
「でも、ここからでも十分綺麗に見えます」
「――そうだな」
「花火大会、行けなかったのは残念だけど――でもいいの。パパとバーナビー様と過ごせたんだから」
 思えば、楓も寂しい思いをしているのである。強がってはいるが。
 もっと小さい頃は、
「パパ。お仕事行っちゃだめ!」
 と駄々をこねられたものだ。それから比べると、随分大きくなったものだ。
 虎徹は団扇を持ってきて、楓とバーナビーに渡した。
「風流ですねぇ」
 バーナビーは勘に堪えたような声で言った。
 大きな花火がまた上がった。
 今日のことも忘れない。――虎徹はそう思った。
 バーナビーとはいろいろな想い出がある。いいことも悪いことも、全部胸の中に仕舞って置いて、大事に温めようと思った。

 翌日、楓はいつもより元気な顔で、
「行ってらっしゃい、パパ、バーナビー様!」
 と見送りに来てくれた。虎徹の母と一緒に。
「それじゃあな。楓、元気でな」
「うん!」
 楓は、前より少し大人になったみたいだった。
(けれど、まだまだ他の男には渡さんからな)
 虎徹は心の中で呟いた。
 楓の心配より、自分の心配をしなければならない虎徹であったが。
「また会いましょう。楓ちゃん」
「わかった!」
 楓の反応が、虎徹に対してより嬉しそうなのは気のせいだったろうか。
(こいつが一番厄介だな……)
 と、虎徹は睨んでいた。
 自分の目の黒いうちは、他の男と結婚なんかさせない。
 今は女房もなく、心の支えは娘である楓しかいない虎徹はそう誓った。
 バーナビーがバディだろうが関係ない。できればいつまでも楓と一緒にいたい。離れて暮らすのは本当は不本意なのだ。
 ――父親らしいことは何一つしてあげられないけど。
 いつか、娘が誇れるような、そんなヒーローになりたい。虎徹は決意を新たにする為に、ぎゅっと自分で拳を握った。

後書き
この話を書いたのは、八月も終りのころでござんした。だから、ちょっと時期外れなのは否めないかも。
2011.9.22

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