邪眼 「山村理香、面会だ」 看守の声だ。 (誰かしら……もしかして) 山村理香は、組長の女、ということで、刑務所に入れられた。 捕まって以来、誰も面会に来ない。 でも、心の底では、待っていたのかもしれない――この日が来るのを。 だが、不幸にして、面会室で会ったのは、心待ちにしていた人物ではなかった。 ツンツン頭にサングラスをかけた青年と、童顔で黄色い頭の少年めいた、同い年ぐらいの青年である。見覚えはある。この人たちのおかげで、ヤクザ達のチャカの取引がパアになったのだ。 「あら、アンタ達――」 「よぉ、覚えてっか?」 サングラスの青年が言った。 「――誰だっけ」 「てめぇ、あんなに苦労させといて、『誰だっけ』はねぇだろう!」 「まぁまぁ、蛮ちゃん。久しぶりなんだし」 「仕方ねぇ。改めて自己紹介すっか。オレは美堂蛮」 これがサングラスの青年の名前。 「オレはその相棒の天野銀次」 黄色い頭の方が、名乗った。 「あー、そういえば、あなた達、あのおバカな奪還屋ね。思い出したわ」 「誰がバカだ、誰が!」 「蛮ちゃん、どうどう」 憤る蛮を、銀次がなだめた。 「やっと思い出してくれたんだね」 「ううん。ちゃあんと覚えていたわよ。ただ、からかってみただけ」 青年二人はどぉっと疲れた顔をした。 「で、何しに来たの? あのゴミの話でもしに来たわけ?」 「ああ、そうだよ」 「私、あの親父には未練ないわ。だってそうでしょ。実の娘をヤクザに売ったんだから」 「理香さん、それは誤解――」 「だったら、なんで一回も面会に来てくれないのよ!」 「あのなぁ――」 蛮が真剣な顔をした。 「あのオッチャンなら――死んだわ」 「え?」 理香の顔が一瞬、強張った。 「ホームレス狩りにやられたんだ。オレ達、死に際に会ってきたんだよ」 「お父さんが?!」 今までひどい父だと思っていた。でも、あの悪い白昼夢を見たとき、『お父さん』と呼びそうになった。 でも――死んだと聞かされたとき、どうしたらいいかわからない。理香は、放心状態になった。 「あーあ、だから、オレ止めたんだよ。もうおまえら親子には関わりたくないって。それを銀次のバカが、『オッチャンの最期、理香さんには知らせておいた方がいいよ』って、ぬかしやがるから――じゃ、報告も済んだし、帰っとすっかぁ」 「あっ、待って、蛮ちゃん。ねぇ、理香さん。出所して行くところがなかったら、『ホンキートンク』っていう喫茶店に来てよ。働き口ぐらい紹介してもらえると思うから、さ」 「あ――アンタ達、それ言うためにわざわざここにきたわけ?」 我に返った理香が訊いた。 「そうだよ。オッチャンに非がねぇとは言えねぇ。多分怪しいところと知りつつ借りたんだろう。知らなかったら、ただのバカだ。でもなぁ、理香サン。オッチャンは最後まで、アンタのこと言ってたよ」 「もう聞きたくないわ! 帰ってよ! 帰って!」 「ああ。そうする。今度こそ行くぞ。銀次」 「う……うん」 「じゃ」 蛮が静かに振り返った。その表情は、ちょっとエッチで口の悪い、いつもの『蛮ちゃん』ではなく、魔女の血をひき、不思議な力も操れる、『美堂蛮』のものだった。 「あばよ」 蛮がドスのきいた声で別れの挨拶をした。 銀次がちょこちょこと、蛮の後を追った。 「お父さん……」 理香が一人で悄然としていると、がちゃり、と扉が開いた。 「理香!」 見ると、すっかりやせこけ、薄汚れて、しかし、父とわかる男が、息を切らしていた。 「お父さん! ――あの奪還屋の大嘘つき! お父さんちゃんと生きてるじゃない!」 「いや。ワシはもうこの世の者ではない。ただ、あまりにおまえのことが心配なんで、神様から一分の時間をもらったんじゃよ」 「一分……?」 「おまえには、謝りたいことがたくさんあってなぁ――いろいろ苦労のかけ通しですまなかった」 「お父さん……」 「おまえにお父さん、と言ってもらえるのが、何より嬉しいけぇ。できれば、一緒に暮らしたかった……生きていれば、まだ希望もあったんじゃろうが……本当に、最後までダメな親じゃったのぉ。ワシは」 「お父さん! お父さん!」 理香の父は、にっこり笑った。 「お父さんは殺されたの?! 本当に?!」 「そうじゃ。じゃが、恨んでも仕様のないこと」 「私、本当は、お父さんと話したいことが山ほどあったのよ! だけど、一分なんて、そんなに短い時間じゃ、何を話せばいいのかわかんない……お父さん、クズでもゴミでもいいから、生きてて欲しかった……」 理香は泣いた。泣くことができた。 理香の父は、すぅっと、面会室の仕切りを通り抜けて、理香を抱きしめた。そのまま、しばらくいたが、やがて、ぽつんと呟いた。 「お迎えが来たようじゃ」 理香の父の体は、だんだん透けていった。 「さよならじゃ。理香。おまえの幸せを、心から願っているよ……」 「あ……」 理香は一人、部屋に取り残された。 「お父さん! お父さん! お父さぁぁぁぁぁん!!」 彼女は号泣した。 蛮と銀次の二人は、もう外に出ていた。 「ねぇ、蛮ちゃん」 「あんだよ」 「邪眼、使ったでしょ」 「ふん」 「全く、素直じゃないんだから」 「どうい意味だ」 「べーつーに」 銀次はからっとぼけた。 邪眼――それは、悪しき心の持ち主には呪いの幻影を、良き魂には救いのヴィジョンを現すという――古代ヨーロッパより伝わる能力である。 後書き 奪還屋の小説です。急に書きたくなって。別ジャンルなので、企画の部屋に移しました。 山村さん親子、どうしても気になって気になって仕様がなくってねぇ。だから、書いてみました。 でも、これで解決ってわけじゃないんだよねぇ。気休めにはなるかもしれないけど。 『GETBACKERS 奪還屋』というマンガを、教えてくれた大門さんには、本当に感謝しています。でも、全巻揃えてないんですよね……(^^;)。あーあ。 |