愛しの青峰っち

「青峰っちー。1on1やらないっスかー」
「やんねーよ。おめぇとやるとなげぇもん」
「ツレないっスねー」
「他の誘えよ」
「断られたっス!」
 黄瀬が満面の笑顔で答えた。黄瀬は所謂モデル顔だ。
「笑いながら言うことじゃないだろ。そこは。テツでも誘えよ」
「あー、黒子っちはねぇ……」
「そっか。1on1向きじゃねーか」
「弱過ぎっス、はっきり言って……」
「オメーが成長し過ぎなんだっつーの! 何だよ、入部してそんなに日も経たないのに1軍て!」
「へっへっへ。認めてもらえるっスかぁ?」
「あー、認めてやる認めてやる。一回だけ相手してやらぁ」
「嬉しいっス!」
 黄瀬の後ろにパタパタと振られる犬の尻尾が見えた気がした。

 勝負は結局青峰が勝った。
「ちぇー。また負けたっス」
「当然。キャリアが違うんだよ!」
 青峰は得意そうに笑う。そんな笑顔が可愛くて――黄瀬の胸が高鳴る。
 でも、駄目なんだ。好きになっちゃ。
 だって、青峰は女が好きだし、おっぱい星人だし。
(オレがボインの女の子だったら――青峰っちは恋人にしてくれたっスかねぇ……)
(もし、オレが桃っちみたいに可愛かったら――)
(青峰っちは自分に恋してくれたっスか……?)
 黄瀬はそんな繰り言を頭の中で反芻する。
 青い短髪。浅黒い肌。やんちゃな顔立ち。
 青峰は黄瀬のストライクゾーンに入っている。
(オレ、昔から女の子に興味なかったっスからねぇ……)
 自分がゲイだと知ったのは、小学校の高学年の辺りだった。
 にも関わらず、黄瀬はモテた。面白いようにモテた。童貞なんか去年捨ててしまった。
(でも何か違うんスよねぇ……)
 女の子相手だとどこか違う。立つことは立つけど。
 全くときめかない。
 そんな黄瀬はひぐちアサのマンガ『ゆくところ』の小泉少年に深く共感を覚えるのだった。
 でも、男に走る程、女に不自由してないし、そもそもゲイのハッテン場に行く気はないし。
 黄瀬はノンケの男が好きなのだ。
 そう。皮肉なことに、青峰みたいな自他共に認めるおっぱい星人が好みのタイプなのだ。
 黒子も小さくて可愛いとは思うけど――。
(黒子っちも何考えてんだか、さっぱりわかんないし……)
 でも、黒子のことも好きだ。
 灰崎は――顔は好みのタイプだが、いかんせん乱暴者だ。もっと優しい男だったら――そして、必殺技が被らなかったら恋に落ちてたかもしれないが。だが、灰崎には虹村がいる。
(虹村主将、絶対ショーゴ君のこと、好きっスよねぇ……)
 でなきゃとっくにやめさせている。灰崎祥吾のことは黄瀬は認めていないので『灰崎っち』とは呼ばない。
 黄瀬は尊敬している人間には『~~っち』と呼んで甘えている。緑間には、
「敬意の表し方を間違えているのだよ」
 とツッコまれたりしているのだ。因みに緑間とは微妙に距離を取っている。あの男は他のメンバーとも微妙に距離を取っているので、黄瀬もそんなに気にしてはいない。
 しかし、何といってもやはり黄瀬は青峰が大好きだ。
 それは……生まれて初めて認めたスゴイヤツだからだ。
 青峰のおかげで、バスケに出会えた。
 バスケに出会えてよかった。そして――
(青峰っちに出会えてよかった)
 好きっス。青峰っち。
 でも、この心はずっと秘密にしておくのだ。青峰が離れないように。
「おい、黄瀬」
 青峰が声をかけてきた。
「は……はい?!」
「ここに座れ」
 黄瀬は青峰の隣に座った。黄瀬の特等席。
「……何スか?」
「……空が、青いな」
 それだけを言いに、わざわざ?
(もー、可愛過ぎっスよ、青峰っち!)
「なぁんかもう、悩みなんか吹っ飛んじまわない気がしねぇか?」
「ん……そうスかねぇ」
「わかんないならわかんないでいいけどよぉ……」
「青峰っちにも、悩みがあるんスか?」
「んだよ。その言い方」
「え? だって、青峰っち、モテるしバスケ上手いし……悩みなんてなさそうだし」
「んだよ。失礼なヤツだな。モテるのはオマエもだろうが」
「オレ、モデルじゃなかったらそんなにモテないっスよ?」
「……ま、いいけどさ」
 空には白い雲がひとひら。ぽっかり。
「オレさぁ……前よりバスケがつまらなくなってんだ」
「ええっ?!」
 黄瀬はがばと背を起こした。
「周りがオレより弱く見えてよぉ……それはいいんだが、みんなオレに勝つことを諦めてる。もっと本気でかかってこいってんだ。弱いなら弱いなりに吠えてみやがれ! テツみてぇによぉ」
 テツ……黒子テツヤのことだ。
「残念スが、オレが青峰っちのこと、今にやっつけるっス」
「は……」
 青峰は鼻で嗤った。が、
「そうだな。オレは負けるつもりはねーけど、オマエとなら今にいい勝負ができるかもな」
「そうスね。今はまだムリっスけど」
「いつか……本気で勝負しような。黄瀬」
「負けないっスよ。青峰っち」
 そして、黄瀬は青峰とグータッチをかわした。
 約束っスよ……。

「おい、こら、何やってんだ!」
「笠松センパイ!」
 笠松の声を聞くと、黄瀬は嬉しくなってしまう。今の黄瀬は笠松が好きなのだ。
 青峰ら、帝光中のバスケ部から旅立ったかつての仲間達は、バラバラの高校に入って、今は敵同士だ。かと言って、青峰への好意が完全に消えたわけではない。けれど――。
(今のオレには、笠松センパイがいるっス)
 そして、黒子っちも。
 黒子っちは誠凛だが、黄瀬は自分の通う海常に誘ったことがある。結果は見事フラれてしまったが。
(黒子っちとも、バスケがしたかったっスね……)
 従来のバスケスタイルとは違うとはいえ、黒子のことも黄瀬は尊敬しているのだ。
「ちょっと……気合入れてたっス」
「そうか……早く来いよ」
 笠松が去った後、黄瀬は思った。キセキの世代と言われても、今の自分はもう帝光中から卒業した、海常高校のバスケ部員、黄瀬涼太なのだ、と。
 そして、これから青峰をエースに擁した桐皇学園との対戦が始まる――。

後書き
最初のシーンは青峰視点から始まる……。わかりにくくないといいですが。
視点の問題はなかなか難しいですね。
話自体は好きです!
2014.3.23


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