インディペンデンス・デイ 「全く――俺の独立記念日にやってくる度に血を吐いて倒れないで欲しいな」 ホテルのスイートルームでアルフレッドがぼやきながらアーサーの口元を拭いた。 「いや、面目ねぇ」 苦しい息の下からアーサーが応えた。 「俺、やっぱり来ない方が良かったかな。でも、兄として、おまえの誕生日には――ゴホンゴホン」 「大丈夫?」 アルフレッドがアーサーを撫でさすってやる。 「――仕方ないなぁ、君も。僕は君が来るのを楽しみに待ってんだぞ」 「え……?」 アーサーは目が点になった。 だって、毎年ここに来ては吐血して倒れ、アルフレッドに看病されてもらっているのに。 けれど――アルフレッドが面倒を見てくれる時は発作が治まるような気がする。 でも、アルにばっかり負担をかけて悪いな……一応は俺も『元』とは言え、アルの兄だったのに……。 アーサーはそんなことを考える。 でも、目の前のアルフレッドは優しい目でまめまめしくアーサーの世話をしてくれる。 ああ、大きくなったな、アル……。 それに、大人になった。 俺はもう必要ないのかな。 必要ないよな。アルフレッドはアメリカと言う『国』として立派にやっていっている――たまに奇行が目立つのが玉に疵だが。 「俺なんか、おまえに迷惑ばっかりかけてんな」 「水臭いこと言うじゃないか。俺は君にいつも感謝してるんだぞ。それに――俺は君が好きだし」 「兄として?」 「ううん。兄弟の縁はとっくに切ってるじゃないか」 「そうだよな。俺なんかいらなくなったんだ」 「いらないわけじゃないよ。俺は君に一人前の男と認めてもらいたかったんだ」 「ばーか。おまえなんかまだまだひよっ子だよ」 「お、いつもの元気が出てきたね。良かった。 アーサーの額を拭うと、アルフレッドはそこにキスをした。 「突然何するんだ……」 「君に俺の気持ちをわかってほしくてさ」 「ばーか……」 もうわかってんだよ。――アーサーが心の内で呟いた。 ノックの音がした。 「アーサーさーん。もう大丈夫ですか? ――わっ」 「やぁ、菊」 アルフレッドは少年にしか見えない老齢の男に声をかけた。若く見えても菊はもう千歳を超えている。 アルフレッドはアーサーに寄り添っていた。 「こ……これは……!」 菊はショックを受けているようだった。 「ああ、違うんだ、菊……」 アーサーは何とか上手く誤魔化そうとした。 「隠さなくていいです。お二人の仲は周知の事実ですから」 「はぁ?!」 「ああ、観光用にカメラ持ってきて良かったです!」 菊はいつもの落ち着きをかなぐり捨ててパシャパシャと写真を撮り始める。 「おい……」 「いいじゃないか、菊に見せつけてやろうよ」 アルフレッドはアーサーに体を絡めてきた。 「何てサービスショットですか! ああ、アーサーさん、こっち向いてください」 向けるかよ……。 菊は時々ハイテンションになる。時々変になる。 「今回の本はアルフレッド×アーサーの続編ですね!」 何だかアーサーにはどういう意味だかわからない台詞を叫びながら、尚も菊は写真を撮り続けた。 「ふぅー、満足」 菊は額を拭った。 「今度の本も楽しみにしてくださいね。では」 菊は風のように去って行った。 「あの写真……菊は何に使うつもりなんだ?」 「あれ? アーサーは菊の本見たことがない?」 「いや、読んだことはあるにはあるんだが……」 アーサーは本を読んで耐えられなくなって五ページ目で放り投げたのである。 「結構面白いんだぞ。俺と君との関係もよく捉えていてさ」 「へぇー……」 じゃあ今度は男同士のセックスシーンも我慢して読んでみるか。 アーサーの国、イギリスでもゲイはたくさんいるのだが、アーサーにはそんな趣味はない。 アルフレッドは……相手がアルフレッドだから惹かれただけで……。 その気持ちに気付いた時、 (やっぱり俺も変態なのかな) と、思いはしたのだが。 アルフレッド以外の男には――昔はフランシスがいたけれど、今はもう何の興味もない。 (アル……) 戻ってきて欲しいが、そうは言えない。彼は一個の『国』として精一杯がんばっている。 アーサーにできることは、そんなアルフレッドを応援することしかない。 そんなアルフレッドが、独立記念日のイベントをうっちゃらかして自分の看病をしてくれる。 アーサーは恋人としての特権意識の甘酸っぱさに酔っていた。 けれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。 「アル……みんなのところに戻らなくていいのか?」 「君といる方がずうっと大事さ」 アルフレッドのそんな台詞を聞いて――アーサーは顔が緩んでいたに違いない。 「みんななら勝手に楽しんでるって。――何だい? にやついて」 「別に……」 アーサーは本当は嬉しいのについぶっきらぼうに答えてしまった。 「あーあ。俺はどうしてこんな太眉毛に恋しちゃったんだろう」 アルフレッドが呟く。 「悪かったな、太眉毛で。そっちこそ似合わない眼鏡なんかかけて」 「『テキサス』のことかい? これは大事な伊達眼鏡なんだぞ」 「……自分で伊達眼鏡とか言ってるし」 「悪い?」 「そうは言ってない」 「……ねぇ、アーサー」 言い争いもそこそこに――。 アルフレッドはアーサーに顔を近付けた。 「な……何だよ」 焦るアーサーをよそにアルフレッドはアーサーの顔にキスの雨を降らせる。 「元気出ることしよっか」 「馬鹿……そんな場合じゃねぇだろ」 その時、またノックの音がした。 「何だろ。菊が戻って来たのかな。入っていいよ」 「おい……」 アーサーが止めようとする。――扉を開けたのはルートヴィヒだった。 「アルフレッド。フェリシアーノが迷子になって……。――?!」 ルートヴィヒはアルフレッドのアーサーの密着度に絶句した。 「フェリシアーノならきっとひょっこり見つかるんだぞ。心配しなくていいんだぞ」 アルフレッドはにっこり笑った。 「そういう問題ではない。俺がフェリシアーノを探していたら、ついでにアルフレッドを呼んできてくれ、と頼まれたんだ」 「そう。早くフェリシアーノが見つかるといいね」 「おまえも早く会場に戻れ」 「やだね。今夜はアーサーと一緒にいると決めたんだ」 「行ってきていいんだぞ、アル……」 「何て冷たいこと言うんだい。アーサー」 二人は見つめ合う。 「わかった……アルフレッドも具合悪くなったって伝えておくから。それから、鍵ぐらいかけとけ」 ルートヴィヒは真っ赤な顔になって、焦って部屋を離れた。 「どうしたんだろうな、ルート」 アルフレッドが首を捻る。アーサーは言った。 「おまえなぁ……少しは自覚持てよ。これじゃ俺達親密な大親友か、さもなくば――」 「恋人。間違っちゃいないじゃない」 「あのなぁ……」 「どうせならもっと恋人らしいことしようよ……」 「俺は病人なんだぞ」 「手加減するさ」 アルフレッドの笑顔にアーサーは抗い難いものを感じた。アーサーはアルフレッドのコロンの香に包まれた。 それからどうなったか――それは読者の想像にお任せする。 後書き アルフレッドの誕生日を祝う気持ちはあったんですよ。ただ、少し遅くなっただけで……。 ごめんアル! 遅れてしまって! でも、アーサーと思う存分いちゃいちゃさせたから許して! 2012.7.8 |