緑間真太郎がチャリアカーで目を覚ますと、チャリ部分でペダルをこいでいるはずの高尾和成の姿が見当たらない。チャリアカーは路肩に止められている。
「高尾……?」
しばらく経っても高尾は来ない。
「高尾……どこへ行った。このオレを置いて行くなんて言語道断なのだよ」
そういう緑間の顔はどこかしら不安そうだった。

高尾がいなくなった

「おい、あれ」
火神大我が黒子テツヤに声をかけて前方を親指で指さした。
「緑間じゃね?」
「本当ですね、何かそわそわしているようです」
黒子も頷いた。
「おーい、緑間!」
「な……火神、黒子……!」
緑間は泣きそうな顔をしていたが、それは一瞬のことですぐにいつものポーカーフェイスに戻った。いつものようにテーピングしてある左手の指先を眼鏡のブリッジにかける。
だが、火神はそんな緑間の不安を見逃さなかった。
「どうした?……あれ?何てったっけ?きつね目野郎は今日は一緒じゃねぇの?」
「高尾だ。いい加減覚えるのだよ」
「わりぃわりぃ」
「もしかして、その高尾君に何かあったのですか?」
黒子がきいた。
「……いなくなったのだよ」
「は?」
「だから、いなくなったのだよ」
「便所じゃね?」
と、火神。
「遅すぎるのだよ」
「便秘じゃね?」
「火神……それ以上下ネタを言うと許さんのだよ」
「これぐらい下ネタのうちに入らねぇだろ。オマエ、やっぱり潔癖症か?」
「高尾君の行き先に心当たりはないのですか?」
火神を無視して黒子がきく。
「ない……この辺りは初めて来たのだよ」
「そうですか」
「携帯も繋がらないし」
「そっか。なら探してやる」
火神が言った。
「そうですね。僕も手伝いましょう」
黒子も賛同した。キセキの仲間として、でなくとも黒子も心優しい少年である。
「……頼む」
緑間が素直に頼んだ。こりゃあ本当に心配しているのだな、と火神は思った。
「うし!じゃあ必ず見つけてやる!じっちゃんの名にかけて!」
火神は気合いが入っている。
黒子が喋った。
「火神君のお祖父様に金田一耕助がいるとは知りませんでした」
「冗談だよ、冗談。」
「わかってます。僕の今の台詞も冗談です。それはともあれ、火神君、僕も協力しますよ。……手分けして探しましょう」
「ああ」
火神に否やはなかった。黒子が続けた。
「僕は公園の方を探します。火神君は通学路を探してください。じゃ、また後で」
「おう。任せろ」
「……すまないのだよ黒子、火神」
緑間が二人にそう言った。
「おいおい。『すまない』なんて柄にもないこと言ってんじゃねぇよ。緑間」
片頬笑みをする火神の台詞に緑間は一瞬目を見開くと、
「……わかった、ありがとう」
と微笑んで答えた。
(あれ……?いつものように『悪かったのだよ』なんて憎まれ口叩くかと思ったら……)
火神は何で高尾がいつも緑間といるのかわかる気がした。
「早く行ってください。火神君」
黒子は面白くなさそうだった。ほんの少し声に怒気が混じっている。黒子が機嫌悪そうなのは何故だろう、と火神は思った。

火神が歩いていると……。
「火神っち~」
あまり聞きたくない声が聴こえた。
「おーい、どこ行くんスか~」
黄瀬涼太だ。黒子の中学時代の友人。しかもヤツも黒子を狙っているらしい。
「無視しないでくださいっスよ~」
「うるせぇ!」
「ああ、やっと答えてくれたっスね」
「人探しの途中だ。後にしろ」
「誰か、いなくなったんスか?」
「緑間の相棒だよ」
「ああ、高尾っちっスね。彼、どしたんスか?」
「だからいなくなったんだよ!」
「オレも探すの手伝いましょうか~?」
「いらねぇよ」
「そんな~、オレも手伝いますよ~」
「いらねっつってんだろ!」
火神と黄瀬が言い合いをしていると。
「あ、あれ、黄瀬涼太じゃない?」
「ホントだ」
「黄瀬君サインして~」
女子高生の大群が黄瀬に殺到した。モデルの仕事もやっている黄瀬は女子にモテモテなのだ。
「火神っち~。た~すけて~」
「オマエはそこで窒息してろ、ばーか」
どちらかと言うと女の群れが苦手な火神はそこを離れた。
「おっ、そうだ」
火神はケータイを取り出し、笠松の番号に電話をかけた。以前無理矢理アドレス交換させられた時、笠松の番号も教えられて、
(ちょういらねー……)
と思ったのだがこんなところで役に立つとは。
「あー、笠松サンか」
「火神か。何の用だ?」
「黄瀬のヤツ、オンナに取り囲まれて動き取れねぇみたいだぜ」
「そうか……教えてくれてサンキュ。……アイツめ、練習サボっていると思ったら……後でしばき倒してやる……」
「じゃな」
火神はケータイを切った。へっ、ざまあみろ。
その後もあちこち探したが、結局高尾は見当たらなかった。

「うぉーい、緑間ー」
「むっ。……火神か」
「探したけどこっちにはいなかったぜ」
「そうか……」
「待て。他のところも調べてみるから」
その時、涼やかな声が聴こえてきた。黒子の声だ。
「火神君、緑間君」
「黒子……と高尾?!」
「あのう……いました」
「よっ、真ちゃん」
高尾がピースを額に当てる。
「どこ行ってたのだよ。高尾」
「喉渇いたからちょっと自販機に行ってたんだよ。待たせてごめん」
「……遅いから心配したのだよ」
「そっか。ははっ。心配してくれてあんがと。はい、真ちゃん用に買ったおしるこ」
「……ありがとう、なのだよ」
緑間は高尾からしるこの缶を受け取った。
「世話になったな。火神、黒子」
「おう」
「どういたしまして」
「でーも真ちゃんが心配してくれたなんて嬉しいな~」
「……ラッキーアイテムがあるから必ず会えると信じてはいたがな。それより高尾。何で起こさなかった」
「すぐ帰ってくるつもりだったし。それに真ちゃんがあんまり気持ち良く寝てたのに起こすのわりぃじゃん」
「起こしてくれて構わなかったのだよ」
「でも、真ちゃんの寝顔があんまり綺麗で眠り姫みたいでさあ……起こす気になれなかったんだよね」
なんだこの会話。
あー、気持ちわりぃ。砂吐きそー。
自分のことを棚に上げて火神は思いっきりしかめ面をした。
「砂吐きそうな顔をしてます。火神君」
黒子が冷静に指摘した。
「さて、高尾も見つかったことだし、帰るぞ。……いろいろ助かったのだよ。火神、黒子」
「オレからも礼を言うぜ。火神、黒子。ありがとな」
「いやいや」
しかし、緑間と高尾の秀徳コンビに感謝されるのは悪い気分ではない。

「また遊びに来るぜ~」
高尾がチャリアカーのペダルを漕ぐ。
「おう、じゃあなー」
火神が手を振った。
黒子が言った
「じゃ、僕達も帰りますか」
「ああ」
火神も頷いた。
どうやら黒子も機嫌を治したらしかった。
「今日は……緑間君達の為にいろいろありがとうございました」
「だって……ダチが困ってたら……って、あいつらはダチっていうよりライバルだけど……助けんの当たり前だろ?オマエだってそうじゃねぇか」
「そうですね」
「あ、そうだ。黄瀬に会ったぞ」
「そうでしたか。どうしてました?」
「女に囲まれてたから笠松サンにチクってやった」
「……火神君て、人に対して態度が違いますね」
「えー?そうかぁ?だって……」
黄瀬も黒子、オマエを狙ってるから……とは火神には言えなかった。
「あいつうぜーじゃん」
「悪気はないんですよ」
黒子はフォローのつもりだったらしいが、特に否定はしない。
「それはわかっけどさぁ……オレあいつ苦手」
火神の溜息混じりについて出た言葉に黒子がくすくす笑った。
夕日が傾いて風景がオレンジ色に染まる。
「……なぁ、黒子」
「何ですか?」
「……手、繋ぐか?」
「……はい」

「高尾」
チャリアカーで緑間は相棒の名を呼ぶ。
「何?真ちゃん」
「どうして携帯に出なかったのだよ」
「え……ケータイ?あー!昨日ケータイでゲームしてたらそのまんま寝落ちしたから……ベッドの脇に置いたままだ!」
「高尾……今日は覚悟しておけ」
「え……何か真ちゃん、声が怖いんですけど……」
高尾は恐ろしそうに身構えた。これからの彼に地獄が待っているのは確実だった。

後書き
高緑なのに火黒があるのが私らしいなぁ……あと、黄瀬ごめん。嫌いじゃないのよ。わんこみたいなとことか。
緑間は本当はもっとアホん子でした。
でも母に、
「緑間は頭よくってかっこいいんじゃないの? 智子が好きな緑間はかっこいいんでしょう?」
と言われ目からウロコ。そうだよ、その通りだよ。ありがとママン。目を覚まさせてくれて!
んで、ない知恵絞って書きました。評価は読者の皆様方にお委ねします。

追記
でもこの頃アホな緑間も好き。
2013.5.26

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