今でも好きだぜ、坂口さん 「さっかぐっちさーん。今日も綺麗だね、可愛いね」 「迅八ったら、今は小林さんだよ」 親友の錦織一成がくすくす笑いながらツッコむ。 いいじゃねーかよー。俺にとっては、坂口さんは坂口亜梨子のままなんだから。 断じて『小林亜梨子』なんて呼ばねぇよっ! そうそう。俺は小椋迅八。考古学の先生だ。 月基地では玉蘭と呼ばれてたなぁ。つまり、それが俺の前世の名前。 前世では、玉蘭は紫苑に木蓮を奪われ、今生でも紫苑の生まれ変わりの輪に、今世での木蓮――坂口さんを奪われ……。 それじゃ、あんまり俺が可哀想じゃねぇかっ! 俺だって、綾小路さんという女の子とつきあったことあるけど……駄目だったね。やっぱり坂口さんが一番だぜ! それなのに……坂口さんは未だに輪に夢中と来てる。 蓮くんは確かに可愛いけどな。 小林蓮。蓮くん。輪と坂口さんの――息子だ。 この間、ちょっと昔の輪にそっくりなこと口走ってたけど……もうやめたみたいだ。それでいい。 蓮は坂口さんにそっくりだ。だから、皆から可愛がられている。桜なんてもうあの子に夢中だ。 そうそう。一成と桜のところにも、コウノトリ降りてきたんだぜ! めでたい! 坂口さんもまた妊娠したらしい。こっちははっきり言って、あまりめでたくない。お腹の子は女の子らしいが。 輪のヤツがくたばったら、俺はまた坂口さんにプロポーズしようと思っている。 共白髪なんて、夫婦の理想形じゃねぇか。 でも……輪の方が九歳も若ぇしな。このままじゃこっちが死んでしまう可能性も大だ。 玉蘭だって月基地で病気が発生した頃、一番初めに死んだしな。 今世ではがんばって長生きしてやるっ! 俺にはライバルも多いしな。 春だって大介だって、まだ坂口さんを狙っている。坂口さん、モテるんだ。 たおやかだし、可愛いし、歌声は綺麗だし……。 俺だって……モテないわけじゃないけど――おっさんになった今でさえ――坂口さんのことは、多分一生愛すると思うんだ。 輪のヤツには敵わないかもしれねぇけどな。 玉蘭は、木蓮を永遠に愛す、と言った。俺だって、坂口さんを、ずっと、愛す。 俺達――俺と玉蘭って、結構一途なのかもしれないな。 え? 俺はエンジュ(漢字が出てこねぇ)と浮気したじゃないかって? そりゃまぁ、俺だって男だし。前世ではココって子と付き合ったこともあるけれど。 エンジュみたいな可愛い子に誘われれば、ぐらっとするだろ? エンジュは美人だ。木蓮には敵わないけど。 でも、俺は気持ちを切り替えた。 俺は、木蓮を――いや、坂口さんを永遠に愛す。 エンジュの今世での姿である一成に、訊かれたこと、あるんだ。高校生の時。 木蓮が好きなのか、坂口さんを好きなのか。 そんなの、決まってるだろう。 坂口さんだよ。 そしたら、一成は笑って、 「僕達、マブダチだ」 と言ってくれた。あれは嬉しかったなぁ。 輪はな……あいつ、結構苦労したみたいなんだ。 前世では一人、月基地に取り残されて。 だから、人一倍、幸せになる資格はある。それは認める。 ライバルだけどな――俺は、輪が好きだ。紫苑もだ。 でも、輪。おまえが死んだら、坂口さんを俺にくれよな。 まぁ、俺の方が早くあの世に行っちまいそうだけどな。輪は俺より若いんだから。今だってヤツはまだ二十代だ。 俺だって、いろいろ危険なところにも行ってるしな。 輪は……多分一生かけて坂口さんを幸せにする。 俺だって……本当はそんな二人を応援したい。 いっぱいいっぱい幸せになりたい。そんな彼らを応援したい。 俺は――苦労知らずだから。あいつらの方が、何倍も何倍も、幸せになる価値、ある。 まぁ、俺は今のところ、不自由はしてないからな。 けれど――初恋は坂口さんだったんだ。木蓮も好きだけど。綺麗だもんな。彼女。 玉蘭は――最初紫苑に怒っていた。 けれど、結局は紫苑に負けた。紫苑は、張り合うには、些か、魅力的過ぎた。もし俺が女だったら、ヤツに惚れていたかも。 俺だって、美形で通ってたけどな。昔は。 エンジュの恋心、忘れたりしない。一成、月にかけて、絶対エンジュのこと、忘れたりしないからな。 一成は桜と結ばれた。あの二人は、前世では女同士で、親友同士だった。 桜は俺のこと、殴ったりしたけどな。エンジュ、いや、一成のこと考えた上でだって、今ならばわかる。 一成と桜って、レズになるんじゃないかって、馬鹿なこと思ってたけど、一成って、今は男だもんな。 俺だって、一成には、はっきり言ってキモい思いもさせられたけど――やっぱり親友ってことで落ち着いて、ほっとしたんだ。 俺は一生、坂口さんを見て過ごす。坂口さんには迷惑かもしれないけど。 小林なんて呼んでやらねぇ。俺から坂口さんを奪った男の苗字でなど。 坂口さんも、輪のことが好きだ。過去からのしがらみだけではなく。 輪は――いい男に育った。 俺は――おっさんだ。 坂口さんにプロポースした時も、彼女は、 「ごめんなさい」 と泣きながら断った。 まぁ、予想はついてたけどな。坂口さんには輪がいるし。 春にも大介にも、負けるつもりはないけれど、輪にだけは敵わない。 紫苑と木蓮も、未だにラブラブだ。多分な。 輪――坂口さんを泣かしたら、絶対許さないからな。 自分のエゴで皆に迷惑かけたら、絶対許さないからな。 まぁ、あいつも大人になったし、成長した部分もある。 戦争できる幸せ――そんなことをあいつが考えていたのだと知った時は、本当に泣いてしまった。 そして――そんな中から、戦争をしない、という選択をすることが大事だと、あいつは教えてくれたんだ。 ちびテロリストだったあいつがだぞ。信じられねぇ、と思うと同時に、感動もしたんだ。 そしてあいつ――命を助けてくれてありがとう、と言ったんだ。だから、俺、輪のことが好きになったんだ。 まぁ、坂口さんを譲るつもりはないけれど、今は――託してもいいかなって、思えるようになったんだ。 そして――坂口さん。 何度も言うようだけど、好きだぜ。坂口さん。 この気持ちだけは、輪も玉蘭も前世も関係ない。俺は、小椋迅八という一人の人間として、坂口さんを好きになったんだ。 だから、待ってる。いつまでも、待てる。 坂口さんがこっちを振り向くまで。 例え、坂口さんが輪に夢中でも。 だから、今でも呼ぶんだ。坂口さん――と。 小林でなく、坂口さん、と。 俺、まだ諦めてないから。 坂口さんは、ますます美人になった。輪のことが羨ましくなるくらい。 恋って女を綺麗にするんだなぁ。坂口さんは、未だに輪に恋してる。輪も、彼女に恋している。 俺って、未練がましいのな。坂口さんが輪をフッてくれることを、心のどこかでは期待している。 でも、そんな日は当分来そうにない。だから、俺は一生独身を貫こうと思う。 結婚するのなら、坂口さんと。それ以外の相手とは、絶対結婚しない。 俺は比較的幸せな方だから――皆幸せになって欲しいと思う。それは、余裕ある者の奢りだろうか。――紫苑にも言われたことあったな。おまえは自分が幸せだから、そんな風に考えられんだよ、と。 でも、今は輪も幸せを知っている。坂口さんのおかげで、蓮のおかげで。 坂口さん――俺、坂口さんを見てるから。ずっとずっと見てるから。歌姫である君を。 蓮に妹が生まれて、今よりももっともっと幸せそうに笑う――君を。 後書き 昔より今の迅八の方が好きです。 2012.5.24 |