タイバニ小説『ちょっといいかも』
「はぁい」
トレーニングルームに入る時、私は元気よく手を振る。いつものメンバーに。キッド、折紙、ネイサン、スカイハイ、アントニオ――。
あれ? タイガ―がいない。またサボり~? 仕様のないオジサン。体力もピークを過ぎてトレーニングがきついのはわかるけど。
「あ、ローズさん、こんにちは~。いつも元気だね~、ボクも元気だよ~」
キッドはそう言って笑ってみせる。女の子だけど、主語はボクなのよね。それが可愛い。
「やる気があるのは素晴らしい、そして素晴らしい」
この台詞はスカイハイ。いっつも思うんだけど、二度言う必要あるのかしら……。
「皆さん、こんにちは」
いささか特徴的なイントネーションで喋る中年男性が入って来た時、みんなそっちに注目した。ロイズさんなのだ。
「今日はバーナビーさんを連れてきましたよ~」
バーナビー?! もしかしてバーナビー・ブルックス・Jr?!
かなりのイケメンと前評判が高い。私はそのシーンを直接は観てないけど、バーナビーのお姫様抱っこでワイルドタイガ―が助かったんだとか。
でも、タイガーも型なしよねぇ。一応ベテランの域に達しているのに、男にお姫様抱っこされたんだから。このネタで後でいじめてやろうっと。
ま、私は好きよ。タイガ―は。暴走するくせさえなきゃね。
ロイズさんの後から現われて来たバーナビーは、赤と白を基調にした本革のスーツに深緑のパンツ、赤いブーツとややけったいな取り合わせだった。
でも、問題はそこに乗っている顔。
少々くすんだカールした金髪に六角形の紫眼鏡の奥から覗く緑の瞳は切れ長だ。卵型の輪郭の顔。高い鼻筋。
ほんとにハンサムだったんだ……。
私は目を見開いていたことだろう。
ちょっといいかも、なんて思ったりして……ちょっとドキドキ。
「バーナビー・ブルックス・Jrです。皆さん宜しくお願いします」
そう言って頭を下げた。
ふぅん、礼儀正しいんだぁ……。育ちも良さそうね。やっぱり、ちょっといいかも。
「さ、皆さんも自己紹介して」
ロイズさんに促され、みんなはめいめいに自己紹介した。
「ネイサンよ。こう見えてもみんなのお姐さんなの。ヒーロー名はファイヤーエンブレム。ハンサムが増えて嬉しいわ。宜しくね」
「はは、笑えねぇダジャレだ。――アントニオだ」
「スカイハイだ。宜しく、そして宜しく」
「ボク、キッドだよ~。本名はホァン・パオリンて言うんだ~」
「せ、拙者……イワンでござる。折紙サイクロンでござる」
次は私の番……ドキドキ。
バーナビー……ハンサムはこっちをじろりと見た。まるで見下すように。
それは一瞬のことだったけれど。
なぁに、あれ。感じわるーい。
ハンサムの顔に馬鹿にした薄ら笑いが浮かんだ。
「貴方がブルーローズですね。……何だ。偽物の胸だったんですか」
「?!」
私は痛いところを突かれてしばらく呆然としていた。
なにあれ! なにあれ! なにあれ! 性格超わるーい!
顔がいくら良くてもあれでは帳消しよ!
「さぁ、トレーニングしましょう。教えてくださいますよね。先輩方」
「おう!」
「せ、拙者にできることなら……」
「ボクも手伝うよ~」
「ハンサムの頼みとあっちゃきかないわけにはいかないわね。いい男に弱いのよ、アタシ」
「早速トレーニングとは流石だ! そして流石だ!」
みんながハンサムを持ち上げている中で――。
私はひとり呆然と立ち尽くしていた。
なにあれ! 二重人格?!
いや、私の時にはご機嫌斜めだったのかもしれない。
「あのさ、ハンサム」
「何ですか?」
ハンサムはにこやかに笑う。なんだ。私の勘違いだったんだ……。
と、思ったのも束の間――。
「ああ。ブルーローズさんが本当は貧乳だったことはシュテルンビルトの人々には言いませんよ。夢を壊すといけませんからね」
なんですって~!!!
確かこのハンサムはタイガ―とパートナーになるはず。
タイガ―ったらこんなのと組むの? ちょっと荷が勝ち過ぎるんじゃない?!
顔は最高でも性格は最低よ!
少しでもちょっといいかも……って思った私が馬鹿だったわ!
「やぁ……済みません。遅れてしまいまして」
遅く来たタイガ―がへこへこと頭を下げる。威厳ないったらありゃしない。ま、オジサンだからね。
……やだ。ハンサムの性格の悪さがうつったのかしら。断じてあんなヤツとは違うからね、ほんと。
このタイガ―、ハンサムの相方になるのね。ハンサムの引き立て役にならなきゃいいけど。
私、断然タイガ―の方を応援してやるからね! 性格悪いより頼りない方がまだマシよ!
「オジサン、トレーニングには早目に来てくださいね」
「わぁったよ。てか、何で知らない人に怒られなきゃならないわけ? ――で、アンタ名前なんつったっけ」
「バーナビー・ブルックス・Jrです」
「ああ、バーナビなんとか」
「人の名前ぐらい覚えてくださいよ。記憶力減退してるんですか? これだからオジサンは。この間も助けてやったというのに」
「助けた? アンタに助けられた覚えなんてねぇけど」
「マスクをしてましたからね。でも、素顔は見せたはずです」
「あー、オジサン記憶力減退してるからわからんわ」
タイガ―負けてなーい。私は初めてタイガ―が頼もしく見えた。
ハンサムはちょっとムッとしたようだった。ふん、誰でもアンタのこと覚えている人達ばかりではないんですからね!
「それでは、私はこれで」
ロイズさんが出て行く。
「んじゃ、トレーニングに励むとしますか」
「オジサン……そんな貧弱な体でよくヒーローが務まりますね」
うわぁ……ハンサムったらきっつー。
身体的欠陥をあげつらうなんて、一番他人にしてはいけないことよ。
「まぁ、抱いた時も思ったより軽いな、とは思ってましたけどね」
「俺はNEXTだからいいんだよ!」
「僕の足を引っ張らないようにちゃんと鍛えてくださいね」
「なっ……わかったよ。ったーく」
タイガ―は準備運動を始めた。
「ふぅん。タイガ―に関心があるようね。あのハンサム」
え?
気がつくとネイサンが後ろに立っていた。
「冗談。ハンサムったら悪態しかついてないじゃないの」
「と、思うが素人のあさはかさ」
ネイサンもかなり口は悪いけど、本当は優しいのわかってる。
「ちょっとでも関心を持った存在には意地悪言うのよ、ああいうタイプ」
それ、小学生レベルじゃん。精神年齢いくつよ、あの男。
でも、ちょっと待って? それって……えーっ?!
私もさっきハンサムにグサリと来る一言いわれた……もしかして私にも気があんの?
「もちろん、アンタにも無関心ではいられなかったようよ。あのハンサム。だから自信持ちなさい、ね?」
へぇ……そっか。じゃ、ちょっと悪い気はしないな。
やっぱり、ちょっといいかも。
だけど、『ちょっといいかも』なんてのんきなこと言ってられなくなるのは、そう遠くない未来の話。
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