日の光に輝く金髪、真っ白な肌。おしゃれな洋服。香水のいい匂い。

 俺はあの頃――確かにフランシス・ボヌフォアに恋していた。

仏と英の昔話

 恋だって? 冗談。あんないけ好かない野郎に。初恋でなかったから良かったようなものの。
 男のくせに、軟弱なかっこしやがって。
 それなのに、ああ、それなのに。
 俺の目は、フランシスを求めてやまなかった。
 あんなに性格サイテーなヤツなのになぁ……。
 そこで、俺は追想の中で溜息を吐いた。

「アーサー!」
 フランシスが高い声で叫んだ。この声の高さもまた耳に快い。
「どうしたんだよ。あ、まさか」
 フランシスは二ヨ二ヨと笑った。
「な……なんだよ」
「アーサー坊っちゃん、俺に見惚れてたんだろー」
「ま……まさか! おまえなんかに!」
「それにしちゃ、視線を感じたけどなぁ」
 俺がどんなに怒っても、フランシスはどこ吹く風。空を見上げて、
「今日は雨かなぁ」
 などと言っている。

 まぁ、見惚れてたと言われれば、事実なので言葉もないが……。
 俺も、あんな風になれるかなぁ……とは思ったさ。
 そう。俺は、フランシス・ボヌフォアになりたかった。
 だから、司教様に逆らってまで、髪を伸ばし続け、フランシスみたいなさらさらヘアーになりたかった。
 笑いたいなら笑え――くそ。今じゃ黒歴史だぜ。
 でも、心の中ではフランシスを慕ってたことも本当だ。
 なんだかんだ言って構ってくんの、当時じゃあいつしかいなかったもんな。
 恋……だったかもしれない。俺は認めたくないがな。
 フランシスが女みたいな洋服着てきた時も、正直言って似合う、と思った。
 俺のサイズのまで用意するなんて、その周到さに舌を巻いた。
 そうだよなぁ……あの頃のフランシス、女と見紛うほど可憐で綺麗だったもんなぁ。
 小さい頃は、あいつは女だと勘違いしてたしなぁ。
 ま、今は無論そんなことがない。っつーか、今はむさい髭オヤジだし。しかもエロ。
 え? 俺もエロか? んなわけあるか! えーと……多分?
 エロいことは嫌いじゃねぇけど……って、何言ってんだ、俺。
 まぁ、俺はフランシスを憧憬の眼差しで見てたってわけだ。
 これは、性的な感情じゃない。フランシスは俺より年上だったから、純粋なアコガレだったんだぞ。……多分。
 それを、あの悪魔は無残に打ち砕きやがって!
 そう、俺はフランシスの家に連れて行かれ……そこでいきなり初めての……。
 まぁ、俺も若かったしな。そういうのを楽しんでいた部分もある。
 なんせ、フランシスとは、腐れ縁だからな。
 西暦1000年に世界が滅びようとしている、と噂が立った時も、フランシスとなら平気だって思ったさ。ああ。
 これも黒歴史だ……。
 俺の性格がねじ曲がったのも、ひとえにフランシスのせいだとは思うが、フランシスは全く意に介さない。
 なお、おしゃれについて言うと、もっと後にはコッドピースなんて変なもんが流行ったが、あれは真似する気は起きなかった。
 フランシスの格好を見て、笑ってただけだった……って、俺も性格悪いな。
 でも、確かに中世の頃のフランシスは素敵だった。俺もはっとさせられるほど。
 もちろん、結婚なんて考えたことなかったけど。
 あ、でも、フランシスから結婚を申し込まれたことはあったな。
 何言ってんだ、てめぇ……と思ったよ。
 今更って思ったよ。
 おせーんだよ、バーカ。おまえへの淡い恋なんてとっくに冷めたっつーの。
 それなのに、あいつ、自分が死にたくないからって、俺を巻き添えにしようとしやがんの。
 俺は必死で抵抗したね。いや、肉体関係はあったけどさ。フランシスの命を助ける義理なんて俺にはねぇんだよ。
 昔から、
「アーサー、アーサー」
 ってうるさかったけどさ。
 結婚はいくらなんでも……。ちょっと待てよ、おい! という感じがしたな。
 若い頃のフランシスに似た娘相手なら、考えないでもなかったが……。
 いやいや、だめだ。今の俺にはアルフレッドがいる。
 でも、アルフレッドのことは……まぁ、その、なんだ、あいつのことは一旦置いておく。
「えー。置いとかないでくれよ」
 なんだよ、アルフレッド。人の追憶に茶々入れんじゃねぇ。
 フランス人に美人が多いと言うのは、やはり本当だ。
 今の髭オヤジと化したフランシスにも、まだ或る種のエレガントさは残っている……こんなこと、誰にも言えねぇけどさ。
 そして、俺は溜息を吐くのだ。どうしてあの可愛かったフランシスが、あんなむさい男に成り果てたのかと。
 ほんっと、何とかしてくれよ、あのエロオヤジ。
 俺にはセクハラ紛いのことしてくれるしさぁ……美しい想い出がなかったら、百ぺんは殺してたな。
「アーサー! どうして俺のこと殺すなんて言うの?! おまえ俺を愛してくれてたんじゃなかったの?! お兄さん泣いちゃう!」
 勝手に泣けよ、バーカ。っつーか、なんで俺のモノローグに割り込んで来るんだ?
「だって君……ずっと前から声に出してたんだぞ!」
 え?! そうだったのか!
 アルフレッドの指摘で俺は我に返る。 
 妖精達に語りかける時の癖が出ちまったかぁ……。
「お兄さんだってね、昔はアーサーのこと、可愛くて好きだったんだよ。アル、知ってる? アーサーすんごく可愛かったんだよ~」
「うん。知ってる」
 ぶすっとアルが言った。
「会ったことあるもん」
「まーたまた。そんな嘘を」
 フランシスが笑って否定した。
 嘘だと断定はできない。俺は、アルフレッドに似た青年に会ったことがある。あれが本当にアルだったら……。
 現実的に考えれば、昔の俺を見たっていうのなら絵かなんかでだろう。
 いや、俺はアルを知っていた……。記憶の底にあった。デジャブというヤツだったんだろうか……。
 でも、アルも俺の幼少期を知っていたようだし……うわー、頭がパニック!
「ほら。アルが変なこと言うから坊っちゃん、あんまり良くない頭を使って混乱してるじゃないか」
「良くない頭、は余計だぜ!」
 俺は席から立ち上がってフランシスのすねを思いっきり蹴ってやった。
「坊っちゃんひどい! 俺への恋心は忘れたのね!」
「そんなもん初めからなかったよ! すっとこばーか!」
「あはは、やれやれーっ!」
 フランシスと俺との喧嘩を、アルはポップコーン(どこから持ってきた?!)を食べながら見ている。
「おっ、そうだ。おまえらがいるのに、他のヤツらはどうしたんだ?」
「みんなもうとっくに帰ったよ」
 ああ、そうだ。もう会議は終わったんだよな。
「俺達忘れ物」
 なんだよ、忘れ物って。
「おまえさんの様子見に来たんだよ。そしたらなんか一人でぶつぶつ言ってるし……それをよく聞いてたら、俺への愛の告白だということがわかった!」
「アーサーはもう君のものじゃないんだぞ」
 アルがフランシスの前に立ちはだかった。よし。見事な防波堤だ。俺はアルを見殺しにすることにした。
 まぁ、アルは強いし、フランシスもなんでかんで言ったって大人だ。なんとかなるだろう。
 それに――今は消えてしまった感情だけど……俺がフランシスを好きだったのは、過去形だけど本当のことだからな……癪だけどな!

後書き
仏と英……のつもりが米まで出てきてしまいました(汗)。
『愛は時を超えて』の設定も混ぜました。
アーサーはいつから声に出していたんでしょうねぇ。
2010.9.14

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