宣戦布告!
ブルーローズことカリーナ・ライルが金髪を靡かせながら足音高く歩いていると、バーナビーに出くわした。
バーナビー・ブルックス・Jr。顔立ちが整っているので、ネイサンやカリーナは『ハンサム』と呼んでいる。彼には恋愛感情はないものの――。
(まぁ、目の保養にはなるわよね)
だから、ハンサム、と呼んでいる。
「あ、ハンサムおはよ」
通りすがりにバーナビーに挨拶をする。
ハンサムがにやりと笑っている。
カリーナが彼の隣を通り過ぎようとした時――
「ローズさん。僕はゆうべ、虎徹さんと寝ましたよ」
――え?
振り返ると、ハンサムはもう後姿を見せたまま長いコンパスでそこを後にしようとしていた。
ボクハユウベ、コテツサントネマシタヨ。
聞きたくなかったその言葉。
虎徹・T・鏑木。またの名をワイルドタイガー。バーナビ―の相棒。三十代後半のおじさん。そして――カリーナの密かな恋の相手。
あのハンサムと、タイガーが寝たなんて!
でも、心のどこかで、いつかはそうなるかもしれないという危惧はあった。二人は男同士だけど。
ハンサムは、いつの頃からかタイガーを熱っぽい目で見るようになった。タイガーが絆されたとしても不思議ではない。
ハンサムは気の毒な幼少期を過ごしていた。両親を殺され、親代わりだと思っていたマーべリックに裏切られ――。
確かに同情に値するとは思うけど――。
それとこれとは話が違う。
頭にカーッと血が上ったカリーナはどすどすと地響きを立てながらトレーニングルームへと直行していった。
「どうしたの? カリーナ。何か怒ってるみたい」
ドラゴンキッドが声をかける。
「大丈夫よ」
――さすがはドラゴンキッド。私の気持ちがわかるのね。
けれど、キッドはまだ子供だ。カリーナの心の機微まではわからない。
カリーナはサンドバッグをハンサムに見立て、力いっぱい殴った。
何であんなこと言うの? ハンサム! 確かにそんなこともあるかもしれない、と思ったけど。
タイガーもタイガーよ。あんな奴と! 薬でも盛られたんじゃない?!
――でも、薬を盛られてやられたのならまだマシだった。
タイガーもハンサムが好きなんだ……。
だって、タイガーはハンサムに優しい。みんなに優しいタイガーだけど、ハンサムには特に。
タイガーはお人良しだから――。
ハンサムは、私がタイガーを好きなことを知っているんだ……。知っていてあんなことを……。
「うっ……」
涙が出そう。我慢する為にもっと力強く殴った。
「おー、精が出るな、ローズ」
タイガーがのんびりした声で言う。
アンタのせいよ、タイガー!
カリーナはまた、どすっと一発サンドバッグに拳をめりこませる。
「タイガー。アンタは今、ローズに関わらない方がいいわよ」
そう言ったのは、女子部のリーダー、ネイサン・シーモア。
「え? なして」
「ふぅ……アンタって変なところで鈍感なのねぇ……」
ネイサンは憂いを込めて呟いた。
「やぁ、タイガーくん、こっちで組手相手してくれないか」
そう言ったのは、爽やか青年キース・グッドマン。皆からはスカイハイと呼ばれている。
まぁ、スカイハイなら安心ね。彼は折紙が好きなんだし。
――確かに、タイガー、いつかはハンサムに絆されるかもとは思っていたけれど。
その前にタイガーを取ってやる、と思っていた。
でも、タイガーは私のこと、子供としか見ていなくて……。私から見ても、タイガーはおじさんだったけど。
私の体調のことを心配してくれる、そんなタイガーが好きだったのに……。
タイガーはどのくらいハンサムと寝たのかしら。
そう思うと、くわっと嫉妬の炎が燃え上がる。
「タイガーの、ばかーーーーーーーーーーっ!!」
「え? 何で?」
「……タイガー……アンタは黙ってなさい。ほら、コーヒー」
ネイサンの差し出したらしいコーヒーの香りが辺りを包んだ。
「ふぅ……」
一汗かいて休憩しようと深呼吸したカリーナにも、ネイサンは魔法瓶に入ったコーヒーを勧めた。
「ほら。これ飲んで少し落ち着きなさい」
「あ……ありがと……」
ネイサン……優しい……。体は男だけど、細やかな心遣いは立派に女のものよ。
「うっ……」
カリーナはぽろぽろと泣き出した。
「あ、ボク達、いない方がいいかな」
「私もこれで失礼するよ。ほら、折紙くん。一緒に行こう」
「失礼しました」
残ったのは、ネイサンとカリーナだけだった。タイガーもさっきハンサムに呼ばれて席を外している。ロイズが何か話があるらしい。ロックバイソンはまだ姿を見せない。
カリーナはコーヒーカップを椅子に置いて、タイガーにもらったタオルで目元を拭いた。
「カリーナ……あまり悩まないでね。……と言っても無理かもしれないけど……」
ネイサンの優しい声を聞くと、また一気に涙が溢れ出した。
「ネイサン……私、私、もうダメよーっ!」
「どうして?」
「タイガー、ハンサムと寝てるのよ!」
「あら。意中の相手が誰か他の人と一緒に寝てるなんて、アタシにとってはしょっちゅうだわよ」
「そりゃ、ネイサンは……」
オカマだから……。
そう言いかけて、カリーナは口を噤む。しばらくして、
「――ごめん」
と言った。
「あらあ、謝らなくていいわよぉ。何で謝るのかわからないけど……ま、大体想像はつくわね」
「私も……タイガーとハンサムがデキてることは何となく気づいてたけど……でも、あんなこと言うことないじゃない」
「あんなこと?」
「ハンサムに言われたの。僕はタイガーと寝ましたよって」
「ふぅん……仕方のない男ねぇ……」
ネイサンはふぅ、と自分の指に息を吹きかけた。
「でも、それって、光栄なことよ」
「え?」
「ハンサム、未だにアンタのこと、ライバルだと思っているのよ」
「え、えええええ?!」
だって、ハンサムはタイガーのこと、モノにしたんじゃない! 何で未だに私のことをライバル視するわけ?!
「だからさー、それは、ハンサムも不安なわけ。だって、タイガーがいつアンタに転ぶかわからないじゃない。アンタは可愛いお嬢さんなわけだし」
ネイサンに可愛いと言われると、急に頬が熱くなった。タイガーに言われたならもっと嬉しいかもわからないけど。
「だからねぇ、アンタに対するその言葉は、宣戦布告なわけ。タイガーは自分のものだぞっていう。……まぁ、ハンサムもお子ちゃまだからねぇ」
そうなの……ハンサムも私をライバルだと思っているんだ。
「ありがとう、ネイサン。気持ち落ち着いたわ。――私、がんばる」
ネイサンは更に元気づけるように拳を握ったカリーナの肩に手を置いた。
ロックバイソンが来た。男らしい低い声での「何してるんだ? おまえら」という質問に「女同士の話よ」とネイサンが応えた。
後書き
これと同じような話、前にも書いたような気がするなぁ……。
ちなみに映画公開より前に書きました。映画版は未だに観てないのでわからない……。
2014.7.6
BACK/HOME