ヒーロー復活! 「もしもし、バーナビーですが」 僕はアニエス・ジュベールに電話する。 アニエスさんは女だてらに『HERO TV』のプロデューサーを務めている。頭が切れて美人で、なかなかの策士だ。尤も、そんなことは本人には言わないけれど。 「タイガ―からは連絡来てないわよ」 アニエスは用件も聞かずに言い切った。 僕も今月に入ってから何度も、 「虎徹さんはまだ戻ってきませんか?」 と電話しているので、彼女もうんざりしているのかもしれないけれど。 「やっぱりそうですか……」 「それより、貴方、さっさと帰ってきたらどう? バーナビー。タイガ―なんて待ってないで」 ワイルドタイガ―……僕のバディのヒーロー名だ。 「いえ、僕は……タイガ―……虎徹さんと一緒でないと」 「そう。残念ね。みんな貴方の帰りを心待ちにしてるわよ。タイガ―からは私が話す?」 「そこまでしてくださらなくても――」 「いいじゃない。かつての名コンビ復活! 視聴率はぐんぐん上がる――うふふ、ぞくぞくしちゃうわ」 アニエスさんは視聴率の鬼だ。『HERO TV』の視聴率を上げる為なら、人殺しの他には何でもやりそうだ。マ―ベリック――僕の親代わりだった男の悪行も全シュテルンビルト市民に暴いて彼を破滅に追いやった。 だからと言って僕はマ―ベリックに同情はしていない。僕の両親やサマンサおばさんを殺した人だから。罪は償わせなければ。 しかし、彼はもう廃人となった。生きているのか死んでいるのかさえわからない。 僕は――自分探しの旅に出ると言って、かつての仲間達に別れを告げた。 それから一年。 今、僕はシュテルンビルトに帰ってきている。 「タイガ―も戦線復帰してくれるといいんだけどねぇ……やっぱり能力の減退は進んでいるのかしら。そういえば――」 「何です?」 「ブルーローズも貴方と同じことを言ってたわよ。『タイガ―はまたヒーローをやる気はないの?』って」 「そうですか……」 さすが僕の好敵手。やはり虎徹さんのことが心配なんですね。 虎徹さんは根っからのヒーローだ。虎徹さんがヒーローをやめるなんて考えられない。 きっとあの人は戻って来る。 そう信じて、今まで待っている。 「また電話します」 「待ってるわよ」 僕はアニエスさんが切るのを待って、受話器を置いた。 しかし――この僕にすら連絡ひとつ寄越さないなんて。何の為に携帯があると思ってるんですか、虎徹さん! ――いや、彼からメールは二通来た。ハロウィンの日に来たハッピーバースデーメールと、新年おめでとうのメールだ。 でも、心に余裕がなかったり、何かに紛れて返事をするタイミングを逸したりして、結局返信せずじまいだった。何だ。僕も悪かったんだ。 虎徹さんはオリエンタルタウンで家族と一緒に暮らしている――はず。 かけてみようか。 虎徹さんの家に電話するのは初めてだが、番号は聞いてある。オリエンタルタウンは田舎だと虎徹さんは言っていたし、いつぞや行ってみた時、僕もそう思った。 あそこでは時間が止まっている。 楓ちゃんは成長しているだろうが、何をやっているのだろう。やはりフィギュアスケートだろうか。 ああ、そういえば思い出した。楓ちゃんの姿をテレビで観たことがある。氷上で軽々と飛んでいた。楽しそうだが、学校生活との二足の草鞋は大変だろう。 楓ちゃんに電話をかけてみようか。彼女は僕のファンだと言っていた。今ではどうだか知らないが。 虎徹さんが出て来るかもしれないけれど、その時は彼を説得しよう。 でも、どうやって? もう一度、僕のパートナーに戻ってくださいと? こういう時、人に頭を下げられない気質が災いする。 喉がからからだ。くそっ。何でこんなに緊張するんだろう。 「――もしもし、どなた?」 愛らしい女の子の声が聴こえて来た。――楓ちゃんだ。 「もしもし楓ちゃん? 僕、バーナビーですけど」 「バーナビー?」 楓ちゃんの声が喜びに弾んだ。楓ちゃんは素直で可愛らしい。両親が良かったんだろうな、きっと。 僕の両親だって上等の人間だが、いかんせん目の前で殺されている。僕の父さん母さんの研究は悪用されたりして、だから僕は、両親に代わって『済まない』という気持ちを抱くことがある。 けれども――両親は人間を愛し、向上させたがって、その為に研究を用いられることを望んでいた。それに、僕のことも本気で愛していたことがわかったし。 虎徹さんや僕みたいな人間は、運も良かったんだと思う。世の中には、親と呼べない親もいるのだから――。 話が逸れた。 「――でね、バーナビー」 「何だい?」 僕はちょっと考え事をしていて話を聞いていなかったことを、心の中で楓ちゃんに詫びた。 「うちのお父さん、すごくだらしないの。おやつこぼしながらテレビばっかり観てるんだよ。ヒーローやってる時のお父さんの方がかっこよかったなぁ……」 「そのテレビ、もしかして『HERO TV』だったりしないかい?」 「当たり。それでね、お父さんに抗議したの」 「な――何て?」 「『お父さん。ヒーローに戻りなよ! 今のお父さん、かっこ悪いよ!』って」 「なるほど……」 愛娘の一言。それはショックだったに違いない。なんせ、虎徹さんは、 『うちのちびに、ヒーローやってるお父さんかっこいい!と言われるのが夢なんだ』 と話してたし。 「それで虎徹さんはどうしました?」 「うーんとね、多分引っ越ししてる最中だと思うけど」 「え……?」 「お父さん、またシュテルンビルトに住むんだって」 「ほんとかい? 楓ちゃん!」 「バーナビー……嬉しそうだね」 「いや……うん……そうかもしれない……」 僕は自分の表情が緩んで来るのを抑えきれなかった。 また、二人でヒーローをやれる! また、二人で活躍できる! でも、それだったら尚更のこと、僕に連絡して来ないのが不満だった。 「お父さんもそうだけどさ、バーナビーもヒーローに戻ったら?」 「そうですね。隣に虎徹さんがいてくれれば」 「そっか……いいなぁ、お父さん、バーナビーの隣で戦うことができて」 「楓ちゃんもNEXTじゃないか。僕や君のお父さんよりよっぽどすごい能力持っているんだよ」 「うん……結構苦労するんだけどね。でも、ありがと。もっと話していたいけど、おばあちゃんが呼んでるからもう切るね。バーナビーも忙しいでしょ? 今度また電話してね」 明るい声がお別れの言葉を告げる。 喋った時間はさほど長くはなかったが、僕は満足感を覚えた。 虎徹さん、シュテルンビルトに帰ってくるなら、ヒーロー復帰も間近かな……? 僕はずっと、虎徹さんがヒーローとして舞い戻って来ることに疑いを持ったことがなかった。 そうだ。もう一ヶ所、連絡したいところがある。 コールは三回。三回でその人は出た。 「もしもし。アポロンメディアのメカニック担当、斎藤ですが――」 「斎藤さん!」 「おお、バーナビー!」 彼は地声は小さいが、マイクを使っているらしくその声は遠くまでよく響く。 「どしたの? 斎藤ちゃん」 と言う声が聴こえた。 「バーナビーだよ! バーナビー!」 マイクであまり怒鳴らないでください、斎藤さん――。 「やぁ、失敬。……続く時は続くものだ、と思ったよ。今日、タイガ―もアポロンメディアに来てね――」 やっぱり! 「ロイズも感激してたよ。後は君が来れば言うことないと言っていたよ、バーナビー。――ヒーローに戻るんだろう?」 「はい!」 「ロイズには私が話しておくよ。ベンと一緒に君達のスーツを整備して待っているから。でも、虎徹には内緒にしておくよ。ちょっとしたサプライズだ」 僕もそれに異存はなかった。どうせ虎徹さんからは何の知らせもなかったんだから。 それならこっちから行ってびっくりさせてやろう。 話が終わると、嬉しさで震える指で電話を切った。 虎徹さん! また会える! 走り出す。涙が一筋、頬を斜めに伝った。僕は子供の時と同じような無邪気さで虎徹さんを追い掛けているような気がした。 携帯が鳴った。アニエスさんからだった。 「ボンジュール、バーナビー。タイガ―のことだけど、彼、今夜二部リーグでワンミニッツヒーローとして復活よ!」 後書き 虎徹がヒーローに戻ったらバニ―もヒーローに戻ると信じてます! 虎徹とバニ―は二人で一人! 二期もやってください! サンライズさん! 2013.1.22 |