赤司様が降旗クンに惚れ抜いた話

「はぁ……」
 この頃赤司征十郎はよく溜息を吐く。はっきり言って高校バスケ界の『天帝』には似つかわしくない姿だ。
「どうしたの? 征ちゃん」
 赤司の兄貴分――ではなかった、姉貴分を自認している実渕玲央が訊いた。赤司も彼――ではなく、彼女には心を開いている。
「近頃心が疼いて――」
「心が疼いて?」
「どうしてもあの人に会いたくなる」
 それってまさか――。
 玲央がごくんと生唾を飲んだ。
「征ちゃん、それってお医者様でも草津の湯でも治せないあの病気じゃないでしょうね!」
 赤司は顔を上げたが、また「はぁ~っ」と溜息を吐いて膝に頭を載せた。
「もう、征ちゃんたらぁ、そんなんじゃあ皆調子狂っちゃうわよ」
「あの男のせいだ……」
「どんな子? ほらほら吐いちゃいなさい」
「さらさらした茶髪で猫のように目が可愛らしい猫のようで――」
「ふんふん」
「名前を降旗光樹と言うんだ」
「それって誠凛の――」
「そうだ」
「へぇ……征ちゃんがあんな平凡そうな子にねぇ……」
「降旗は平凡ではない。確かに弱過ぎてどうしようとは思ったが……僕の心を一瞬で掴んだのだから――」
「そっか……征ちゃん。それなら当たって砕けろよ! それしかないわ!」
 玲央が熱弁を振るう。
「取り敢えず降旗君に想いを伝えるのよ! 大丈夫! 征ちゃんはイイ男だから」
「――わかった。ありがとう。玲央」
「どういたしまして」
「ちょっと誠凛に行って直接彼に告白してくるよ」
「え? 告白? 今から? 直接?」
「降旗に想いを伝えろと言ったのは玲央だろう? それに幸い今日はもう部活も終わったし。――では、東京に行ってくる」
 そして、赤司はいつものアルカイックスマイルを浮かべると、大急ぎで着替えに行った。
「待って、征ちゃん、そんなに急がなくても――」
 だが、玲央の言うことを聞くような赤司ではなかった。
「私……大変なことしちゃったみたい……」
 ごめんね、降旗君。余計なことして――。玲央は心の中で顔もよく覚えていない降旗の為に謝った。

「げっ! 何でおまえがこんなところに!」
 誠凛のバスケ部の主将日向順平が驚きの声を出した。
「降旗に会いたい。降旗はどこだ」
「は……? 今、練習中だけど?」
「ちょうどいい」
 降旗に会いたいが為に京都から東京まで来たのだ。そしてちょうど誠凛の部活の時間を狙って訪問した。
 ちなみに昨日は高級ホテルに泊まった。いつかこんなところへ降旗と来たいと思いながら。この街に降旗がいる。そう考えるだけで心が弾んだ。
「それはオレの一存では――おーい、カントクー」
「なぁに?」
 誠凛の男子バスケ部カントク、相田リコがひょこっと顔を出した。
「あ……赤司君……?」
「何でも降旗に会いたいんだそうだ」
「なんか変な事でも起こったのかしら――降旗くーん! 降旗くーん!」
「何です? カントク」
 汗をいっぱいかいた降旗が走ってきた。赤司の心臓がどくん、と高鳴った。
(ああ、やはり降旗は可愛い……)
「赤司君が降旗君に用事だって」
「ええっ?!」
 そうびくつくな。降旗。びくついているおまえも可愛いが。赤司はそう考えていた。
「降旗。ちょっと外で話がしたい」
「う……うん」
「着替える間くらいは待っているぞ」
「わ、わかった。じゃちょっと待っててください……」
 着替える降旗も見たいものだが……いやいや、決して邪な感情を抱いているわけではない。
「お……終わりました」
 はっきり言って誠凛の制服はダサい。洛山の制服の方が降旗には似合うな。――赤司がにやっと笑いかけた。
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさい!」
「何故謝るのだ? 降旗」
「降旗君。今日はもういいから赤司君の話を聞いてらっしゃい」
「マジすか?!」
「おう。じゃな」
「そ、そんなー……カントクー! キャプテンー!」
「行こうか、降旗」
「やな予感しかしないんですけどー!」
 助けてー!と悲鳴を上げる降旗の腕を赤司は強引に引っ張って行った。
「さてと……ここなら邪魔者はいないな」
 赤司はあらかじめ調べておいた座敷部屋のある甘味処へ降旗を連れてきた。降旗はガチガチに緊張している。
「そう固くなることはない。好きなものを選びたまえ」
「――そ、それでは栗ぜんざいを」
「栗ぜんざい。いいね。僕も同じものにしよう」
「あ、あの……何かお話があるんですよね?」
「そうだが」
「誠凛バスケ部に何か落ち度でも?」
「そんなものはない。ただ、おまえと話がしたかっただけだ。降旗、いや光樹」
 赤司が降旗の手の上に手を置いた。降旗の手はあったかい。
「光樹……好きだ。付き合って欲しい」
「え、ええええ?!」
 降旗は叫んだ。それはそうであろう。天才と称されている少年にいきなり、「好きだ」なんて告白されたら。しかも、降旗は男だ。
「オレ……お、男なんですけど……」
「関係ない。高校卒業したらアメリカで祝言を挙げよう。親を説得して。――心配するな。まだ手は出さないから」
「だから、なんでそんな展開になるんですか!」
「光樹が好きだからだ」
「うええええええ?!」
「僕は――恋をしたのはおまえが初めてなんだ。光樹」
「んなこと言われても……オレのどこが良かったんすかー!」
「全部」
 赤司は降旗の手の上に置いた手に力を入れた。
「今日は栗ぜんざいをいただいたら帰るよ。でも、わかってくれるね。僕が本気だってこと」
「えー……?」
 降旗はまだ信じられないようだった。
「気が向いたら洛山に来たまえ。その制服は君には似合わない」
「オレ……誠凛が好きなんだけど……」
「いつか誠凛よりも僕の方が好きだと言わせてやる。今日はゆっくり話せてよかった」
 降旗はがくがくと震えている。そして、真っ白になりながらこうつぶやき続けていた。
「これは夢だ、夢なんだ……」
 降旗は栗ぜんざいも喉を通らないようだった。――降旗の災難は始まったばかりだ。

「遅いわねぇ、征ちゃん」
 玲央が独り言を言った。もう夜になっている。今日は帰るという連絡はあったのだが。
 赤司を疑うわけではないが、何となく降旗の操が心配になる玲央であった。
「やぁ、玲央」
「ああ、征ちゃん、待ってたのよ」
「光樹と話をしてきた。好きな相手と話をするのは楽しいものだな。栗ぜんざいを食べてきた」
 そう話している赤司は年相応な様子で、玲央は少しほっとした。
「ついでに東京探索をして土産も買って来た。ほら、これが玲央の分だ」
「あ、ありがと。……あの、降旗君とは話をしてきただけなのね、征ちゃん」
「ああ。共寝をするのは結婚してからと決めているからね」
「征ちゃん……ちょっと気が早過ぎない?」
「どこが? 今は付き合って僕のことを知ってもらって、将来について語らい、卒業したら結婚するという僕の完璧な計画のどこに穴があるというんだい?」
 ああ、征ちゃん……いや、降旗君……ごめんね、私のせいで……。
 自分が赤司を焚きつけたのだと、玲央は降旗に対して罪悪感を抱いた。

後書き
ぶっとんでますね。赤司。
私は赤降が大好きです。原作ではWCの決勝以外、殆ど接点のない二人ですが。
夏に書いた小説ですが、赤司様の誕生月に発表した方がいいかと思って。
2014.12.5

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