過去も未来も現在も。独り占めしたい。 君はずっと俺のもの。 君を独り占め 「アル。いい加減にしておけ」 フランシスはアルフレッドに手を置いた。 「……うるさいな」 アルフレッドは、相手を睨め付けた。 フランシスは、アルフレッドを可愛がっている。弟みたいで放っておけないのだ。 アーサーと同じく、この少年も酒癖が悪かったのかと、フランシスは少し感心した。血は繋がってなくとも、そういうところは似るのか。 「アーサーは馬鹿野郎なんだぞ!」 アルフレッドがおだを上げて、バーボンの入っていたグラスをどんと置いた。 「おいおい、アル。いい加減にしないか」 「ほっといてくれ。アーサーは俺のことが嫌いなんだ」 俺はこんなに好きなのに……と、アルフレッドはぶつぶつ言い出した。それはいつもはアーサーの言葉だ。 (アルフレッドのばかぁ) と、アーサーの台詞が思い出される。 やれやれ、冗談じゃないね。 さっきまで悪酔いのアーサーから逃げ出してきたばかりだ。どこかで飲み直そうと、別の店に来たら、アルフレッドがいたというわけだ。 (お兄さん、ついてないね) 知り合いのよしみで声をかけたら、最初は陽気だったアルフレッドも、だんだん沈みかけてきた。 アーサーと喧嘩したらしい。 アルフレッドとアーサーの喧嘩なんて、日常茶飯事だが、今回は根が深いらしい。 「アーサーは馬鹿野郎なんだぞ」 それはさっき聞いたって。 「じゃあ、お兄さんに返してくんない?」 「イヤだ」 即答。やっぱりね。 まあ、こればっかりは、アーサーの気持ちもあるから。彼は、フランシスより、アルフレッドを選んだ。 「……アーサーと君は、恋人同士だったな」 「昔ね」 おまえが取ったんじゃないかとは、フランシスは言わない。 彼自身の優しさでもあるが、今回は、高みの見物に徹したい。 「アーサーは、すごい淫乱なんだぞ。それなのに……」 アルフレッドは吐息をついた。 「あいつ、俺とはダメだって言うんだぞ!」 ぶっ! フランシスは含んでいた酒を噴き出した。 「俺はまだ子供だからダメだって。アーサー許しちゃくれないんだぞ」 「ま……待て待て。おまえら、まだプラトニックな関係なのか?」 アルフレッドは、酒に酔った真っ赤な顔をして頷く。 これは驚いた。アルフレッドはともかく、アーサーがよく我慢してたもんだ。 「アーサーは、君とは寝たことあるんだろ」 (うーん、こいつはちょっと厄介なことになるかもしれない) フランシスは思ったが、もうどうしようもない。変に隠し立てすることもない。 アーサーとフランシスがもと恋人同士だったというのは、周知の事実なのだから。 「それで、どうだったんだ?」 「どうって別に……」 フランシスは言い淀んだ。遊び人のフランシスにとって、セックスはスポーツと同じだった。 高みの見物を決め込もうと思ったが、アルフレッドに一言、アドバイスしてやりたくなった。 「それより、アーサーはおまえのことが好きなのは確実だからさ……有無をいわさず抱いちゃえば?」 「だ……ダメなんだぞ! そんな不埒なこと…っ!」 「何で。アーサーだって、聖母じゃあるまいし」 「う……でも、大事にしたいんだぞ。初めてだから」 そう言って耳まで真っ赤にしたのは、あながち酔いのせいだけでもあるまい。 この坊ちゃんは童貞なのか。予想はしてたけどね。 「アーサーは馬鹿だ。何で君なんか」 「んなの、アーサーに訊けよ」 フランシスは、残っていたワインを流し込んだ。飲み下す。いいワインだ。 (確かにアーサーとは相性が良かったが……) けれど、フランシスは浮気者だった。それが、アーサーの逆鱗に触れたらしい。 (おまえとはもう寝ないからな!一生!) そう啖呵を切られてから、一度も同衾していない。フランシスには相手などよりどりみどりだったし、アーサーと喧嘩するのは楽しくないわけではないので、今ではいい友達だ。いや、悪友と言った方が近いかもしれないが。 アーサーは、怒りっぽい。今は自称紳士だが、時々海賊時代の血がたぎるらしい。 アーサーが噛みつかないのなんて、あのおっとりした菊ぐらいのものだ。 アーサーも、菊には心を開いている。アルフレッドはそれも面白くないみたいだが、菊のことも友達としては好きなので、何も言えないようだ。 「アーサー……」 アルフレッドは、ひっくひっくとしゃくりあげた。まだ十九歳なのだ。国としては、何十年も生きてはいても。 「……俺、アーサーを独り占めしたい。そんなこと、思っちゃだめかい?なあ」 フランシスは、不意に、アルフレッドの若さが愛しくなった。誰かを独占したいなんて、自分は思ったことがあっただろうか。そんなに激しい恋ができるアルフレッドが羨ましくなった。 (アーサー、おまえの気持ち、わかってきたぜ) アルフレッドはピュアなのだ。 アーサーが彼の相手でなかったら、押し倒していたかもしれない。 尤も、そんなことをしたら、アルフレッドとアーサー、両方に殺されるだろう。 いろいろなところでごり押しするアルフレッドことアメリカにも、意外な弱点があったものだ。彼は色恋沙汰に弱い。 (まあ、まだお子様だからな) フランシスは、アルフレッドの明るい金の髪を丁寧に梳き始める。 「アーサーだって、おまえさんのことが好きさ。だから我慢してるんだよ」 アルフレッドは、小さな溜め息の後に、吐き出すように、「…俺もだぞ」と呟く。 「でも、もう限界なんだぞ!」 「わかったから、少し静かにしろ」 フランシスに遮られ、アルフレッドは黙った。何か考え事をしているらしい。 「帰ったら、アーサーと話せ、な」 フランシスは言った。 (これでいいだろ。アーサー。またひとつ貸しができたな) そう言ったら、「おまえには何も貸してない!」と怒られるかもしれないが。 (俺は……おまえ達の恋を応援するよ。それが、お兄さんの役目だ) フランシスは涙を飲み込んだ。口の中に、しょっぱい味が広がった。 「いい子だ、アルフレッド。おまえさんはいい子だ。な」 そう言って、フランシスはアルフレッドの頭に軽くキスをする。 (これぐらいはいいだろ?アーサー。な?) フランシスは、ここにはいないアーサーに、詫びを入れた。 「送って行かなくていいのかい?」 「だーいじょうぶだよ。それに」 「それに?」 「君と一緒に帰ったら、アーサーが誤解するかもしれないじゃないか」 「やれやれ、お兄さん、信用ないね。わかったよ」 千鳥足のアルフレッドを、フランシスは見送った。 アルフレッドが目指すのは、アーサーの家。 「どこへ行っていた」 くぐもった声でアーサーは訊く。時間は三時を回っていた。 「どこって……友達と飲んでた」 アルフレッドは、声が我知らず小さくなるのが自分でも情けなかった。 ソファに寝転んでいるアーサーも酔っているらしく、ネクタイは緩められ、シャツもくつろげていた。 「友達って?」 嘘をついても仕方がない。アルフレッドは、また小声で、 「フランシス」 と答えた。 「はっ!今度はあいつに乗り換えたと言うわけか!」 「何で君はそういうんだい!欲しいのは君だけだよ!」 酔いに任せて恥ずかしい台詞を言ったアルフレッドは、つい口元を押さえた。だが、アーサーには気付かれなかったらしい。 「そんなこと言って……一度は俺を捨てたよなぁっ!」 アーサーは、アルフレッドの独立のことを言っているのだ。 「それは、ちがっ……」 アルフレッドは泣きそうになった。捨てたのではなく、一個の国として、認めて欲しかった。 おかげで、大国と肩を並べるようになった。それでも、一番欲しいものは手に入らない。 「アーサー……抱いていいかい?」 「ダメだ」 「アーサー、好きだよ」 「嘘つけ。いっつもくたばれ、と言っているくせに」 「君だって、ひどい暴言吐くから、おあいこだろ?素直じゃないアーサーなんて、それこそ、くたばっちまえ」 「はっ。素直じゃないのはおまえの方だろ?昔はあんなにいい子だったのに」 また、昔の話か。うんざりしかけたアルフレッドの記憶の中から、一つのエピソードが浮かんできた。 それは、アルフレッドがまだアーサーの『弟』だった時の話。 「あーさーのめ、きれい。みどりいろできれい」 「んー。ありがとな」 「ぼくも、みどりのめ、ほしい」 「アルの青い目も、ラピス・ラズリみたいで綺麗だぞー」 「いやだ!あおいのいやだ!ぼくもみどりのめ、ほしい!」 「アル……」 アーサーは手を焼いたようだった。結局、アルフレッドは、疲れて眠るまで泣き続けていた。 自分大好きアルフレッドにも、そんなことがあったのだ。 でも、それは緑色の目を持つアーサーが欲しい、という意味で、それがさっぱり伝わっていないのが悲しかったのだ。 (アーサー……ずっと独り占めしたかったんだぞ) 関係を持ったら、アーサーは自分のものになるだろうか。 「アーサー、抱かせてよ」 胸の鼓動で頭ががんがんしてくる。吐き出される吐息が、我ながら熱い。 「ダメだって言ってるだろ。それに、俺が受け身かよ」 「だったら俺が……」 「冗談だよ」 くっくっとアーサーが肩を揺する。笑っているのかと思っていたら、泣いていた。 「俺は……おまえを汚したくなかったんだよ」 「そんな……アーサー」 「俺は汚れてる」 アーサーはきっぱりと言った。 「アーサー、君は汚れてなんかいない」 アルフレッドも負けてはいない。 「俺は、フランシスとも寝てる」 「知ってる。それでも、好きだ。君を、俺のものにしたい。過去も、未来も、今この瞬間も」 アルフレッドのいつもは澄んだ目は、熱情でぎらぎら輝いている。 「ばぁか。後悔すんなよ」 アーサーは酒臭い息を吐いた。 「俺だって……どれだけ辛抱していたことか」 そうして、アーサーはアルフレッドの服を掴み、荒っぽいキスをした。 「ん……!」 アルフレッドは驚いたが拒みはしなかった。 「続きはまた次の機会な。俺だって眠い」 アーサーは、寝息を立て始める。 「勝手なんだから……」 アルフレッドは、アーサーにキスされた唇を指て辿る。不思議と悪い気はしなかった。 おあずけを食らったのは残念だけど。 アルフレッドは幸せだった。 「……楽しみにしてるんだぞ」 チャンスはいくらでもある。君を独り占めできることを確認したのだから。 君にだったら抱かれてもいいけど、やっぱりできたら抱く方に回りたいな、と、アルフレッドは考えた。 後書き 仏米ってありかしら?と考えてしまいました(笑)。 前半はフランシスが主役? でも、やっぱり米英も好きなんだけどねぇ。 Rシーンは……書こうかどうか迷っています。私はそういうの、あまり得意な方じゃないので。 シー君とアルフレッドが出会った時は、もう二人はデキてるの前提ですが。 2010.4.29 |