黒子が一目惚れ

 僕は火神くんの影。
 僕は火神くんを日本一にするんだ。キセキの世代を倒して――。
 それが――僕の願い。
 火神くんは生まれながらの主人公だ。
 彼のプレーを見る度に心臓がどきどきするのはどうしてだろう。
 僕の目を惹きつけずにはおかない、彼。
 僕は彼とならどこまででも――。

「黒子ー。黒子テツヤー」
 黒子テツヤというのは僕の名前だ。影に徹する僕にはぴったりの名前だと思う。
「あ、キャプテン」
「何だ。そこにいたのか」
 今更だが、僕は影が薄い。その影の薄さを利用して帝光中学時代は六人目と呼ばれていたぐらいだ。
 僕の影の薄さは自慢だ。
「おまえって腹黒いだろー」
 と、からかわれたこともあったが、事実なので特に修正もしないできた。
 火神くんのように主人公にはなれないけれど――特になりたいとも思わない。
 でも僕は……。
 火神くんが好きだ。
 友情としては熱い想い。こんな想い、感じたことはない。
 火神くんを日本一にしたい。
 こんなすごいプレイヤー、埋もれさせておくのは勿体ない。
 いや――それだけでもないのかもしれない。
 僕の火神くんに対する『好き』は、他の人とは違う。黄瀬くんや青峰くんには感じたことがない……。
 これはなんなのだろうか。
 思えば、最初見た時から彼は気になっていた。彼は人を惹きつける存在だ。
 彼は太陽。僕は月。
 月は……太陽に恋をしてはいけないだろうか。
 そうだ。これは紛れもない恋。
 まさか。
 でも、そうなんだ。
 いつの間にか僕の目は火神くんを追っている。
 先輩達には幸いにも気付かれていないらしい。
 ――が、僕の恋心を読んでいた人が一人。
 黄瀬くんだ。
「黒子っちってさー、絶対火神っち好きでしょ」
「え?」
「青峰っちといい、ああいうタイプ好きだねー、おまえ」
「何を言ってるのかわかりません」
 思いっきり呆れ顔を作って誤魔化した。だが、黄瀬くんの観察眼も侮れない。
「火神っちはさぁ、なんつーか、光を浴びる存在じゃん。で、黒子っちが影。でも……」
 黄瀬くんはにまっと笑った。
「黒子っち、火神っちに恋してるっしょ」
 な、なんでわかったんだろう……。
「うんうん。わかるよ。だって俺だって黒子っちに恋してるし」
「で、でも、男同士ですよ」
「そんなの関係ないよ、愛の前には」
 う……でも……。
「恥ずかしくないですか? そんなこと言って」
「えー、何が恥ずかしいのー?」
 黄瀬くんは、はっきり言って天然だ。
「ご心配なく。僕と火神くんの間には何もありませんから」
「えー、じゃ、黒子っちのバージン俺がもらってもいい?」
「丁重にお断りさせていただきます」
「えー? その台詞前にも言われたなー」
 黄瀬くんがなんだかんだ言ってくるが無視だ。
 僕は……確かに僕はあの時、あのダンクで火神くんに恋したんだ。
 僕が支えるよ。火神くんを。
 だって、一人じゃ勝てないんだから。
 バスケだけじゃないけど、バスケもチームプレイが大事だから。
『日本一にします。』
 僕がいつぞや作ったミステリーサークル。名前を書き忘れたことで公にならなかった宣言。
 でも、火神くんにはわかったはず。
 火神くん。またあの店で会おう。君はハンバーガーで僕はバニラシェイク。僕、あそこのバニラシェイクが大好きなんですよ。
 席も変わる気ありません。以前は人間観察してたけど、今度からは火神くんを見ることにします。
 火神くんに惚れたから。
 彼は有言実行の人だから。カントクもだけど。
 カントクはいい人だけど、それよりも火神くんのプレイが僕を魅せてやまない。
『キセキの世代』を倒して僕が間違っていなかったことを証明する。
 それは難しいことかもしれないけど、でも、火神くんさえいれば!
 ……ううん。キセキの世代がいなくても、僕は彼とプレーしたいと思ったはずだ。
 だって、彼は僕の……友達だから……。
 僕が女だったらこういう時、
「恋人だから」
 と言っても違和感なかったんだろうな……。
 けれども、火神くんとどうこうなろうとは思わない。あくまでバスケで協力し合うんだ。
 火神くんの上半身は鍛え抜かれている。それは同じ男としてちょっと羨ましい。
 でも欲情なんかしたりしない……いや、ちょっと……するかな……。
 僕があのカントクだったら迷わず押し倒してしまうところだけど。反撃が怖いかな。やっぱり。
 僕、男で良かったんだか悪かったんだか。
 着替えの時、ちら見してしまう。
 やっぱり綺麗に筋肉ついてるなぁとか、腹筋割れてるなぁ、とか思ってしまう。
 青峰くんには感じたことのない匂いだ。
 僕は……火神くんにフェロモンを感じる。
 それが僕だけならいいのだけれど……。
 火神くんは目立つ。とにかく目立つ。
 非公式のファンクラブもあるらしい。会員は全員女性。
 僕も入りたいんだけど、火神くんのプレイをサポートする方がずっと生き甲斐を感じる。
 黄瀬くんのファンの中にも火神くんも気になる、という人がちらほら。
 まぁ、いいんですけどね。
 だって、火神くんは誰のものでもないんですから。
 僕は、今のままの関係で充分ですから。
 これが僕、黒子テツヤのバスケですから。
 影に徹する役回り。これが僕の生き方です。
 毎日が楽しいです。
 人並に注目されたいと思ったことも少しはあったけど――……。
 今はこの影の薄さが武器ですから。それに、この能力のおかげで火神くんを輝かせることができるんですから。
 僕はこれで良かったんです。火神くんにパスを回すと――。
 彼は実にいい笑顔を寄越してくれた。

後書き
火黒というより火←黒ですね。
2013.3.21

BACK/HOME