日向クンの秘めた想い
「さーて、日向君、今日は一本落としたわね~」
人の悪い笑みを浮かべている女は誠凜高校バスケ部カントク、相田リコ。
また……また折られるのか……オレの大切な武将フィギュアを。
「今日はどれにしようかな」
そう言って物色する。やめてくれ……と、内心でオレは思う。
でも、シュート一本落とす度にオレの大切にしている戦国武将の甲冑フィギュアを一体ごと折る、というのが約束だったからな。
覚悟を決めろ、日向順平。オレは誓いは果たす男だ。
泣いてる顔をカントクには見せたくない。オレは後ろを向いて泣いた。
「あ、これなんかいいんじゃない?」
うわー!!
それきたかー!!
それに目をつけたかー!!
「兼続ー!!」
直江兼続――こう書いて『なおえかねつぐ』と読む。『愛』という字を頭に戴いた兜をつけた戦国武将の一人だ。
それは先日購入したばかりなんだぞ! 高いんだぞ!
で、でも……カントクと約束したしな……カントクは怒るとこえぇし。
……いや、でも相手がカントクだからこんなことをオレも許しているわけだ。リコがカントクだからじゃない。いや、本当は――。
「じゃ、これ折るわね」
ボキッ!
「兼続ー!!」
「んじゃ、次回はがんばってね」
振り向くカントクは笑顔だった。
鬼だ。アンタは鬼だ……。
美少女フィギュアをゴミ呼ばわりされるオタクの心の痛みがオレにはわかった。
兼続……一番好きだったのに……。
もう涙も出ねぇや……。
「日向君」
「オレ……ちょっと走りに行ってきます」
「あ、アタシも行く?」
「いや……」
オレはカントクの方へ背中を見せた。きっとオレは情けない顔をしているだろう。こんな顔をカントクには見せたくない。
「すんません。ちょっと、一人にさせてください……」
「日向君……」
オレはパタンと扉を閉めた。
階段を降りる途中でお袋に会った。
「あ、お袋。リコのこと、宜しく」
「え? 何かあったのかい?」
「別に何も……」
オレは俯いたまま答えた。
オレは、部外ではカントクのことを昔通り『リコ』と呼ぶ。
くそっ。何だってんだ。この感じ。
どうしてオレはフィギュアを壊されてもカントクなら許せるんだ。以前お袋が間違って一体壊した時は烈火のごとく怒ったのに。
リコ……。
えーい! 走れ! 走れ! くそっ!
「敵はみんな死ねー!!」
本音をだだ漏れにしながらオレは走る。
主将としてここまでやってこれたのは、カントク――リコのおかげだ。
そうだ。オレは子供のようにリコにあたっているだけなんだ。
情けねぇ……。
フィギュアを折られるのが嫌なら、一生懸命努力しろってんだ! リコもそれが言いたいに違いない。
オレだって、努力してるさ……。
でも、もっともっと努力しなくちゃな。大切なフィギュアを守る為に――。
だけど、いくらフィギュアがあっても、あいつがいない方が辛い。
リコ……あの笑顔、あの瞳……。
まぁ、胸はないけどな。それに凶暴だし。
でも、気付いちまった。
オレはリコが好きだ……好きだ……好きでどうしようもない。
本当は優しいところも。バスケ馬鹿なところも。
そして――オレ達を温かく見守っているところも。
(アタシね――男子って羨ましいと思うんだ)
いつか、リコが言ってた。木吉もいた。オレも、自分が男子で良かったと思う。
だアホっ! オレのだアホっ! あんな男女が好きだなんて。
でも、あんな遠い目で、女子である自分をかえりみて、
(羨ましいなぁ……)
なんて言われたら、男子たるオレはがんばるしかない。戦うしかない。
これって結構辛いことなんだぞ。リコ。
だが、それを本人の前では言わないのが男の矜持ってもんだ。
それに、戦う楽しさを覚えてしまった。
オレは――もう元には戻れない。
そんな風にしたのは、リコ、おまえなんだぞ!
オレは元々はそんなに強いメンタリティの持ち主ではなかった。主将なんてできないと思ってた。
今のオレがいたのは、リコがオレ達の協力をしてくれたから――。
リコなしでは誠凜バスケ部主将、クラッチシューター日向順平はありえなかった。
武将フィギュアを折ることは自分ではできなかった。
リコがやってくれたから……リコが……。
あいつ、どうしてるかな。今のことなんか忘れて笑ってるかな。
明日は平気な顔してるよな。そういうヤツだ。
でも、なんか気になるなぁ……。
戻ろ。
オレは踵を返した。――が、何となくこのまま帰るのはシャクな気がして、家への道でもランニングに打ち込んだ。わざと遠回りしたり。
そして家の扉を開ける。
「お帰り、順平」
「ただいま」
「リコちゃん、帰ったわよ」
「ふーん、そうか……」
リコも、今のオレをそっとしておくのが妥当、と判断したか。
ま、そうだよな。オレだってきっとそうするから。
からり、と扉を開けた。そこには――。
折られたはずの兼続が立っていた。
「兼続! 何故!」
可愛らしいメモ用紙が置いてあった。それにはこう書いてあった。
『今回だけよ』――と。
オレのフィギュア、直してくれたんだ。カントク、いや――
「リコ……」
オレは泣いていた。あの不器用なリコが必死で直してくれたんだ。
ところどころ違っていたり不格好なところがあったけど――これはオレの宝物だ。
リコが悪戦苦闘しながら直していたところを想像すると……泣けてくる。木工用ボンドで取れた部分くっつけ直したりして……。
これではオレは力いっぱいシュートを打たなきゃならねぇ! そう奮い立たなければいけなくなるじゃないか! 男として!
リコ……。
リコ、好きだ……。
たとえアンタが木吉が好きでも、オレはオマエが好きだ……。
後書き
日向キャプテンていい男ですよね。私も好きだ!リコが羨ましい!
日リコも好きです。日リコ! 日リコ!
『直江兼続』は名前がぱっと出て来なくて、妹に訊きました。さすが博覧強記の妹!
日向クンはカントクのことを心の中で『カントク』と呼んだり、『リコ』と呼んだりしていますね。一貫性がないのは私のせいです(笑)。昔のクセもあるのかもしれませんね。
2013.5.18