楓、ヒーローになります! 「決めた! わたし、ヒーローになる!」 楓がそう言うと、祖母の安寿はお茶を飲み込む時、目を白黒させた。 「な……何言い出すんだい、楓は!」 「だって、わたしもお父さんと働きたいもん! シュテルンビルトの人達の為に!」 「アンタねぇ……思いつきで出来る仕事じゃないんだよ」 「だって、わたしだってNEXTだもん! 前から考えていたことだったんだよ」 楓はずっと密かに想い描いていたのだった。虎徹がワイルドタイガ―としてヒーローに復帰した時から。 それに……ヒーローになればバーナビー様の協力だってできるし……。 「何か不純なものを感じるけれど、それには触れないでおくよ。――本気なんだね」 「――本気よ!」 「そう。それじゃ、ヒーローアカデミーに行きなさい」 「ヒーロー……アカデミー?」 「そうだよ。アンタの尊敬するバーナビーはそこの出身なんだよ」 「行く行くっ! おばあちゃん、早速用意して!」 「はいはい。この子はもうせっかちで……誰に似たんだかねぇ……」 そうは言っても、どこか嬉しそうな安寿であった。 「へぇ。楓、ヒーローアカデミーに行くのか」 伯父の村正だ。 「うんっ!」 「良かったな。楓」 「本当にいいのかわかりゃしないよ。あまり人にべたべたくっつかないように。NEXTの能力者がわんさといるんだからね」 安寿が念を押した。 「わかった。おばあちゃん」 「しかしねぇ……私の子供や孫達がこんな変わった能力の持ち主なんてねぇ……」 「気味悪い? おばあちゃん」 「そうじゃないさ。ただ、私は平々凡々に生きてきたのに、アンタ達はその力のおかげでいろいろなことに巻き込まれて行くのかもしれないと思うとねぇ……」 安寿は湯呑みを持ちながら、ふうっと、溜息を吐いた。 「でも、お父さんはやりがいのある仕事だって――」 「ああ。虎徹ね」 面倒臭そうに安寿が答えた。 「虎徹に説明するのが一番骨が折れそうだよ。全く、厄介な息子を持ったもんだ」 「おばあちゃん……」 「いいよ。虎徹には私から話しておくよ。反対するのは目に見えているがね」 「でも、あの時は――私もがんばったもん」 楓はぎゅっと拳を握る。 安寿は湯呑みを置いて立ち上がった。 「いい子だよ。アンタはいい子。だからこそ、私も虎徹も心配になるんだ。わかるね」 「俺もだぞ」 と、村正が付け足した。 「アンタを手放したくないよ。私はね。楓までいなくなったら、私はどうしたらいいか――」 「お父さんは不死身のワイルドタイガ―だもん。わたしだって不死身よ!」 この頃、学校では、楓の父親の鏑木虎徹は不死身なんだという噂が広まっている。 「男子なんて憧れの目で『ワイルドタイガ―の色紙くれよ』なんてねだるんだよ。もううるさくってうるさくって」 「そんなこと言いながら、結構嬉しそうじゃない?」 「え? そう?」 安寿の言う通り、楓はどこか得意そうだった。 「でも、お父さんてさ、わたしが一言、『かっこ悪い』と言っただけでヒーローに戻るなんて、随分単純じゃない?」 「あの子には、あの子なりの考えがあるのさ。きっとね」 安寿には、他に原因があるのが何となくわかっていた。 「でもいいのかい? 今までの友達と別れることになるんだよ」 「うっ……」 良子ちゃんとも別れることになる。親友なのに。 それから男子達も、うるさいと思う時もあるけれど、基本的にはいい子ばかりなのだ。 それに――楓は可愛いから前からもててはいたのだが、ワイルドタイガ―の娘、ということで更に人気が上がった。 嬉しくないわけではないが、それでいいのか、と心のどこかでは思っている。 「わたしだって、ワイルドタイガ―の娘なんだから」 その一言がかっこいいというので、女子からも声が上がる。 ワイルドタイガ―のファンの良子は狂喜乱舞である。 「ああ、まさか楓のお父さんがワイルドタイガ―だったなんて! それに、楓、かっこよかったわよ!」 そうやって、どんと背中を叩いたのだった。 ああ、わたし、まともな学校生活やっていけるのかなぁ――そう不安になった瞬間だった。 「わたし、今までと同じじゃいけない気がするの。わたしもアニエスさんのおかげで有名人になっちゃったし」 「そうだねぇ……」 安寿は、何か考え事をしているようだった。ずずっと残った茶を啜る。 「ヒーローアカデミーに行った方が、楓の為にもなるかもねぇ」 「ほんと?! おばあちゃん」 「ああ、行っておいで」 「やったぁ! お父さんやバーナビー様と仕事ができるっ!」 「おまえの目当ては虎徹かい? それともバーナビーかい?」 「どっちも!」 「やれやれ」 数日後、電話が鳴った。 「おい、楓。おまえにだぞ」 受話器を受け取った村正が言った。 「誰から?」 「谷口だそうだ」 「健ちゃん?!」 楓は受話器を引ったくった。 「誰なんだ? 健ちゃんて」 「おまえも鈍いねぇ」 村正と安寿はそんな会話を交わしている。 「も……もしもし」 「あ……楓か?」 「うん。そうだけど……何か用?」 「いや、別に用ってほどじゃないんだけど――」 「どうしたのよ。元気ないわねぇ。いつもの健ちゃんらしくないぞ」 「いや、おまえ、急に高嶺の花になってしまったもんだから、学校では声かけづらくって」 「高嶺の……花?」 楓にはその言葉の意味がわからなかった。さすが健ちゃん、学年で一番なだけあって、難しい言葉を知っている、と思ったぐらいで。 「俺さ――ずっと前から……おまえのことが好きだったんだ……」 「え……」 あのハンサムな健ちゃんが。クラス委員長でスポーツも勉強も抜群の健ちゃんが。わたしのことを好きだなんて。 「あ……わたしも、前から健ちゃんのこと、憧れてたの」 早口でそう言った。 「でも俺……NEXTじゃないし……」 「関係ないよ! そんなの! 健ちゃんの実力だもん!」 「おまえだって実力だろ?」 「お父さんの血を引いてるだけだもん」 「あ……あのな……」 「なに?」 「おまえ、かっこよかったぜ!」 「健ちゃん……」 「ヒーローアカデミー、行くのかよ。皆、噂してるけどさ」 「うん。そのつもりだけど」 「だったらさ――その日、見送ってやるよ」 「うん……ありがと。じゃね」 楓は電話を切った。 「好きな子からかい?」 と、安寿。 「うん……ちょっとね」 楓が頬を染めた。好きだと言われたのは初めてだった。 そして、シュテルンビルトへ行く日――。 友達が大勢見送りに来てくれた。 クラスの皆からは寄せ書きをもらった。 健の姿は見当たらない。 見送りに来るって言ったのに……もしかして用事ができたのかな……。 楓は冴えない顔できゅっと拳を握った。 「楓!」 谷口健の声がした。 「健ちゃん!」 「よお、彼氏のお出ましだぞ」 「そんなんじゃないってば」 「隠さない隠さない。顔、赤くなってるぞ」 良子も指摘する。 「もう、良子ちゃんまで――」 「なぁ、この場で告白してもいいかな」 健が改めて問う。 「こ……告白なら、この前したじゃない」 「そうじゃなくて――大人になったら、俺と結婚してくれよ」 ヒューヒューと周りから囃したてる口笛が鳴る。 「いいなぁ……楓」 密かに健のことが好きだった美子が言う。 「そ、そんなこと、急に言われても」 楓が焦った。 「あ、ごめん。そうだよな……でも俺、虎徹さんみたいに――とまではいかなくても、いい男になって待ってるから」 楓はぼっと赤くなった。 「うちのお父さんなんて――かっこよくないわよ」 「かっこいいよぉ!」 「由紀ちゃんはうちのお父さん知らないからそんなこと言えるんだよ。家ではごろごろしてるんだよ。かっこ悪いんだから」 「じゃあ、おれの親父とおんなじだ」 がはは、と太郎と言う名の太った男子が笑う。 「そうだよねー。うちのお父さんもそうだよ」 「楓ちゃんのお父さんだけが特別じゃないんだー」 「でも、ワイルドタイガ―ヒーローに戻ったでしょ? バーナビー様も」 「後でバーナビーの色紙送ってね。ワイルドタイガ―のも」 「楓、これっ!」 健が紙切れを楓の手の中に押し込む。 「みんな、元気でね」 「おう、病気すんなよ」 「怪我しないようにね」 「ありがとう!」 楓は答えながら、いいクラスメートに囲まれたことを幸せに思っていた。 シュテルンビルトには、虎徹とバーナビー、それからアニエスが待っている。 何だろ……。 電車の中で健のくれた紙切れを広げる。――ケータイの電話番号とメールアドレス、それから、『がんばれよ! 応援してるからな!』と力強い字でメッセージが。 ありがとう……ほんとにほんとにありがとう……。 楓は思わず涙ぐんでいた。 電車は走る。窓の外のオリエンタルタウンの街並みを後にして。 後書き もう、オリジナルキャラ出した方が話が作りやすくなってしまいました。 続編も考えてます。書けたらいいな。 2012.1.18 |