はつ恋

「アーサー……何だよ、暗ーい顔して」
 遊び相手のフランシス・ボヌフォアが、溜息を吐いているアーサーの顔を覗き込んだ。
「別に……」と、アーサーはそっけなく答えた。
(アル……)
 アーサーは、もう一度溜息を吐いた。
 一度だけ、一緒に遊んで、その後、姿も存在も消えた『アル』。
 いったいどこでどうしているのだろうか。
 それに、それに――
(俺は、君の恋人になる予定なんだぞ!)
 そう高らかに、アーサーに宣言したアル。
 あれから、この家に来ないなんて、変だ。
(ちくしょう! やっぱりからかったんだな)
 アーサーは、ものすごく面白くなかった。
 妙な装身具(眼鏡)をつけた、かっこよくて優しくて……そして、多分、強い、アル。
 アルがいなくなってから、かえって彼への想いが強くなった。
 早熟でも、自分の気持ちに気付かないアーサー。
 これが、アーサーのはつ恋であった。しかし、それとわかったのは、もっと大きくなってからのことである。
(相手がアルだったら……たとえ男でもいいかな)
 タイムマシンに乗って、時間を超えたアルは、アーサーに自分の存在を刻みつけてしまった。
 尤も、アル――アルフレッドは、そんなこと知りもしないのだが。しかし、アルフレッドも、アーサーが好きなことは事実である。だが、これはまた別の話。
「なぁ、なぁ。アーサー」
 フランシスの声で、アーサーは、物思いから覚めた。
「って、うわぁっ! なんだよ! フランシス!」
「あー、その分だと、全然聞いてなかったんだな」
 お兄さん、寂しいよ、そう言って、フランシスは笑う。
「な……何だよ」
「だからさぁ、俺達も大人のキスをしようっていったのさ。アンとジョージだってやってただろ?」
 この悪ガキ二人は、お手伝いの女性と召使いのラブシーンをこっそり覗いたことがある。ラブシーンといっても、唇にキスしたところだけしか見ていないのだが。
「あれ、俺達もやろうぜ」
 さらっと、フランシスの髪が鳴った。つまりは、それがわかるくらい、アーサーと至近距離にいたことになる。
「え……?」
「だから、大人の、キスさ」
 フランシスの顔がまた少し近づくが――。
 アーサーがそっぽを向いたので、フランシスは、
「あれ? 俺じゃダメ?」と言った。
「ダメ」
 アーサーは即答した。
「ええっ?! お兄さん、こぉんなに魅力的なのになぁ」
 アーサーに対しては、フランシスは自分を『お兄さん』と呼ぶ。小さい頃から知っているし、自分の方が年上だという自覚があるからだろうか。
 だが、アーサーは、フランシスに兄さん風を吹かせられるのが大嫌いだった。
 が――今はそんなに気にならない。というか、どうでも良かった。
 アーサーにはアーサーで、思うところがあったのだから。
「あーっ! わかった!」
 フランシスは二ヨ二ヨし出した。
「わかったって……なにが?」
「おまえ、好きな奴いるんだろ!」
 好きな奴……。
 途端に、アーサーの顔に、アルの顔が浮かんだ。アーサーは思わず赤くなった。
「そ……そんなこと、あるわけないじゃねぇか!」
「隠したってダメだよん。お兄さんには何でもお見通しだかんね」
 恋に関しては一日の長があるフランシス。えらそうに言う。だが、アーサーも、否定しきれないでいる。
(恋……)
 アル――。
 違う違う。あんな奴。勝手に現われて、勝手に消えた男。
 俺のファーストキスを、奪った、男――。
 これは、すりこみって奴だ。そうだ。それに違いない。
 初めてのキスで、恋人だと言ったことで、アルは、アーサーに心のすりこみをしたのだ。彼が、自分の恋人だと言う――。

 フランシスは、面白くなかった。
 絶対、アーサーは自分のことを心憎からず思っていたと信じていたのに。
 もちろん、フランシスにとってはアーサーは、はつ恋の相手ではない。昔から浮気性なのだ。
 だが――アーサーに対しては、割と本気だった。
(男の子でもいいもんね)
 フランシスが惹きつけられたのは、あの緑色の目だった。あの目に魅せられ――欲しいと思った。
(ああ、お兄さん、アンタのはつ恋の相手が憎いよ)
 フランシスは、ふぅと吐息をもらした。
「で?」
「で?って」
 アーサーが小首を傾げた。その仕草も可愛らしい。そのことを、アーサー本人はわかっているのだろうか。
 いや、絶対わかっていない。わかってたら、こんな、或る意味挑発するようなポーズ、取るもんか。
「おまえのはつ恋の相手って、どんな子だよ」
「――言いたくない」
「おっ。いっちょまえに秘密かい?」
「いいだろ? 別に。おまえには関係ねぇだろ。ばーか」
 うーん。確かにそれは正論であるんだけどね。
 でも、恋は理不尽だ。ライバルや障害の存在があるほど燃え上がる。
 フランシスは、アーサーに拒まれたことで、逆にこの少年への想いが強くなってしまった。
「今度紹介しろよ」
 変な奴だったら許さない。
「…………」
 アーサーは、無言でぽろぽろ涙を流し始めた。
 ええっ?! お兄さん、なんか泣かすようなこと言った?
 いや、そうではない。これは――。
「そいつとはもう別れたのかい?」
「違う! 違う!」
 アーサーはぶんぶん首を振る。
「――相手は、国なのかい?」
「――わかんねぇ……」
 アーサーが、消え入るような声で答えた。
(ふぅん。じゃあ、俺にもチャンスはあるってわけか)
「アーサーは、そいつのこと、本当に好き?」
「いや! いやいやいや!」
 アーサーがあんまり激しく打ち消したので、フランシスは苦笑した。幸い、アーサーには気取られなかったらしい。

 それから――彼らは成長すると、当然のように、何度も寝た。
 アーサーにとって、『アル』の存在がおぼろげになった頃――アルフレッド・ジョーンズという新しい国が現われた。
 あれはいつだったろう。成長したアルフレッドを見た時、閃くように、記憶の底から一人の男の姿が湧き出た。これは、まるで『アル』ではないかと。
 時間が経つにつれ、その思いはますます大きくなった。
 それから、アーサーのはつ恋は、また新しい様相を呈することになる――。

後書き
愛時シリーズの続きです。
タイトルは、福山雅治の『はつ恋』からいただきました。
初めて読む方の為に。この話では、アルフレッドが、幼い頃のアーサーに会っている、という設定になっております。
2010.3.4

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