これは罰?

「バーナビー先輩! つきあってください!」
「悪いけど……僕、君に対してそんな気になれないから」
 バーナビー――バーナビー・ブルックス・Jrはいとも簡単に女子生徒からの告白を断った。
 可愛い娘だな、とは思った。
 けれど、よく知らない娘だ。つきあう気にはなれなかった。
 かっかっと足音を立てて、廊下を歩くと、
「あっ、バーナビーよ!」
「バーナビー様だわ!」
 という声があちこちから聞こえて来る。
 ヒーローアカデミー時代から、バーナビーはよくもてた。
 ロッカーにはラブレターがぎっしり。男からのものもあったりする。
 もちろん、それは全部中身も見ずに焼却処分。
 極悪非道な兎であった。
 バレンタインのチョコレートもこっそり捨てた。
 よくつっかかってくる男子生徒から、
「実は好きだったんだ!」
 と言われた時には正直引いた。
 みんな、勇気を出して告白したのだろうとは思ったが……。
 バーナビーにとってはそれどころではなかった。
 ウラボロス。
 そいつらの正体を明かして復讐するまでは恋愛ごっこなどやっている暇はない。
 後で校長に、
「君のファンクラブあったんだよ」
 と言われた時も、
(へぇ、そうですか)
 で終わった気がする。
 自分の眼鏡を真似している生徒もいたと聞いた時には、思わず苦笑してしまった。
 一生誰かに恋することはないと思っていた。それでいいと思っていた。
 一人でも別に困らないから。
 両親が死んだ時から、バーナビーの心は固く凍てついたままだった。
 それを崩してくれたのは、あろうことか、虎徹・T・鏑木という子持ちのおじさんであった。
 何でかわからない。
 気がつくと彼を目で追っている。姿が見えないとどうしたんだろうと思う。
 何で……何で僕があんなおじさんに。
 今季のKOHは間違いないという、今が最盛期のバーナビー・ブルックス・Jr.
 それなのに、何であんなくたびれたおじさんが気になるのだろう……。
 まさか、まさか……。
 これが恋?!
「あー、いたいた。バニ―ちゃ~ん」
 そう呼ばれる度に心臓が踊る。
「僕はバニ―じゃありません。バーナビーです」
「はいはい。バニ―ちゃん」
「……聞いてませんね。人の話」
 それでも、虎徹だったらバニ―呼びでも許せるかな。そう思うのは、どうしたことだろう。
(いい年して……子供みたいなんだから)
 でも、そんなところが嫌いじゃなくなってきた。
 むしろ好きだ。
 最初は煩いおじさんとしか思わなかったが。
 こういう時、両親が生きていたら相談しただろうか。
 そう考えて――バーナビーは首を横に振った。
(こんなこと、親にも言えないな)
「ん? どしたの? バニ―ちゃん。首でも痛い?」
「いえ……僕は貴方と違って若いですから」
「ちぇっ、可愛くないの」
 そう言って鉛筆を咥えている姿が可愛い。
 僕はどうかしている。あんなおじさんが可愛いだなんて。
 ――こんな馬鹿なおじさんが好きだなんて……。彼の一顰一笑が気になるなんて。
 これは学生時代、ラブレターを読まずに捨てた罰だろうか。
 それとも、食べずに処分したチョコレートの呪いだろうか。
 取り敢えず、今は、虎徹が好きだ。
 多分、これが初恋だと。
(すみません、お父さん、お母さん)
 バーナビーはそっと死んだ両親に手を合わせる。
 自慢の息子がゲイじゃ、両親も浮かばれないだろう。
 いや、違う。僕はゲイじゃない。
 虎徹以外には何も感じないのだから。
 バーナビーにアタックしてきた少年の中にはなかなか綺麗だったのもいた。
 それでも、何とも思わなかった。
 やっぱりこれは神が与えたもうた罰なのだろうか。
 今頃になってふってきた大勢の人達への罪悪感が湧く。
 それはバーナビーが初恋に目覚めたからかもしれない。バーナビーの鉄のハ―トもついに動いたということか。
 ああ、これは罰だ。
 神様が僕に下された罰なのだ。
 僕が、あんまり人の心を踏みにじって来たから……。
 バーナビーは自意識過剰かもしれない。
 けれど、人気があったのは本当のことだから。
 皆に平等に冷たかったバーナビー。
 その冷たさは、それ自体が罪だ。
 だから今、罰を受けている。
 バーナビーは仕事に熱中しているふりをした。
「あー、疲れた」
「まだ五分も経ってないでしょう。おじさん」
「俺はデスクワークは嫌いなの。暴れる方が好きなんだけどな」
「そして僕にも迷惑がかかる、と。どうでもいいですけど、戦闘の時に何かを壊すのはもうやめてくださいね」
「わぁったよ」
「年なんだから、少しは落ち着いてくださいよ」
 別にこんなことを言いたいわけではない。ただ、虎徹と話をしたかっただけだ。
 虎徹が傍にいるだけでこんなにもどきどきする。
 僕の周りに集まって来たクラスメート達も、同じ気持ちだったんだろうか。
 それでも、バーナビーは思う。――あいつらは僕の外見に惹かれてきたに過ぎない、と。
 だからそれを逆手に取って、『クールでかっこいいバーナビー』を演じてきた。
 だが、虎徹は違う。
 虎徹は、そのまま、ありのままで行動しているのだ。謎は多いが。
 本能で動く彼を羨ましいと思うし、自分にはできないなと思う。
「ふー……」
 いつの間にか、時計は一時間経ったことを示していた。
「あいよ」
 虎徹が熱いココアを持ってきてくれた。
「糖分は疲れを取るからな」
 そう言って、虎徹は自分のココアをこくこく飲み出した。バーナビーはくすっと笑った。
「ありがとうございます。虎徹おじさん」
「――『おじさん』は余計だ」
 虎徹はふくれたようだ。
 これが神様の僕への罰なら――こんな罰も悪くない。
 虎徹には一生、この気持ちを伝えないつもりだ。自分にも恋ができることがわかったから。
 相手が男であるということが間違っている気もしないではないが、初恋が虎徹で良かった。そう感謝している。

後書き
一生伝えないつもりでいても、いつかは伝えることになるのだと思います。バニ―は。虎徹に自分の気持ちを。
ちょっと気持ちがあっちこっち? 虎徹に対するバニ―の気持ちは、決して罰なんかではないでしょう!
2011.10.6

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