黒バス小説『春が来た』

 森山由孝は、イケメンなのに女にモテない。
「まぁねー、あいつもいいヤツではあるんだがねぇ……」
 海常バスケ部の主将、笠松幸男は言う。早川が頷いていた。
 森山は女の子に滅多に相手にされない。たまに声をかけてきた人がいたと思えば新興宗教の勧誘だったり……。
 とかくこの世はままならぬ。
「何スか? 何の話してるんスか?」
 黄瀬涼太が寄ってくる。嬉しそうに振っている犬の尻尾が見えたような気が笠松にはした。
「おめーにゃ関係ねぇ話だよ」
「何スか? 秘密めかして……教えてくださいっスよ」
「森山が女にモテねぇって話だよ」
「あ、そうスか。じゃあ関係ねぇスわ。女なんて腐るほどいるし」
「そりゃおめーにはそうだろうよ……」
 黄瀬という男には、なんでこんなに?!と思うほど女が寄ってくる。羨ましい……というか、傍で見てると面白いほどだ。
 その女運を森山に分けてあげればいいのに――と笠松は思う。神様は不公平だ。
「何の話してるんですか?」
 当の話に出てきた森山が来た。噂をすればなんとやら……である。
「森山センパイが女にモテないって話みたいっス」
「ばっ……黄瀬! そんなこと本人の前で言うなよ!」
 笠松が慌てて止める。森山は気にせずに言った。
「モテないわけじゃない……この前も可愛い女の子がオレに声をかけてきた。『一緒に聖書のことを勉強しませんか』って」
 だから、それは宗教の勧誘だっつの! 笠松は心の中で訴える。
「でも……その恋は叶わなかった。親がオレ達の仲を引き裂いたのだ……」
 それはそうだろうよ。息子が新興宗教に引っかかったら、大抵の親は止めに入る。むしろグッジョブってなモンだ。
 どうも、この森山という男は危なっかしい。笠松も一応目は光らせてはいるのだが。
「じゃあ、オレ、もう帰るっス」
 黄瀬がひらひらと手を振った。
「おう、帰れ帰れ」
 笠松が投げやりに答える。
「あっ、そうだ。笠松センパイ、マジバデートしません?」
「野郎と茶ぁ飲んで何が楽しいんだよ」
「やだなぁ。マジバはシェイクですよ。黒子っちがバニラシェイク美味しいと言ってました」
「じゃあその黒子と飲んで来いよ」
「酷いっス! オレ、今日はセンパイとマジバに行きたいのに!」
 ……またこれだ。  黄瀬涼太は笠松幸男に好意を持っている。傍からは、それ、惚れられてんじゃねーの、と思われているくらいに。
 けれど、いくら黄瀬が正真正銘のイケメンでかっこよくたって、笠松には男を相手にする趣味はない。
「うっせーな。とっとと帰りやがれ!」
 笠松が黄瀬の背中を蹴った。あー、これこれ、これがないとね、と黄瀬は泣きながら喜んでいる。黄瀬は最近Mに目覚めたようだ。
 それなのに……そんな黄瀬が何故モテるのか。笠松にもよくわからない。
 とにかく、森山は女の子にモテない。
 しかし――彼を好きになった女子は実はいたのである。

 海常の近くの高校――。
「やーっぱ海常は黄瀬クンよねー」
 バスケ雑誌を読みながら女の子三人が教室で恋バナにふけっている。
「ふぅん」
「ふぅんって……じゅんじゅんてば反応薄い」
「興味ないもん」
 彼女の名前は片平淳子。高校一年生である。あだ名はじゅんじゅん。
「じゅんじゅんには心の中に王子様がいるんだもんね」
「そう! ちょっと黒目がちのミステリアスな男の人!」
「名前なんつったっけ」
「森山さん! 彼と同じ高校の友達に聞いた!」
「あー、あの、気持ち悪いフォームの……」
「気持ち悪いなんて言わないでよ!」
 淳子がムキになる。
「森山さんは私の王子様なんだから!」
「いいけどさぁ……アンタ、この間三沢クンのことフッたよね」
「えー。もったいなーい」
「だって……好みじゃないんもん」
「三沢クンはかっこいいし優しいし、何で好みじゃないなんていうかなぁ」
「ファンクラブもあるし……いつかヤキ入れられても知らないよ。じゅんじゅん」
「んもう、脅さないでよぉ……」
「大丈夫。じゅんじゅんのことは私達が守ってあげるから!」
「いいよ。私、森山さんに守ってもらうもん!」
「ずいぶん森山クンに惚れたもんだね」
「この子、自分の高校の応援はそっちのけで海常ばっかり応援してたよね」
「うん。森山さんがいるんだもん」
 淳子はハートマークを飛ばしながら喋る。
 因みに、片平順子は森山の趣味どストライクの美少女である。長い栗色の髪の毛をカールしている。地毛らしい。
 ちなみに二人の友人の方もなかなかレベルが高い。ただ、少し大柄な娘と小柄な娘なので、淳子がいないと凸凹コンビに見える。淳子がいてバランスが取れている。
 しかし――森山が彼女に気付くことはなかった。反対側の応援席の娘に夢中になっていたからである。
「しっかし長い付き合いだけど、じゅんじゅんの好みがわからなくなったなぁ」
「どうして? 森山さんかっこいいじゃない」
「確かにイケメンなのは認めるよ。でも……ちょっと変」
「変じゃないもん」
「そんなに気になるんだったらさ――森山クンに告白してみれば?」
「告白ってそんな……」
「こーくはく、こーくはく」
 友人達に囃し立てられて、淳子は赤くなりながら俯いた。
「もっしー。あ、アッコ?」
 大柄な方の友達がスマホで電話をかける。
「うん。今日海常にじゅんじゅん行くからよろしくー」
 話の相手は海常に進学した友人であるらしい。
「さぁ! 気張るのよ! じゅんじゅん!」
「えー。でも、彼女とかいたらどうしよう……」
「いないいない。あの手のタイプは彼女いないって相場が決まってんの」
「そうかなぁ……」
 淳子は迷っているようだったが、やがて、瞳に決意の色を浮かべた。
「うん、告白、がんばってみる!」

「うぉーい。森山ー。客だぞー」
 笠松が森山に声をかける。
「ん? 客? 誰?」
「女子二人。オマエに話があるんだそうだ」
「え?」
 来たのは同級生の女の子と――長い髪の知らない美少女。
 その美少女を一目見た時、森山はハートを射抜かれ――恋に落ちた。美少女が言った。
「あ、あの……私……片平と言います。森山さんにお話があります」
 ――森山にもついに春が来たらしい。

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