ハンカチを返しに来ました ~緑間クンがリコたんに恋する話2~

「えーと……ここを曲がって……と」
 相田リコは緑間真太郎の家を探していた。ハンカチを返したいと連絡したらお礼の文章と共にFAXで地図が送られて来たのだ。――地図はリコの方が送ってくれるよう頼んだのだが。
「まだかかるわねぇ……」
 ま、歩くのには慣れてるからいいけど。
 ちりりーん。
 特徴あるベルの音。振り向くと緑間がいつも乗っているチャリアカー。それを牽いていたのは高尾和成だった。
「なになに? どうしたの? 誠凜の女カントクさん」
「あ、高尾君……だったわよね」
「そうだけど。こっちに用事?」
「ええ、まぁ……」
「良かったら送ってく?」
「いいの?」
「うん。乗って」
 これに乗るのかぁ――勇気いるなぁ……。
 なんで緑間は平気なんだろうか。
「どこ行くの?」
「緑間君の家に。ハンカチ返しに行くの」
「ハンカチ借りてたの?」
「うん」
 リアカーがガタガタと揺れる。結構楽しい。
「カントクさんさぁ……緑間のことフッたんだって?」
「……うん」
「もったいねぇよなぁ。いい男だよ緑間。ちょっと変だけど。ま、好きな人がいるんじゃ仕様がないか」
「私も緑間君はいい男だと思うけど……どうしても気になるヤツがいてね……」
「幼なじみ?」
「うん……」
「まぁ、緑間はモテるし。いつか立ち直るよ、うん。オレもアンタの恋、応援してるぜ。カントクさん」
「ありがとう」
 高尾も結構いいヤツらしい。リコは安堵した。
「へぇ~、誠凜のヤツらってそんなに練習してるの」
「まぁね。バスケ部のルールは私が決めるの」
「カントクだもんなも~。ところで練習五倍とかってマジ?」
「マジ。エロ本なんて持ってくる方が悪いんだから」
「うう、耳がいてぇなぁ……」
「でも、試合での彼らは輝いてるんだ」
「だから、カントク辞められないんですね」
「そ。勝利の味は何物にも代えがたいわね」
「うちに勝った時もっすか~?」
「まぁね」
「ははっ。言われちまったなぁ。でも、今度は負けねぇぜ」
「そのぐらいの意気込みがないと面白くないわ! こっちだって負けませんからね!」
「オレ達もがんばるよ! 手加減しねぇからな!」
「あーら、それはこっちの台詞よ」
 そんな会話が終始和やかに行われた。この間の試合について互いの健闘を讃え合い――。
「センパイがさー、一度これ乗ってみたいって言うんだよ。『緑間に訊いたらいいって言った』って。でも、女でこれに乗ったのはカントクさんが初めてだぜ――ここでいい?」
「うん。もうだいたいわかるから」
「じゃあな、カントクさん」
「楽しかったわ。ありがとう」
「ほんと、アンタ、話合うわ~。今度じっくり話そうよ。緑間も交えてさ」
「ええ。意見交換ね」
「まぁ、そう考えてもらっていいけど。それじゃ、オレ用事思い出したから」
 ちりりーんとチャリアカーが去って行く。あれは普段は緑間専用なんだろうな、とリコは思う。
「うっわぁー!」
 リコは緑間家を見て歓声を上げた。
「迫力……」
 位負けしないように気合を入れると、リコはベルを鳴らした。
「はい」
 低い声がインターホンから聴こえる。
「あのう……相田です。緑間君?」
「……リコ?」
「この間のハンカチ、返しに来ました」
「ちょっと待ってろ」
 ドアが開いた。長身の緑間真太郎の姿が現われた。
「はい、これ。洗ってアイロンかけといたから」
 リコは緑のハンカチを緑間に手渡した。
「ありがとう」
「それじゃ……」
「ああ、リコ……ちょっと寄ってかないか?」
「でも……」
「お茶ぐらいは出すから」
「――悪いわね」
 リコは上がらせてもらうことにした。
「失礼しまーす」
「ああ、今、オレ一人だから」
「そうなの……」
 ちょっと身構える。大抵の男子には負ける気はしないが、相手は195センチの大男である。――けれど、心配するのは緑間に失礼かと思い直した。リコには気になる人がいるし、緑間にも本命が多分いる。
「あ、そうそう。途中まで高尾君に送ってもらったわ」
「あいつが……」
「そう、あの人、いい人ね」
「後でお礼がてら伝えとくのだよ。高尾も喜ぶと思うのだよ」
 緑間はぽつぽつと話した。
「粗茶なのだよ」
 そう言ってお茶とクッキーが出された。
「和菓子がないからクッキーなのだよ」
「私、クッキーも大好きなの。いただきます」
 リコはクッキーを一口齧った。
「美味しい……」
「良かったのだよ。リコに喜んでもらえてほっとしたのだよ。それより、彼氏とは上手くいってるのか?」
「――彼氏じゃないけど……そうね、仲直りもしたしもう普通に話してるわ。緑間君の方はどう?」
「……わからないのだよ」
「わからない? 何が?」
「これが恋かどうか……」
「あら。そんなこと言うなら私だって自分の気持ちが本当に恋なのかわからないわ」
「でも――オレの場合、相手は、お、男なのだよ……」
 リコはきょとんとした。そして言った。
「男でもいいじゃない」
「――え?」
「男でも女でもそういう相手がいるのは素敵なことだと思うわ」
「リコ……」
「緑間君はいい男よ! もっと堂々としてらっしゃい! その相手の人を惚れさすぐらいに!」
「リコ……オレは、女の中ではオマエが一番好きなのだよ……」
「ありがとう。緑間君もしっかりね」
「オマエは本当に男前なのだよ」
「男前ねぇ……。私が男だったらきっといい友達になれたと思うわ。ちょっと高尾君が羨ましいかな」
「高尾……あいつは変なヤツなのだよ。こんなオレに構ってくれて。でも、オレはあまり友達がいない方だが、あいつといるとほっとするのだよ……」
 もしかして、緑間君が気になる人って高尾君? まぁ、そうだとしても不思議ではないけれど。
「高尾君のことが好きなの?」
「――好きかどうかはわからないがいろんな意味で退屈しないのだよ」
「まぁ、そうかもね」
 緑間も結構面白い、退屈しない男だとは思うが。類は友を呼ぶ。そんなことを言ったらどんな顔をするだろうか。
 リコはふと、くすくすと笑った。
「リコ……?」
「あ、ごめんなさい。緑間君てちょっと高尾君に似てるかな、と思って」
「高尾と?」
 緑間の秀麗な眉が顰められた。
「あ、気に触った?」
「別にそういうわけではないが――どんなところがなのだよ」
「んー、なんとなく、かな。バスケが好きなところとか、どこか面白いところとか――友達思いで優しいところとか」
「オレは優しくなどないのだよ……それにリコだってバスケは好きだろう?」
「まぁ、おかげ様で、ね……」
「リコの好きな男はバスケ部か? ――だとしても全然おかしくはないが」
「それは企業秘密ね」
「誠凜の誰かなのか?」
「――まぁね」
「わかった。これ以上は訊かない」
 緑間は空になった湯のみと皿を持って行った。リコは溜息を吐く。
(緑間君の方がいい男かもしれないけどねぇ……)
 それにしても195センチの男から受けるプレッシャーは並ではない。たとえ何をするわけでなくてもだ。
(高尾君の相手してる方が気が楽だわ……日向君達はよくこんな大男達と戦えるわね)
 ――リコは改めて感心した。

後書き
緑間とリコはこのままずっといい友達でいてくれたらいいなと思います。
2013.6.29

BACK/HOME