タイバニ小説『バーナビーの墓参り』
今年もこの季節がやってきましたね。虎徹さん。
今日の一周忌に僕もよばれました。
光溢れた新緑が眼に痛いこの頃――貴方にぴったりの時期に死にましたね。
でも、寂しくはありません。
まさか、貴方が――天寿を全うできるとは思ってませんでしたから。
そうですよね。『正義の壊し屋』と呼ばれた男が……あれだけヒーローとして無茶をしてきた男なのに、僕や孫に看取られて死ぬことができるとは思ってなかったですから。
僕は――満足です。
安寿さんや友恵さん――虎徹さんのお母様と奥様にもお花を持ってきてあげましたよ。あの世で愛でてください。
「バーナビーさん!」
弾んだ声がする。楓さんだ。
「バーナビーさぁん! こんにちはー!」
楓さんの息子の正宗くんだ。今から、
「将来はみんなを助けるヒーローになる!」
と張り切っているらしい。ヒーローアカデミー所属。
楓さんはもうすっかり落ち着いた品の良い中年女性となっていた。ワインレッドのツーピースが良く似合う。言い忘れるところだったがこの人もNEXTだ。人の能力をコピーする。
「楓さん! 正宗くんもいらっしゃったんですか!」
「ええ。この子ったら、もう、バーナビーさんに会いたいって、そればっかりで。毎日ヒーローアカデミーで会えますのにね」
「僕みたいなおじさん――いいえ、もうおじいさんかな。とにかく、こんなおじさんに嬉しい限りです」
「バーナビーさんも自分のこと、おじさんと呼ぶようになったのですね」
楓さんは、はんなりと笑った。
「ええ。僕もいい歳ですから」
「けれど、ますます素敵になったわ」
「いいえ。――虎徹さんには敵いません」
そう。永久に敵わない、僕の、バディ。最高のパートナー。
能力が減退しても、決して希望を見失わなかった。虚名に溺れたレジェンドと違って。
しかし、彼は生涯レジェンドを崇拝した。レジェンドはNEXTの為に尽くしたヒーローなんだぞ、と言って。
異論はあるが、ここで何か言うのは差し控える。
「僕もね……同じ能力なんだよね、おじいちゃんと」
「それは前にも言ったでしょ?」
「あ、そっかー」
正宗くんは本当に虎徹さんにそっくりだ。虎徹さんが生まれ変わってきたんじゃないかと思うほど。
でも、それは有り得ない。正宗くんは、虎徹さんに名付け親になってもらったのだから。
将来、あんな変な髭も生やすのだろうか。ちょっと複雑になる。
でも、虎徹さんには似合ってたな。
正宗くんは、尊敬するヒーローは虎徹さんと――それから、不肖、僕――バーナビー・ブルックス・Jrだと世間に言っている。
彼は僕と虎徹さんの関係をどう思っているのだろう。まさか性行為も含んだパートナーとは。
楓さんは薄々気付いていたらしい。それでも、そのことに関しては長い間何も言わなかった。
「言えなかったのよ」
ある日、そう話した。
「あのお父さんが、バーナビーさんと……なんて」
気のせいか頬が赤くなっていた。
「けれど――バーナビーさんは娘の私よりもお父さんのこと、理解していたんですよね」
そうだ。
楓さんには悪いけれど、僕以上に虎徹さんを知り抜いている男はいない。
しかし、若くして死んだ虎徹さんの奥様は、僕の知らない虎徹さんも知っているのでしょうか。
「そりゃ、最初は驚きましたし、認めたくありませんでした。で、わざとその話には触れてやるもんか、と思っていたのですよ」
楓さんはその頃、思春期にさしかかっていた。男が男を愛する。しかも、自分のお父さんが――僕だって、複雑な気分になったでしょう。
でも、僕は虎徹さんを愛した。虎徹さんだって、僕を愛してくれた――と思う。とぼけ作ってばかりの男だから、本心がなかなかわからないのだ。
虎徹さんはみんなを笑わそうとしていただけかもしれない。
いつも他人の幸せを願っていた。
いつも、困った人を助けようとしていた。
大事なようでいて、忘れがちな、ヒーローとしての基本。
僕だって長い間見失っていた。
僕は引退したけど、虎徹さんはずっと戦っていましたよね。ヒーローとして。
虎徹さんこそ、KOHの名にふさわしいと思います。
神様は、1分間のハンドレットパワーを虎徹さんの中に残しておいてくれたような気がします。
あの時、僕は、生意気な若造で――虎徹さんを悉くおじさん扱いしていましたよね。
でも、僕を救ってくれたのは虎徹さんで――僕は虎徹さんを愛するようになって……。
今ではマ―ベリックに殺された両親と同じく、僕の大事な人です。
僕も長くはないでしょう。健康には気を使っているし、次期ヒーローとしての素質を持つ子供を養うことに飽いているわけではありません。
でも、死んだら――虎徹さんと同じ場所に行けたらいいです。
虎徹さんの魂なら、どこにいるかすぐわかりますよ。……死んだらですけどね。自信はあります。
いつかブルーローズも墓参りに来るでしょうか。
彼女もヒーローを引退しました。彼女の結婚は遅かったです。虎徹さんを想ってのことでしょうか。
僕と虎徹さんの取り合いになったこともありましたね。
でも、最大の理解者も彼女でした。
「マスコミや世間が何と言っても、アンタ達はアンタ達の道を貫くことね」
そう言って、横顔で俯いていた彼女。貴方はどんなに悔しかったでしょう。遣る瀬なかったでしょう。
彼女は情が深かった。虎徹さんがいなければ、僕は彼女と結婚して、子供も生まれていたでしょう。
でも、後悔はありません。
続々届く応援の手紙。それに倍する非難の手紙。
心ない手紙は、虎徹さんに届く前に僕が焼いて捨てました。虎徹さんが妙なこだわりを持つといけないから。
本当に、あの人は、世間一般にスポイルされているところもあって、僕も傍で見ていて気の毒なくらいでした。
(あんなぁ……バニ―ちゃん……こんなおっさんが嫌になったら、エンリョなく捨てていいんだぞ)
馬鹿ですよ。貴方は。
虎徹さんを捨てるわけがないじゃありませんか。この僕が。どこまでだって追いかけますよ。
今だって、愛していますよ。
涙が一筋、こぼれた。
あの気丈なブルーローズも、まだ墓参りに行ける心の準備ができていないのでしょうか。
でも、この花は彼女から虎徹さんにって渡されたものです。青い薔薇です。彼女らしいでしょう。
「タイガ―に、この花、渡して来なさいよね。私の代わりに」
そう言っていた肩が震えていたのも、見てました。
彼女には娘が産まれました。今では二代目のブルーローズとして活躍しています。
(バニ―ちゃん……)
虎徹さんがそう呼びかけているような気がしましたから、僕も、
(虎徹さん……)
と、返事をします。
バニ―……「ぴょこぴょこはねておみみがながーい」からとのことですが、僕は、その愛称を長い間不服に思っていました。
虎徹さんの『バニ―』呼びで正気に帰ったこともあります。
おみみが長い、というのは、スーツの仕様で、僕には関係ありません。
だいたい、その兎にお姫様抱っこされていた虎はどこのどなたですか!
死んだら文句言いますよ! バーナビーって呼んでくださいって!
でないと……貴方と少しは対等になれた気がしませんから。
ああ、昔の悪い癖が出てしまいましたね。僕は時々、訳もなくいらついたりするのですよ。たとえ相手が最愛の貴方でも。
いや、最愛の貴方相手だからこそでしょうか。
かっこよく、スマートに――がモットー。でも、本当にかっこよく、スマートな人だったら、そんなことモットーにしませんよね。
貴方は――かっこよくもなければスマートでもなかった。素は平凡なおじさんで――でも最高に輝いていた。
でも、僕の中では一番のヒーローであり続けた。これからもずっとそうでしょう。
鏑木虎徹。僕の最初で最後の恋人。
僕はまだ少し、やりたいことが残っているのでこの地上に留まっています。――あの世で一緒になりましょう。
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