灰崎クンの幸福

「よぉ、テツヤ」
「お久しぶりです。灰崎君」
「急に呼び出して悪かったな」
「いいえ」
 そう言ってテツヤと呼ばれた少年――黒子テツヤは灰崎に会えたのが嬉しくてふっと微笑んだ。
「緑間君と一緒にお邪魔した虹村先輩の家で君に会った時はびっくりしました」
「……そっか」
「でも、安心しました。灰崎君が安定してて。――お似合いでしたよ」
「――よせやい」
 灰崎祥吾。元帝光中のバスケ部員で、今は福田総合のバスケ部員になっていた――はずだ。
 その彼が、何で虹村帝光中バスケ部主将の虹村のところにいるのか。しかも、すっかり馴染んでいた。
「オレなぁ……今、休学してんだ。虹村サンはガッコ行けっていうけど……オレ、このままでもいいと思う」
「そうですか」
「WCで黄瀬に負けた後な――あいつの部屋へ行って、犯して、竿と玉潰して二度とモデルの仕事できないようにしてやろうと思ったけど……青峰に気絶させられた」
「…………」
「それからオレに借りがあるという女と少し話して感謝されたんだけど嬉しいんだかよくわかんなくて、その後、オレ、何となく都内ぐるぐるしてて――気がついたら虹村の家だった」
「先輩の借りてるアパートですか?」
「ああ。年賀状で見てたの、覚えてたんだよな、オレ」
「何故虹村先輩のところに?」
「わかんね。ただ、あの人は嫌いじゃなかったからな、オレ――キセキのヤツらは全員ぶっ殺してぇけど」
「好きだったんですね。虹村先輩のこと」
「あのなぁ、テツヤ。もう虹村は先輩じゃねぇよ。別々の高校行ってるんだし。それに社会に出たら一、二年の年の差なんかすぐに埋まっちまう」
「それでも、やっぱりボク達の虹村先輩であることに変わりはないですから」
「そうかねぇ……」
 ――間が空いた。
「あのな……オレ、虹村と同棲してるんだ」
「そうじゃないかと思ってましたよ」
「嫌になんねぇか? こんな話聞いて」
「いえ。ボクにも火神君がいますから」
「そうか……」
「…………」
「…………」
 沈黙が流れる。
「……何か、喋ることねぇな」
「そうですね。一生だんまりでもいいような気がします」
「オレ、さ」
 灰崎の長めの灰色の髪が風に揺れる。灰崎は髪型をいかにも不良という髪型から中学時代のものに戻していた。
「青峰のヤツがオレを止めてくれて、内心ほっとしたんだ。そういうところでは――まぁ、助かったと思う。ほら、オレ、ブレーキきかないからさ」
「君は才能もあるし、一生懸命だし……君は自分は真面目じゃないって言ってたけど、本当は真面目なんだと思います」
「――虹村と同じこと言うんだな」
「そうですか。虹村先輩もよく見てますね。途中で主将辞めたのは惜しいなと思います」
「ああ。オレ、もしかしたらあの頃から虹村好きだったかもしんねぇ――変な意味でなくだぜ。あの人だけだったなぁ。オレのこと、本気で面倒見てくれたのは」
「ご家族は?」
「みーんなバラバラよ。だから、オレ、しょーもないヤツに育ったのかもしんねぇ」
「灰崎君! 違います。それは違います。もう二度と、自分のことをしょーもないヤツだと言わないでください!」
「――黒子は殴らねぇから助かるな。虹村だったら手が出るところだぜ」
 灰崎の言葉に緊張を解いた黒子はくすっと笑った。
「もっとこういう風に話したかったです」
「いいさー、テツヤ。オマエにはオマエの領分てモンがあんだろ?」
「でも、今、話をしてくれて嬉しいです」
「オマエは優しいな」
「灰崎君も――本当は優しいんだと思います」
「はっ。人を買い被る癖は治ってねぇな。テツヤ」
 灰崎は黒子をかいぐりかいぐりした。黒子は大人しく、されるがままになっていた。
「誠凛、いいとこか?」
「はい」
「変わったよ、オマエ。影じゃなくなったけど、オレはそれでいいんだと思う。今のオマエのスタイル、好きだよ」
「試合、見てくれてたんですか?」
「――まぁな」
「灰崎君も素直になりましたね」
「ん。――今、幸せだからかな。虹村には家に置いてもらってるし。あいつに言わせると、オレは目を離すと何しでかすかわからなくってほっとけないんだと」
「……それはあるかもしれませんね。でも、悪い意味ばかりじゃないと思います」
「オレに言わせると、虹村の方が心配だったぜ。親父さん亡くしてさ。オレ、出来る限りあいつの傍にいてやろうと決めたんだ。それがせめてもの恩返しだと思ったから」
「律儀なんですね」
「んな話じゃねーよ。だって……」
 灰崎が続けて言葉を紡ごうとすると、サッカーボールが傍に転がってきた。
「すみませーん。ボールとってくださーい」
「あいよ」
 灰崎はボールを投げて寄越した。
「ありがとうございまーす」
 そうして、ボールを返してもらった少年は仲間達のところに走って行った。灰崎は目を細めてそれを眺めていた。
「オレなぁ、ガキ好きなんだ。今まで何人もの女と付き合ってきたけど、その度にオレ、こいつオレのガキ孕まねぇかなぁと思ってたもんだよ。おかしいだろ?」
「いいえ」
「黄瀬の元カノはさぁ……ヤッたらすぐ捨てるつもりだったんだ。最初から。黄瀬をぎゃふんと言わせるのが目的だったから。でも、あの女も訳ありだったんだろうな。自慢話ばかりだったけど……一度『さびしい』って言ってたから。あれだけは本気っぽかった」
 黒子は何も言わずただ黙って頷いた。
「こんな話するつもりはなかったけどよ、ついな……」
「…………」
「オマエは人の話を引き出すのが上手いな」
「そんなことありませんよ」
「オレから本音を引き出したのは、今のところ虹村とオマエだけだぜ」
「――どうも」
「オマエなんかさ、会うのが久しぶりだったから、ぎこちなくなるかと思ったんだけど……そんな心配いらなかったな。オレばかり話してるようでわりぃな」
「そんなことありませんよ。話すことがあったら、いつでも話してください。僕の出来る限りで聞きますから」
「オマエって面白いな。こんな不良の話、面白いか?」
「興味深いです。子供達にバスケを教えているのは知っていましたが、そんなに子供好きだったなんて知りませんでしたし」
「他のヤツらには言うなよ」
「わかってます」
「けどさ……オマエ、変なヤツだよなぁ。こんなところでオレの話、聞いてくれるし」
「だから言ったでしょう。興味深いって。ボクの趣味、人間観察なんですよ」
「ますます変なヤツ~」
「バスケが一番ですが、生身の人間も面白いんですよね。でも、ボクは自分のことを話すのが下手で……前に誠凛バスケ部の人達にボクの過去や荻原君のことを話したけど、みんな、改めてボクを受け入れてくれました」
「へぇ……それって人に話したくない類の過去だったんだろ?」
「ええ。でも、それでも仲間だと認めてるって、言ってくれました。それに……灰崎君や虹村先輩にもちょろっと話したことですし」
「まぁ、人間やってりゃ誰でも秘密のひとつやふたつできるわな」
「でも、ボクは……人に話をするより人の話を聞く方が向いているんです、きっと」
「まぁ、それはそれでしんどそうだけどな。――あ、虹村」
「灰崎ー。かえんぞー。ん? オマエ黒子じゃないか」
「お久しぶりです」
「ちょうどいい。黒子も一緒に晩飯食うか?」
「――……はい」
「灰崎も料理の腕が上がったしよぉ」
「だって、虹村サンからきし料理できないじゃねぇか。オレが上手くなるしかねぇじゃん」
「――という割には、鼻歌なんか歌って結構ノリノリなんだぜ。こいつ」
「う……うるせっ!」
「お邪魔していいんでしょうか」
「ああ。黒子なら大歓迎だ!」と、虹村は言った。
 そして――彼らは虹村修造の家で、灰崎が「ありあわせのもの」で作ったご馳走を舌鼓を打ちながら平らげた。灰崎の料理の腕は火神にも勝るとも劣らない。
「そうだ、黒子。荻原ってヤツはどうした?」
「元気ですよ。今日もアメリカからメールが届きました」
 虹村の質問に黒子は愛想良く答えた。
 将来どうなるかわからないけれど、今は、虹村といるのが灰崎の幸福なのだろう――。二人のじゃれ合いを見ながら黒子はそう思った。

後書き
捏造設定。荻原クンシリーズの流れも入ってます。
虹灰っていいですねぇ。
しかし、灰崎はいつ静岡に戻るのでしょうか。案外このまま虹村の恋女房やってたりして?! ……それはそれで楽しそうだ(笑)。
2014.5.25


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