逆襲の同人誌 鏑木楓は友人の良子と七実と一緒に自分の部屋でだべっていた。 良子は、七実が買って来た同人誌を広げてきゃあきゃあ言っていた。 「でさー、男同士の恋愛を描いたマンガのことを『やおい』とか『BL』とかって言うんだよ~」 「それでそれで?」 七実の話に良子ががっつり食いついている。 受だの攻だの、専門用語が飛び交う中で楓は一人、 (あんまり興味ないかな……) と、冷静だった。持って来たポテチをぱりっと口の中に入れる。 でも、男同士のHを描くマンガ冊子があるということは何となく理解できた。男同士でどうやるのかはさっぱりわからなかったが。 「ねぇ、楓ちゃん、同人誌描かない? 私達で。お年玉もらったことだしさ」 「いいけど、どんなの描くの?」 「私は空折でねぇ……良子が兎虎」 呪文……。 「バーナビー×タイガ―って、私の中でマイブームなの!」 え? バーナビー×タイガ―? わたしのお父さんが、バーナビーとなんかやらしいことやるの? 「だめーっ!! 絶対だめーっ!!」 「そうだよね……タイガ―はアンタのお父さんだもんね。――じゃ、兎虎の健全描くわ」 「うん。そうして」 楓は肩で息をしている。 冗談じゃない。お父さんがバーナビーと恋愛なんて。 それに、お父さんかっこ悪いし――バーナビーがそんなお父さんに惚れるわけないじゃない。 楓がそう言うと、 「ばっかねー」 と良子にデコピンされた。 「普通だったら有り得ないことでも起こってしまうのがマンガの世界なの。兎虎は私の夢なの。わかる?」 「わかんないわかんない!」 楓は首をぷるぷる振った。 良子ちゃんはお父さんの実像知らないからそんなこと言えるんだ! 「楓は何描く?」 「え? わたしはちょっと……」 「えー。描こうよー。楓、絵、上手いしさ」 「でも、何描いたらいいかわかんないし」 楓は及び腰だ。 「私も楓ちゃんの描くマンガ、見たいな―」 七実も言う。 「そのうちね、そのうち……」 楓はそう答えてお茶を濁した。 夜――。 お風呂から上がった楓が机に座る。 ――引き出しに貼り付けておいた髪の毛が切れてる。 そんなことするのは――楓には心当たりがあった。 お父さんだな。 「お父さん!」 ばたばたと楓が一階に降りて来る。楓の父、ワイルドタイガーこと鏑木虎徹は床に寝転んでテレビを観ていた。 「おー、あいつら、がんばってんなー」 「テレビなんて観ている場合じゃないでしょ?!」 「なんだよー。おまえも知ってるだろ。俺の仲間達の活躍している姿を」 今、虎徹は『HERO TV』の録画を眺めていた。 「わー……ローズさんかっこいい……じゃなくって! お父さん、わたしの日記見たでしょ?」 「ど、どうしてそれを……」 「わたしにはちゃあんとわかるの!」 「ごめ~ん。楓~」 虎徹が起き直って楓に平謝りをした。 「わたしにはプライバシーってもんがないの? ……もう許さないんだから!」 こうなったら復讐だ。 「おーい、楓、どこ行く……」 呼び止める父親を無視して楓は黒電話に向かう。 「良子ちゃん。わたしも同人誌とやらを描いていい?」 「いいけど……どうしたのよ」 「復讐よ!」 良子はいまいち要領を得ないようだった。 もうお父さんなんて、バーナビーにけちょんけちょんにのされればいいのよ! マンガの中でだけど。 楓は原稿を三日で描いた。 食い逃げした虎徹をバーナビーがやっつける話である。良子と七実がそれを見た。 「きゃはははは! すごい! 面白い!」 「最高!」 「よく三日間でこれだけ描き上げたわね」 二人に褒められて、嬉しいんだか恥ずかしいんだかわからなくなった楓であった。 「でもさ、楓。やおいは駄目でも暴力シーンならいいの?」 良子の疑問も尤もだ。 「いいの!」 お父さんなんて、お父さんなんて……。一度本の中ででも酷い目に合えばいいのよ! 日記を盗み読みした罰なんだから。 ああ、でも、バーナビーとのやおいなんて描けないし描きたくない……。 楓にとっては苦肉の策だった。 「じゃ、私達もがんばろうね。来週イベントがあるから。もちろん、楓ちゃんも一緒に」 七実がにっこり笑った。 「うん!」 田舎町の同人誌即売会は大盛況であった。 「あら、楓ちゃん」 「ファイヤーエンブレムさん」 彼――いや、彼女の素顔を楓は知っている。前に話しかけられた時は誰かと思った。 ピンク色の髪。個性的な髪型。黒い肌。ピンクと白のド派手ないでたち。 「やだぁ。もう。ネイサンでいいって言ったじゃない!」 ネイサンは楓の肩をばしっと叩く。痛いけどそれが彼女の親愛の表現なのだろう。 「楓ちゃん、売り子してるの?」 「ええ。まぁ……」 売り子の要領は七実から聞いている。自分にでもできそうだと楓は思った。はっきり言って計算は得意な方だ。 良子と七実は他のサークルに本を買いに行っている。 「あ、この本の表紙、楓ちゃんが描いたの?」 「ええ、まぁ……」 「上手いじゃない。合同誌なの? いくら?」 「三百円です」 「この厚さで三百円――安いわね。一冊ちょうだい」 「はい! ありがとうございます!」 付き合いで始めた同人活動だけど――。 案外面白いかもしれない。 何人かの人が手に取って、更にその中の何人かの人が買ってくれた。 「結構楽しかったね」 「いっぱい売れたよね~」 「ちょっと遠いけど来たかいがあったわね」 帰る道々、楓達は嬉しそうに笑いながら歩いていた。 ネイサンは、 「あらぁ。この子達、いいセンスしてるわね~」 妙に感心していた。 「この本、面白いでござる」 と、友達に見せられたイワンが感想を述べ、 「タイガ―らしさがよく出てるわねぇ……」 と、カリ―ナは評した。 楓は知らないことだったが、お忍びでユーリ・ペトロフも来ていて、楓達の同人誌を買っていた――。 「くくく。この少女たちの漫画、なかなか見所があるな……絵も美麗だし話も台詞回しも水準を超えている……もう少しペンに慣れていたら言うことはない。CGも見てみたいものだ……とにかく次回が楽しみだ。今度は月虎も描くようにリクエストしてみようか……」 読みながらほくそ笑んでいる。 そして、虎徹はというと――。 楓は虎徹が手に取りやすいようにわざと本を目立つところに置いていた。案の定、虎徹がページを繰る……。 「なんで俺がバニ―にどつかれなきゃいけねぇんだよーーーー! つーか、ヒーローの俺が食い逃げなんかするかーーーーー!」 思い切り泣きながら叫んでいた。 楓の復讐は取り敢えず一応果たされたことになる。 余談だが――。古本屋で楓のマンガの立ち読みをしながら、 「ふふふ……」 と、バーナビーが笑っていたとかいなかったとか。 後書き 去年書いたタイバニ小説でっす。 各ジャンルで一度はやってるお約束の同人誌ネタ。 2013.5.28 |