ごめんね、紫苑

 ごめんなさいね、シ=オン。
 いえ、紫苑と言った方がいいのかしら。
 私はあなたを産んですぐ、戦死してしまったの。
 名前をつける暇もなかった。
 輪廻転生があればいいのに。そう思った。
 そしたら、私はあなたのことをうんとうんと可愛がってあげたわ。
 もう二度と戦争はごめんよ。
 平和な世界で、あなたとあなたの父親と――それから兄弟がいてもいいわね。
 本当に、一家団欒したかったのよ。愛してるわ、紫苑。
 転生してしまったら、前世の記憶はなくなるというけど、違うのよね。
 だから――私はこうやって、あなたの親にまたなれたの。
 小林輪。私の息子。
 ありすちゃんからあなたの前世の話を聞いたときには、ありすちゃんを疑ったわ。ありすちゃんの話では、私はあなたとは違う人の母親であるということになっていたけれど。
 けれどね。私は思い出したの。あなたの母だということを。
 輪。私の息子で生まれてくれてありがとう。
 あなたを否定して、紫苑の母親であったことも否定して、悪いお母さんだったわね、私。
 そう。私も見たの。ムーンドリームを。
 そこでは……みんな逃げ惑っていた。
 けれど――あなたをこの手で抱いた。
 紫苑。まだ赤ん坊だったあなたを抱いたのよ。それができただけで、私は幸せ。
 もっともっとあなたと生きたかった。
 けれど、あの戦争がなければ、あなたは木蓮と会うことはできなかったのよね。
 永遠の、伴侶となる、木蓮さんと――。
 嬉しそうね。紫苑。
 あなたを感じることができるわ。母親として。
 そして、私は輪を大切に育てるの。
 輪には妹ができるのよ。名前はもう決めてあるの。
 円。小林円。
 きっといい子よ。輪も生まれてくるのを楽しみにしてるみたい。
 あの子ったら、私が妊娠してからすぐ、もう、
「妹が生まれるんだ」
 ってこと、わかってたみたい。
 私も女の子が欲しかったのを、本能でわかったみたい。
 紫苑。あなたは不幸だったけど――幸せになれたのよね。
 そう信じたいわ。いいえ、信じてる。
 あなたに人殺しをさせてしまって悪かったわ……あんな過酷な状況で一人ぼっちで。
 それで、あなたはねじ曲がってしまったのね。本当は優しい子だったのに。
 いいえ、今でも優しいわ。
 私を――許してくれる?
 あんな戦場にあなたを産み落とした私を。
 でも、輪は――いろいろありながらも、あんなにすくすく成長した。
 そして――大人になったみたい。
 ありすちゃんがいたからかしら。ありすちゃんが輪と紫苑を救ってくれた。
 ありすちゃんはね、輪と婚約したのよ。
 紫苑――可哀想なあなた。
 子供の頃、ヴィーダのラズロとキャーに会って――今度こそ家族になれると思ってたのに。
 けれど、ラズロもキャーも、すぐに逝ってしまった。
 78日間は短すぎる。けれど、懸命に、私の息子を愛してくれたのね――。
 私は――私もきっと、ラズロと同じように、祝福の、そしていたわりのキスを与えたわ。与えたかったわ。
 けれど、戦争が激化して――私は撃たれた。後は何が何だかわからずじまい。
 あなたがどこでどうしたかもしばらくはわからなかった。
 ザイ=テス=シ=オン。
 いい名だと思うわ。
 きっと木蓮さんも、あなたのフルネームが気に入っていたのね。だから月基地のキィ・ワードにしたんだわ。
 木蓮さんはいつの頃からかあなたを『紫苑』とKK読みで呼ぶようになったけれど。
 あなたも『紫苑』という名前が好きになった――良かったわ。木蓮さんに感謝ね。
 木蓮さんがあなたを愛してくれてよかった。
 あなたは不幸だったから――いいえ。幸せだった。
「不幸になっちゃだめだぞ。絶対だ」
 これはラズロの台詞。幸せはどこにでも転がっているのに。
 ああ、でも、それに気付かせることができなかったのは、私の責任ね。
 玉蘭のことも――いい友達を持ったわね、あなた。
 今では彼も生まれ変わって、輪の友達(?)になっているわ。
 紫苑も木蓮さんも、大気に溶けて生まれ変わったのよね。
 私はね、あなたのおかげで月が好きになったわ。
 紫苑。もう一人の息子。
 私には息子が二人いるのよ。
 紫苑の体は月基地で眠っている。木蓮さんと、植物達と一緒に。
 でも、これは私だけの秘密。ありすちゃんは知っているけれど、私も知っていることは言わないの。
 ありすちゃんが木蓮さんでよかったわ。
 あんな綺麗で強い子、他にいないもの。
 それに、やっぱり木蓮さんに似てるもの。
 紫苑。今では、こっちの方が現実なのよ。
 戦争は、終りにしなくては、ね。
 だから、あなたも憎むのをやめたのよね。
 憎しみが戦いを生むから。
 東京タワーに行ったのよね。輪、そして紫苑。
 きっと――過去に決着つける為。
 輪があの中では一番過去に囚われていたから。
 きっかけはありすちゃんでも、それも決められていたことだから。
 紫苑。あなたが大気に溶けて行くのは決められたことだから。
 みんな――みんな巡り巡って未来へ帰るのよ。
 輪――あなたに会えてよかった……。
 木蓮さんも、ありすちゃんも言いそうなことだけど。
 ふふふ。ありすちゃんなら、輪と結婚しても構わないわ。他の女性だったら、そんな風に祝福できるかわからないけど。
 あなたは転生しても、ありすちゃんに出会えるから。
 紫苑と木蓮さんのように。
 うふふ。輪廻転生って、ロマンチックよね。ありすちゃんも言ってたけど。私の夢の中で。
 今、すれ違った人だって、過去私と縁のあった人かもしれない。
 そう思うのって、素敵じゃない?
 それからね――これは内緒よ。
 私は紫苑のお父さんも愛してるわ。
 でも、お父さんには内緒よ、輪。お父さんもいい男だけどね。
 紫苑のお父さんはね――紫苑にとってもよく似たハンサムな人だったのよ。
 輪。眠っているのね。もう、悪い夢はどこかに飛んでいったかな?
 ああ、私の輪。どうか幸せになって。
 そして月よ――私の子供――いいえ、二人目が産まれるから子供達――を守って。
 この地球を守って。
 ――ううん。あなた達は、既に地球を守っているのね。今度は、私達が守る番なのね。
 世界中の人々が笑って暮らせるようになるまで――私達もこの星を守るわ。紫苑……それが私に与えられた答えね。

後書き
今と昔がごっちゃになってます。
矛盾しているところが多いけど、お目こぼしくだされば幸いです。
2011.7.31

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