ヘタリア小説『ギルとローデとエリザベータ』

「やだ、あんたまた来たの?」
「来ちゃ悪いかよ」
 私達はこんな風にいつでもケンカする。ああ、もう腐れ縁だ。
 一頃は離れてふー、やれやれとこいつのこと忘れることができたのに。
 私とローデリヒさんとの静かな時間を邪魔しないでよッ!
 ギルベルト――またの名をプロイセン!
 何さ、変態のくせに! また襲ってくるんでしょ?!
 ローデリヒさんの操は渡さないわ!
「お下品ですよ、エリザベータさん」
 ローデリヒさんにそういわれても何のその。ギルの変態さ加減を知らないんだから。
 あいつ、絶対男好きよ。ローデリヒさんが危ないわ。
 私が守ってあげますからね、ローデリヒさん!
 さぁ、出動だ。
 こうしていると、昔のことを思い出す。
 そう。今のこの可憐な姿からは想像もできないほど、私も昔はやんちゃだったのよ。おほほ。
 言葉づかいも男みたいで。ちんちん(あらお下品)は後から生えてくるものだって信じてたのよ。
 あ、だからギルのヤツ、私の胸触ったのね!
 ほんと、どこまで変態なのよあいつ!
 ああ……怒りがわなわなと。
 あいつがローデリヒさんをピー(放送禁止用語)しようとしているところを想像すると、私は――。
 ――つい夏コミのネタに利用してしまおうって思うじゃない!
 これって、ギルベルトのせいよね!
 ああ。ローデリヒさん。あなたは私が守るから……私がこの命に代えて。
 でも――。
 ギルベルトも、ちょっとだけいいところがあるのよね……。
 私の上着がはだけてた時、服とか全部くれたのよね……。もちろん、後で洗って返したわ。
 あいつ……ちょっとだけいいヤツかもって、その時は思った。
 馬鹿だけど、間抜けだけど、天上天下唯我独尊で、その場の勢いに任せて突っ走るけど――
 昔のギルベルトは私の友達だった。
 初恋……ではないわね。恋をするには、私達は幼な過ぎた。
 それに、私は自分を男だと思っていたしね。
 自分が女だとわかっていたら、決してギルなんかに近付かなかったわ。
 ええ、そうよ。近付かなかったわ……。
 それなのに……いつしか私の胸はギル相手にときめくようになったの。
 あんな変態相手によ。笑っちゃうでしょ。
 私、ローデリヒさんが好きなはずなのに、何なのよ、このもやもやは。
 あっち行け、ギルの変態めっ!
 今の私はローデリヒさん一筋なんだから!
 ローデリヒさんのお茶を飲む姿、ピアノを楽しんでいる姿――。
 優雅よね。外見も王子様みたい。
 こんな素敵な人と恋人になれて、私は何て幸せ者なんだろう……。
 その時、ぱっとギルの顔が頭を過ぎった。
 まぁ! こんな、ローデリヒさんと共に過ごしている時にまで私の心の中に侵入して来るなんて……。
 あんたはどれだけ私を困らせれば気が済むの?!
 でも、何で私は困るのかしら……。
 あんなヤツ、無視してしまえば済むことじゃない。
 ……でも、出て行ってくれないんだ。何でかしら。
 やっぱりまだ、今でもあいつのこと、気になるのかな……。
 でも、あいつ女嫌いだったし。上司も女嫌いだったしね。
 女性が王位を継ぐのが駄目なんて、時代遅れも甚だしいわ! 生きた化石だわ!
 でも……あいつ、赤くなってなかった? あの時とか……。
「それ、やる」
 そう言って、ギルは高価そうな赤い服を私の為に投げて寄越した。
 やはり……女として見てくれていたってことかなぁ。
 ああ。私、男に生まれたかったな。
 それで、ギルとローデリヒさんと一緒に戦いたかった。
 もちろん、ローデリヒさんは戦いなんて野蛮なことはしたくないでしょうけど。戦場にピアノ持って行きたいという人だもの。
「エリスー。また女装してんのかよ」
 ま、少しはいいところがあるといっても、煩いには違いない。
「野蛮人ー。こっち来いよー。鹿狩りして遊ぼうぜー」
「生憎とそのような趣味は……」
 うずうずうず。
 体が疼いてたまらない。
「すまん、エリザベータ。行くぞ。兄さん」
「おい、待てよ。エリスの答え聞いてから……」
「女に迷惑かけるもんじゃない! さあ!」
 ルートヴィヒさんが来て、ギルベルトをずるずる引っ張って行った。
 ありがとう、ルート。
 でも、あんなヤツの弟じゃ大変ね。他人事ながら御苦労お察ししますわ。
 にしても、鹿狩りかぁ……行きたかったなぁ……。
 ああ、だめだめ! 鹿さんが可哀想じゃない。
 それに、そんな野蛮な遊びしてたら、ローデリヒさんに嫌われてしまうかも……最悪縁切られたら、私、どうしよう……。
 これが恋する乙女の悩みというやつなのね。
 小さい頃は男友達とつるんでいた時が多かったから、わからなかったわ。
 好きです。ローデリヒさん。
 ギルベルトも、その十分の一くらいは好きかな。
 あのいつも一緒にいる小鳥さん。今のギルはあの小鳥さんぐらいしか友達いねぇだろうから。
『いねぇだろうから』――何てお下品な言葉なんでしょ。『いないでしょうから』だわよね。言い換えると。
 気の毒だから今度来た時は、少しは優しくしてやっても良い……かな。
 あ、でも、あのルートヴィヒさんもいるか。じゃ、安心かな。
 嫌だ。何で安心しなくてはいけないのよ。あいつのことで。
 やっぱり、あいつ、危なっかしいもんね。いろいろと。
 無茶はするし、俺様だし、けんかっ早いし手も早いし――今までよく死ななかったもんだと思うわ。
 まぁ、あいつのことはいいわね。でも、何かあるとすぐあいつのことを思い出してしまう。私の悪い癖。
「お掃除終わりましたー」
「お疲れ様です」
 ローデリヒさんが微笑んでくれる。
 ローデリヒさんも、私のことが好きよね、好きかな、好きだといいな……。
 もし彼が私を友達としか見てくれないのなら……私はがんばって彼の理想の親友になってあげるの。
 それが私の恋。
 がんばれ私! ファイトだ私!
 ローデリヒさんとギルベルトは、正反対の性格だけど。
 時折似ているように思うのは気のせいかしら。
「じゃあ、お茶淹れますね」
 ローデリヒさんが台所に立つ。
「いいんです。私にさせてください」
「いえいえ。あなたにはさっき掃除してもらったばかりですから」
 ああ、こんな親切なところも似ている。
 噎せかえるようなハーブティーの匂い。ローデリヒさんが淹れてくれた美味しいお茶を堪能しながら――
 私は、いつかギルベルトもこの席に呼べたらな、と思った。無理かもしれないけど。

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