坂本君の下校風景

「あっちゃん、一緒に帰るべ」
「おう」
 俺はいつものダチ二人と一緒に帰ることになった。
「あ、坂本だ」
 俺が指差した。七三分け。メガネ。でも、顔はいいので女子には好かれている。
 そして、俺も――。
 憧れなんてガラじゃねぇけどよぉ。坂本はどっか特別なんだ。メガネを取った時の坂本の怒り顔は待ち受けにしてある。
「あとつけてってみよーぜ」
「え? でも、あっちゃん……」
「坂本ん家ってどんな家か興味ねぇか?」
「――まぁな」
「んじゃ、きーまりっと」
 俺は親指を立てた。
「坂本くーん」
 このきらきら美少女声は黒沼あいなだ。可愛い外見して腹黒だって聞いたけど――。
 こやつも坂本狙いか? あなどれん。
 まぁ、それを言ったら俺のクラスの女子全員、坂本狙いなんだけどな。
 坂本だったら許せる。他の奴なら許せないけど。
「一緒に帰ろ?」
 黒沼が言った。坂本が、
「ですが、確か、黒沼さんの家は僕の家とは反対側かと――」
 と答えようとした時だった。
「あいなー。こんなとこにいたー」
「さ、帰ろ。帰ろ」
 八木が田中と一緒に黒沼をひっぱっていく。
「坂本君……」
「お友達は大事になさった方がよろしいですよ」
 結局、黒沼は二人の女子に連れられて行った。グッジョブ、八木、田中!
「よっ、坂本」
 8823(ハヤブサ)先輩!
「久しぶりだな。手押し相撲の件以来か?」
「――お久しぶりです。ハヤブサ先輩」
 8823先輩とも気軽に声かけあえる仲なんて、坂本って一体どういう奴なんだ?
 いや、8823先輩もハンサムだし頭いいし後輩の面倒見もいいし。坂本と仲良くたってちっとも不思議ではないけれど。
「そういや、久保田の髪どうなってる?」
「順調に伸びてますよ。この間、もうすぐかつらをつけずに外を歩けると喜んでました。わかめ効果だって」
「あれ、かつらだったのか……変装かと思ったぜ」
 久保田も坂本のダチだったんだっけ。夏休みに坂本の居場所をきいた時には何も知らねぇようだったけど。
 坂本が消えた時、久保田は俺達が坂本に遊ばれたんだって言ってたけど、んで、俺らもちょっとそれを信じちまったんだけど――。
 考えてみれば奴はそんなことはしねぇ。本当に真面目な奴なんだ。
 どこまでも真面目でスカシていて――けれどもどっかおかしい。
 丸山先輩が更生した裏にも坂本が関係しているらしい。丸山先輩は坂本にトラウマがあるようだが。
「じゃあな、坂本。久保田の奴、今度またわかめパーティーするらしいけど、おまえも来るよな?」
「……残念ながら、僕は事情があって久保田君の家には行けないのです」
 その声には本当に残念そうな響きがあった。
 8823先輩と別れた後、坂本はガクブン公園に入った。
 そして――しゅたしゅたと忍者みたいに木を登った。
 は、はえー。
 坂本は木でできた鳥の家をノックした。
「僕です。坂本です」
 鳥が丸窓から顔を出した。
「ご飯、お持ちいたしました」
 鳥にまでけーご使うことはないだろうに。でも、それが坂本って奴なんだ。
 坂本が鳥にエサをやる光景……絵になるなぁ。
 そういや、こいつは何しても絵になる奴だった。ちょっと変だけど。
「あっちゃん、あっちゃん」
 ダチに小突かれ、俺は我に返った。
「坂本、このままここにずっといるつもりか?」
「さぁな」
 でも、俺達も飽きずに眺めていると。
「では、僕はこれで失敬します」
 すると、別れを惜しむように鳥が鳴いた。
 今度はどこへ行くのか。
 坂本はすっとマクドナルドに入った。
「あれ? ここ坂本が前にバイトしてた店だ」
「だな」
 いらっしゃいませーの声に導かれ、俺達も店内に入る。
 そうだ。ここで……俺は坂本にスマイルをもらったんだ。
 その時の坂本はちょっと怖かったけど……なんだかドキドキしたな。
 あー、なんてんだろ。こんな気持ち。
「あら、坂本君」
 キレイなねーちゃんが坂本に声をかけた。制服を着ているから店員だな。
「松山さん、その切はどうも」
 どうやら顔見知りらしい。というか、一緒に働いてたんかな。あの女と――。羨ましい。坂本ではなく、あのねーちゃんが。
「久保田君どうしてる?」
「一身上の都合で落ち込んでましたが、今はだいぶ元気を取り戻してます」
「まぁ、そうなの。また来てね。本当はもっとここで働いて欲しかったんだけど。坂本君のスマイルで女性客がすいぶん増えたのよ」
 松山、という店員がころころと笑う。
「久保田君にもよろしく言っておいてね」
 今度坂本がここでバイトする時には俺もバイトしよっと。
 坂本がハンバーガーを買って外に出たので俺達も店を後にした。
 つーか、坂本も買い食いするんだ、ちょっと親近感……。
 と思ったら、坂本はハンバーガーの紙袋をビニール袋に入れて鞄にしまった。帰ってから食うのだろうか。
 あー、天気がいい。今日も平和だべ。ちょっと坂本のことを知ったような気がした。満足だ。後は――坂本の家を突き止めるだけ。
 突き止めて何するって言うんじゃねぇ。ただ、ちょっと、知りたかっただけで……。
 あれ? なんか、どうしてこんな妙な気持になるんだろ。
 電車が線路の向こうから走ってきた。
 坂本が走る用意をする。
 まさか――。
 電車と競争するつもりか!
 電車と歩道の坂本が横一直線に並んだ時、坂本は走り出した。
 はえー!!
 でも……負けてたまるか!
 俺は全速力で駆けた。それでも追い付かない。
「あ、あっちゃ~ん」
「待ってくれよぉ……」
 こんなことで諦めてたまるか! でも、俺も限界かも……。
 走っても、走っても坂本には追い付かない。とうとう坂本の姿を見失ってしまった。
「畜生!」
 俺は地面を叩いた。
 やっぱり――あいつには敵わねぇ! 敵わねぇんだ!
 でも、あいつに何とかして追い付こうと、がんばってきたのに……ダメなのか? 俺じゃ、ダメなのか。
「ちくしょう~……」
 俺はつい泣いてしまった。
「あっちゃん……」
「おまえら……情けねぇとこ見せちまったな……」
 涙が溢れるのを我慢して俺はここまでついてきてくれたダチどもに笑ってみせた。
「どうでしたか? 体育の課外授業は」
 この聞き慣れたバリトンの声は――
「坂本!」
「君達が僕の後をつけていたのは知っていましたよ。――どうしてです?」
「あー、それは、そのう……おまえの家が一度見たくって」
「僕の家ですか?」
「ああ」
「何の変哲もない家ですけど――それでもよろしければこれからいらしてください」
「え? いいの?」
「良かったな。あっちゃん。努力が報われて」
 ダチどもも祝福してくれている。
「おう。行ってやるよ」
 鼻水をすすりながら、俺は笑った。今度こそ、心から笑えた。

 だが――坂本の家は俺らにとっては言葉にならないほどすごかった。

 本当に言葉にならないので――END

後書き
『坂本ですが?』の坂本君、七三分けなのに何であんなにかっこいいんでしょうね。
あっちゃんも彼に魅せられた一人です。彼の一人称で書きました。
坂本君の家、どんななんでしょう。知りたい!
2014.5.6


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