タイバニ小説『虎徹学生恋物語』

 鏑木虎徹は今、幸せの絶頂にいた。
 友恵という学園のマドンナと一緒にいられるだけでも幸福なのに、相手も自分を好いている。
 人気のない土手にて――。
「虎徹くん」
「ん?」
 虎徹は蕩けそうな顔をした。
「目つぶって」
 うおお! これが噂の『目つぶってちゅー』か!
 ファーストキスが大好きな友恵なら、もう幸せ過ぎて天国行けるんじゃないの?――という感じである。
 勿論、相手に不足なし!
 虎徹はどきどきしながら、言われた通りに瞼を閉じた。
 どきどきどき。
 心臓の鼓動を聴きながら、友恵の唇を待つ。
 ――と、そこへ。
「そこまでだ! 鏑木虎徹! 友恵さん!」
 な……何だよ、いいとこだったのに!
「邪魔すんなよ! バニ―ちゃん!」
「兎野くん」
「僕はバニ―じゃありません。兎野綺羅々という立派な名前があります!」
「綺羅々の方がハズいと思うけどなぁ……」
 兎野綺羅々。甘いマスクと優雅な物腰で女生徒のアイドルだ。日本人離れした白い肌と亜麻色のカールした髪。
「とにかく! 今日の午後、フル―レで勝負してください! 鏑木虎徹!」
「ええっ?! 勝負?! もしかして決闘?!」
 でも、学園のマドンナを独り占めしてるんだから、決闘騒ぎの一つや二つ……。
「よし! 受けて立とう!」
「その言葉、忘れないでくださいよ」
 兎野――バニ―は去って行った。
「なぁ、友恵。フル―レって何だ?」
「知らないで決闘を約束したの?」
 友恵も流石に呆れ顔だ。
「まぁ、虎徹くんらしいといえば虎徹くんらしいわね。いい? フル―レっていうのはフェンシングの一種で……」
「フェンシングって西洋の剣道みたいなものか?」
「ちょっと違うわね。とにかく、フル―レは制限時間内に相手の胴体を多く突いた方の勝ち。面は有効でないから気をつけてね」
「ふぅん」
 虎徹はぽきりと近くの木の枝を折って、土手をざざっと滑り降りた。
「男鏑木虎徹! あなたの為ならあんな兎野郎にむざむざやられはしませんよ」
 虎徹は木の枝の折れた方を友恵に向けた。
 さながら気分は中世の騎士といったところか。
「虎徹くん……」
 二人は黙ったままお互い見つめ合った。

 そして、決闘の時間――
「負けませんよ。鏑木虎徹」
「俺だって。勝つのは俺だよ。バニ―ちゃん」
「……ハンデつけて差し上げましょうか?」
「――そんなもんいらねぇぜ!」
 友恵が見ている。ここはいっちょうかっこいいところを見せたい。
 でも、勝てるだろうか。
 友恵は言っていた。
「兎野くんはフェンシング部の部長よ」
 ――と。
 虎徹はフェンシングをやるのは初めてだがスポーツなら万能だ――その代わり馬鹿だけど。
(見ていてくれ。友恵)
「行きますよ、鏑木虎徹!」
「おう!」
 だが、初心者と慣れている者の差はいかんとも埋め難く――
 虎徹は惜しいところでバニ―に負けてしまった。虎徹は膝を折った。
(畜生……)
「バニ―……俺の……負けだ。友恵を幸せにしてやってくれ……」
「虎徹くん……」
 友恵は心配そうに駆け寄る。
「この僕と互角に闘うとは――フェンシング部でないことが惜しいくらいだ」
「俺、フェンシングは初めてだったから……悔しいな。練習したらバニ―ちゃんにも勝てたかもしれないのに」
「あれで初心者だったんですか。やはり筋がいいですね」
「へへ。もういいや。バニ―。俺は身を引くよ」
 俺に学園のマドンナは似合わなかったんだ。
「バニ―は美形だしいい男だから、友恵とも釣り合うよ」
「本当にいい男と思ってくださるのですか?」
「おう」
「――では、付き合ってください。恋人として」
 付き合って……?
 ああ、そうか。友恵のことか。
 虎徹は隣の友恵を見遣った。
「返事がないならもう一度言います。付き合ってください。鏑木虎徹。――いえ、虎徹さん」
「えええっ?! 俺?!」
 バニ―の言葉に虎徹は驚いて自分を指差した。
「おまえ、友恵が目当てだったんじゃ……」
「貴方を見ていたらいつも友恵さんが一緒にいるだけです」
「じゃあ、勝負というのは……」
「勝ったら告白しようと思ってました。こう見えてもシャイなんです。僕……」
 バニ―がぽっと頬を染めた。
 きゃー、という黄色い声が上がった。
「兎野センパーイ!」
「男同士なんていやー!」
「私、私が虎徹の代わりに兎野様の恋人になってあげるからー!」
「ふっ、うるさいですね」
 バニ―は溜息を吐いた。
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て」
「いいえ。待ちません。虎徹さん。まずは交換日記から……」
「そんな乙女ちっくなこと、野郎としたってうれしかねーぞ」
「じゃあ、僕の日記を貸してあげます。それを読んだら僕の気持ちもわかってくれると思います」
「わかりたかねー!!」
 それに、俺は友恵一筋だ!!
「ちょっと、兎野くん」
「友恵さん……」
 バニ―はさっきとはうってかわって冷たい目で友恵と対峙する。
「虎徹くんはあなたになんか渡さないわ。あなたに決闘を申し込みます」
「ほう。種目は何で?」
「期末試験でよりいい点を取った方が虎徹くんと付き合うの。どう?」
「いいですよ。こう見えて今回は僕、かなり自信がありますから」
「ね、虎徹くん。それでいいでしょ?」
「いいわけねぇだろ……俺を巡って決闘なんて……俺ってそんな大したもんじゃねぇし」
「そんなことないわ!」
「そんなことありません!」
 友恵とバニ―が同時に言った。
「ふ……貴女も虎徹さんに対して本気と見ましたよ。友恵さん。まるで一生のライバルに出会った気分です」
「私もよ。兎野くん」
 俺は関係ない。俺は関係ない。
 そう呟きながら虎徹は格技場を後にしようとした。
「あっ、虎徹さん!」
「待って―! 虎徹くん!」
 二人が追い掛けてきたので虎徹は得意の俊足で逃げ出す。
「乙女の敵―!」
「兎野様は私のものよー!」
「俺も実は好きだったんだ、虎徹ー!!」
「友恵さーん……僕は……僕だって密かに君のことを想ってたのに……虎徹め許さーん!!」
 ギャラリーまで加わって。
「どうしてこうなるんだーーーー!!!」
 学校中に響き渡るような声で叫びながら虎徹は逃げ足を速めた。

※タイトルは『虎徹学生騒動記』の間違いでした。

BACK/HOME