宮廷画家ナルサス

「ナルサス卿。おぬしを宮廷画家として迎えよう」
 この一言で、私の決心が固まった。
「聞いたかダリューン!」
 アルスラーン殿下は芸術をわかってる。育ちがいいからでしょうな!
 ダリューンのような田夫野人とは違うのだ。
 ――と言うとダリューンは、
「田夫野人で結構」
 と憎まれ口を叩くかもしれないが。
 勿論、殿下は私に対して知恵袋としての役割も期待しているのかもしれないが――。というか、それが主だと言うのが本音だろう。
 しかし、私を宮廷画家としたこの度量は称賛に価する。
 私は一世一代の肖像画をこのお方の為に描く! 今までにない最高傑作を!
 ……まぁ、それも戦いが一段落してからだが。
 一目見た時は、何か頼りない感じもあったがなかなかどうして!
 度量はお父上のアンドラゴラス王にも勝っている。単なる身びいきではない。政治の力というものもよくわかってる。物の道理も弁えている。
 私は結局は、アルスラーン殿下の元に忠誠を捧げたことだろう。
 殿下は私が『殿下に逆らってもいいか』という意味の言葉を口にした時、ためらわずに頷いた。
 意外としっかりしてらっしゃるみたいだし、この殿下、いや、未来の陛下につけば、事は安泰かな。
 私も好きな絵を自由に描けるというものだ。肖像画を描くことも忘れない。
 殿下は童顔だが目には力が宿っているし、私も腕のふるいがいがあるというものだ。
 ダリューンは、
「いつでも宮廷画家を辞めてもいいんだぞ。というか、早く辞めちまえ。殿下の参謀として働くのがお前には相応しい」
 と言うのだが――。
「殿下、大体こいつの絵のどこに惹かれたというのですか? このダリューン、説明してもらわなければわからぬが」
「――私には絵のことはわからない。芸術のこともわからない。これが絵かと思うこともあった。けれど――ナルサスの絵は好きだ。いや、好きになった」
「どこがですか?」
 ダリューンめ。どこがいいかとは失敬な。どこがいいか単純には説明できない程、芸術というのは奥が深いのだ。
 殿下は笑顔で述べた。
「ナルサスの絵には魂がこもっている」
 おお! アルスラーン殿下よ!
 それは私にとって最大の賛辞ではあるまいか!
 私の知恵を借りたいと名乗り出る者がダリューンや殿下の他にいなかったわけじゃない。
 けれど――。
 私の絵の腕を買ってくれたのはアルスラーン殿下が初めてだ!
 私は少し舞い上がっているのかもしれない。だが、諸君よ、考えてみてくれたまえ。
 自分の絵が後世に残るのだ。殿下、いや、陛下のご尊顔を描いた絵が!
 どうなると思う?
 私には容易に想像がつく。アルスラーン殿下と私の絵画の腕の素晴らしさが民草に伝わっていくことを!
 またしてもダリューンめが、
「みんなが溜息を吐いて呆れ返るの間違いじゃないのか?」
 と憎まれ口を叩いたが何とでも言え。
 ダリューンと私は遠慮のない仲だから言い合いもするが、ダリューンが心底絵画に対する審美眼を持ち合わせていないのは友として心より残念に思う。
 悪評も多いが、私は真剣に描いているのだ。真の芸術家はなかなか理解され難いものだ。まぁいい。私も好評が欲しくてやっているわけではない。
 良い評価も欲しいには欲しいが、自分が、
「これは芸術だ!」
 と思えばそれは芸術になる。例えダリューンが何と言おうとだ。
 ――それに、私も心の底ではアルスラーン殿下の評価も気にしてはいない。
 だが、絵を描く者にとって最高の地位を与えられたのだ。このナルサス、アルスラーン殿下にお仕えする他ないではないか。

「納得いきません」
「どうした? エラム」
 ん? あれは、エラムとアルスラーン殿下。何を話しているのだろう。
「あなたは宮廷画家の地位を餌にナルサス様を部下にしたんじゃないのですか?」
「そういう側面もあるのは認めよう」
 ――おやまぁ、素直だこと。
「しかし、ナルサスの絵が好きなことも本当だ」
「どうしてです。私でさえもナルサス様の芸術家ごっこには時々理解に苦しむことがあるのに」
「ごっこではない。ナルサスは立派な芸術家でもある」
 ほうほう。エラムにすらわからなかった私の芸術家としての顔を殿下は御存知なのだ。殿下よ、芸術を愛する者は己自身も芸術家となるのだ。
 ――殿下には芸術家の萌芽が現れている。今はまだ国内はごたごたしているが、国政が安定した暁には、王よ、私が絵の描き方を教えて賜りたいものですな。
「どこが気に入ったんですか……あんな絵を」
 エラムが溜息を吐いた。
 私はダリューンが、
「みんなが溜息を吐いて呆れ返る」
 と言っていたのを覚えているが、そうか、エラム。お前にもわからぬか。
 だがいい。芸術は体から湧き上がってくるものなのだ。私も衝動に駆られて絵を描いている。
 それが真の芸術家というものではあるまいか?
「ナルサスの絵は生き生きしていて、形だけの絵とは違うことを思い知らされる。私はナルサスに絵を描いてもらいたいのだ」
「――最初にナルサス様の絵を見た時にひっくり返ったくせに」
「それだけ印象深かったということだ」
 おお、アルスラーン殿下! 今ここに絵筆と絵の具があれば、この感動を描き表わせるものを!
 ダリューンも……エラムにさえも理解できなかった私の絵を殿下は認めてくださっている。
 誰にも認められなくとも、私は絵を描き続ける。そう決意した時もあった。その決意も無駄ではなかったのだ。充分報われた。
 この世に一人でも、私の絵の素晴らしさをわかってくれている人がいる。それだけで充分なのだ。
 いや、二人だ。私自身とアルスラーン殿下。私はともかく、殿下がわかってくださるとは思いもよらなかった。
「生きて……いずれナルサスに私も描いてもらおうと思う。もし、ナルサスが承諾すれば、だが」
 承諾するに決まっているではないか!
「私にはわかりません。せっかく王となられるのに、ナルサス様に肖像を描いてもらうなんて――私だったらもっと違う方を探します」
 エラムは料理の上手い良き従者だが、ここのところでは意見がわかれる。
 だが良い。真の芸術家は寛大な心を持っているものなのだ。
 知恵袋でも良い。ダリューンとは既に十年来の知己だ。アルスラーン殿下は信頼に価する。
 私はこの環境で満足だ。
「しかし、他にもナルサスの絵を見てみたいものだ」
「そんなに気に入りましたか。後でうんざりする程見られますよ」
 エラムは再び溜息を吐いた。そして私が隠れていた方向に視線を向ける。
「そうでしょう? ナルサス様」
 私は苦笑しながら物陰から出てきた。
「いやぁ、参った参った。盗み聞きはするものではないな」
 そう呟いて私は頭を掻く。殿下が微笑しながら言った。
「私もおぬしの気配を感じた」
「殿下、今、エラムとなさった話は本気ですかな? お世辞だとしたら私は宮廷画家の座を降りますよ」
「え……あの……」
 勿論冗談だがエラムは戸惑っている。私が窮地に立たされているとでも思っているのだろうか。もし殿下が世辞だと言うのなら――。
 いや、私は部下なのだ。殿下がこんなところで部下に対して巧言を弄する必要もあるまい。
「ああ、本気だ。おぬしに世辞を言う必要はないであろう。卿の絵に感動する者もこれから少なからず出てくる。私もその一人だ」
 流石に殿下は堂々としたものだ。それに、やはり世辞ではないと言い切った。
 まぁ、これは殿下がまだ私の知恵を必要としているから、という可能性もあるから話半分に聞いておくか――。顔がにやけるのはどうしようもないが。
「ナルサス。おぬしの絵の腕は独特だ。理解されぬこともあるだろう。だが、卿にはこれからもどうか自分の道を貫いて欲しいものだ。私はそなたの絵を描くところを見たことがある。おぬしは芸術家の目をしていた」
 殿下は優しいが嘘偽りを言うお方ではない。
「有り難きお言葉」
 私は臣下の礼をした。知恵袋として、また、宮廷画家として、一生をアルスラーン殿下に捧げ尽くすことを改めて決心した次第であった。

後書き
ナルサス様の話です。
私はアル戦の二次創作は難しいかなぁと思っていましたが、宮廷画家(?)としてのナルサスの一人称だったら私なりに書けるかなぁと思いました。
私もナルサスの作品を一度見てみたいです。怖いもの見たさ?(笑)
この小説はアル戦を教えてくださった風魔の杏里さんに捧げます。
2015.6.13


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