ヘタリア小説『フェリシアーノが好きだから』

「フェリシアーノ……」
 ピンクと紫の靄の中から、神聖ローマは愛しい存在の名前を言った。相手には声は聞こえないのだが。
 ここは、フェリシアーノの夢の中だ。
「神聖ローマ?!」
 フェリシアーノが駆けて来る。
「おまえは、来てはいけない」
「なぁに? 何て言ってるの?」
 その時、ぱちんと音がした。
「おまえは、来てはいけないんだ……」
 神聖ローマはもう一度言った。フェリシアーノにも伝わったらしい。
 どうやら神聖ローマの台詞がフェリシアーノにわかるようになったようなのだ。
「どうして?」
「俺のところに来ると、おまえまで死んでしまうから」
「ふぅん……」
 フェリシアーノは、わかったようなわからないような顔で首を傾げた。
「でも、おまえ……男だったんだな」
「ヴェー……俺、小さい頃は自分は女の子なんだとばかり思ってたよ」
「おまえは可愛いしな」
 フェリシアーノは何かを言おうか言うまいか、悩んでいたようだったが、やがて口を開いた。
「――あのね、神聖ローマ」
「何だ?」
「俺ね……君の他に好きな人ができたんだ」
 神聖ローマは、
「そっか」
 とだけしか言わなかった。
(おまえが他のヤツを好きでも、俺はおまえが好きだ)
 そう言おうとしても、言葉が出て来ない。ただ寂しく思うだけだ。
 フェリシアーノも変わったんだな。そう思った。
「ごめんねごめんね神聖ローマ」
「……相手はルートヴィヒか?」
 そう問われて、フェリシアーノはこくんと頷いた。
(やっぱりな……)
 ルートヴィヒが相手なら、心配いらない。
 誠実な性格。真面目なくせにちょっと間が抜けてるけど、強い。
 彼なら、フェリシアーノを幸せにしてくれるだろう。フェリシアーノを守ってくれるだろう。
 だけど……涙が一滴頬を伝って落ちた。
「幸せにな……」
「神聖ローマ……」
 今、抱き締めてあげられないのが辛い。
 そんなことをしたら、未練が溢れ出てきてしまいそうだから。
 ここで、お別れだ。
 フェリシアーノが、ルートヴィヒと幸せになる為にも。
 けれど――また会いたい。
(その時は――会わせてくれるかな。神様)
「神聖ローマ……泣かないで」
 フェリシアーノは、心配そうに見つめる。神聖ローマは、ははっ、と笑った。
「情けないな、俺……フェリシアーノの前では、絶対涙を見せないって決めてたのに」
 神聖ローマは手で涙を拭く。
「俺は、おまえのことが好きだった――でも、ルートヴィヒが相手じゃ敵わないな」
「神聖ローマだって、いい男だよ!」
「ありがとう……」
 そう言って神聖ローマはフェリシアーノの目の前から姿を消した。

「ルートヴィヒ……」
「だ……誰だ!」
「俺だ。神聖ローマだ」
「神聖ローマ……」
 神聖ローマとルートヴィヒは、ルートヴィヒの夢の中で会ったことがある。ここは、その彼の夢の中だ。
 ルートヴィヒは相変わらず厳格そうな顔付きで神聖ローマを見ていた。
「あのな、ルートヴィヒ……フェリシアーノは好きか?」
「いきなりその質問か」
 ルートヴィヒは戸惑っているようだった。
「――ああ。好きだ」
「じゃあ、フェリシアーノを守ってやってくれ」
「わかっている」
「俺は……もうあの世からしかフェリシアーノを守れなくなったから」
「この世に降りてくることはできないのか? ローマ帝国みたく」
 神聖ローマはゆっくりと首を横に振った。
「そうか……」
「行きたいのは山々だけど――遠い未来の話だな。俺は……ちょっとおまえらを見ているのが辛いから」
「兄さんみたく、のうのうと生きていればいいのに。国がなくても」
「――ギルが聞いたら怒るな」
 そして、二人は笑い合った。
「じゃ、俺はもう行くよ。ギルとフェリシアーノに宜しくな」
「ああ」
 ルートヴィヒは手を振った。
「良かったら、いつでも遊びに来ていいんだぞー!」
 そう言って。
 神聖ローマは、誰もいないところに行くと、ぽろぽろ涙をこぼした。
(泣いてばかりだな、俺……)
 それにしても、何ていい奴らなんだ。フェリシアーノも、ルートヴィヒも。
 祝福してやりたい。けど、俺は……まだ、フェリシアーノが好きだ。
 嫉妬? そうかもしれない。
 でも、ルートヴィヒになら、任せられる。
(幸せになれよ……二人とも)
 神聖ローマは拳を力いっぱい握った。涙をほんの少しでも止めようとして。
 自分も、かつては国だったのだから、一応その矜持はある。
(フェリシアーノ……)
 もしも今度会う時は――太陽のような笑顔で彼と向かい合いたいと思う。
 幼い時、フェリシアーノが自分に元気をくれたように。
 神聖ローマは、子供の頃のことを思い出していた。
 自分にとっては、あれが初恋だったのだ。今でもそうだ。
 死んでいなければ、自分が守りたかった存在だ。
 ローデリヒとエリザベータ、それにフェリシアーノと自分。あの時が一番幸せだったように思う。
 フェリシアーノがルートヴィヒを好きになるのは構わない。彼らはお似合いだ。
 だけど――自分のことも時々は思い出して欲しい、と神聖ローマは望む。
 それは恋する男の我儘だろうか。
 我儘でもいい。ささやかな願いだから。
 しばらくして、涙がようやく止まった。
 前進しよう。これから先も、ずっと。いつか、喜んで再会できるその日まで。

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