おネイサンとアントン

「そうか……バニ―は本気か」
 アントン――アントニオ・ロペスがネイサン・シーモアの報告を聞きながら頷いていた。
(あの横顔、渋いわ~)
 ネイサンはアントニオに見惚れていた。彼ももうすぐ四十。男が一番熟れる時期だ。
「でさぁ、アントン♪」
「何だ?」
 いつもより厳しい顔をしている。でも、そこが――
(そそるわぁ)
 ネイサンはいつものように体をくねらせ始めた。
「アタシもご褒美が欲しいんだけど」
「――何がいいんだ」
 アントニオがますますむっつりする。
「一晩一緒に寝て」
「却下」
「冗談よぉ~」
「おまえの場合冗談で済まなさそうなところが怖いんだよな」
「でも、ハンサムのデータ、取ってきてあげたでしょう~」
「ま、それはな。感謝してる」
「感謝を形で表してよぉ~。ねぇ、一晩中お尻撫でられるのと、街中デートするのとどっちがいい?」
 ――アントニオは後者を選んだ。

「あーら、みんな見てるわぁ~。美男美女のカップルでつい視線を惹きつけちゃうのかしらね」
「むさいおっさんとオカマのカップルだと思われてんだよ」
 アントニオは冷静にネイサンにツッコんだ。
 けれども無理はない。アントニオは単体で見てもおかしくないが、ネイサンの方は――
 刈り上げたピンクの髪に浅黒い肌。ド派手なメイク。ラメ入りの服にピンクのファー。高いヒール。そこがいいというファンも多い。
 その男――いや、オンナがごつい男の腕に巻きついている。
「なぁなぁ、あれ――」
「見ちゃいけません!」
「あれはないんじゃないのぉ?」
 周りを見渡してネイサンが言った。
「ふふん。アタシ達を羨んでいるのね、みんな」
「いや、違うと思うぞ」
「ねぇ、あそこ入らない?」
 ネイサンが指さしたのはおしゃれなブティック。
「じゃあ、俺、外で待ってるよ」
「あ~ら、どうしてぇ?」
「わかっだろ。俺にはあの店は場違いなの。空気読め」
「アタシが一緒なら大丈夫よ」
「追い出されなきゃいいがな」
 ネイサンはずるずると引っ張って店に入った。
「いらっしゃいませ」
 店員が快く迎え入れてくれた。
「さすがだな。ここの店員は教育がなってる」
「何ぶつぶつ言ってんの。さ、服を選ぶわよ」
 アントニオはしばらくネイサンの着せ替え人形にされていた。もちろん、ネイサンも自分の買い物を忘れない。
「あれとそれとこれとあれと――あっ、そっちもお願い」
 ぱっぱっと即断で決めて行く。
「んふふっ♪ 満足」
『ありがとうございました』の声に合わせて、ネイサンとアントニオが出て行く。
 ネイサンがアントニオに会計を支払わせたので、アントニオが、
「何で俺が払わなきゃいけねぇんだ。おまえ金持ってるんだからおまえが払った方が良かったんじゃねぇか?」
 と文句を言った。
「やぁだぁ。こういうのは、好きな相手から贈って欲しいものなの」
「別段おまえのことはそういう相手として見てないから」
「ひどい! やっぱりタイガ―とデキてるのね?! 不潔!」
「おまえなぁ……冗談でもしまいにゃぶっ飛ばすぞ」
「やぁん。ぶっ飛ばしてぶっ飛ばしてぇぇぇん。アタシMに目覚めたの。アントニオになら殴らせてもい・い・わ・よ」
「断る。拳が汚れる」
「あらぁん。随分じゃなぁい?」
 日が落ちて来た。秋の日はつるべ落とし。
「今日は私の店でぱーっと飲みましょ。勿論、アントニオの奢りで」
「そういう店行ったことねぇよ。オカマばっかりなんだろうな」
「オカマ、オカマって失礼しちゃうわ。うちの店は美女ばっかりよ。でもそうねぇ……慣らす為にオカマバー行きましょうか」
「俺は帰る」
「あらぁん。約束したでしょう」
 ネイサンはアントニオに顔を近付ける。アントニオの顔が蒼白になった。
「助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」

「あら。こちらさん初めて?」
「すっごいいい男じゃない。どこで出会ったの? ネイサン」
「彼はアタシの仲間よ」
「えー! どの店で働いてるの?」
「そういう意味じゃねぇぇぇ! やっぱ帰る!」
「帰ったってタイガ―いないでしょ。ハンサムと一緒なんだから」
 ぐっとアントニオは言葉に詰まった。
「人がせっかく失恋の傷を癒してあげようと思うのに、帰るとか、そんな態度ないんじゃない?」
「ネイサン……」
「これでもアタシ、気使ってんのよ」
「そうかいそうかい」
「ご機嫌斜めね。ま、一杯飲んだら帰っていいわよ」
 ネイサンがグラスに琥珀色の液体を注いだ。
 アントニオにとってそれは水みたいなものだ。一気飲みすると、
「もう一杯いかが?」
 と綺麗なお姉さん(男)が勧め出す。
「……もらうか」
 綺麗な、ニューハーフとは思えない元男に、アントニオは警戒心を解いたらしい。
 それから何本か開けた。どんちゃん騒ぎも終わり、ネイサンとアントニオだけが店に残った。
「ん……」
 アントニオがネイサンの膝で目を覚ます。
「どう、アタシの膝枕は」
「わぁっ!」
「うふふ。すっかり元気になったようね。どう? タイガ―のこと、忘れられそう?」
「忘れるもんか。……あいつは幼なじみなんだ」
「向こうは忘れてると思うけどねぇ。タイガ―忘れっぽいから」
「まぁな。だからいっつも賠償金騒ぎで騒がれてるんだろう……でもな、俺はあいつと約束したから」
「約束?」
「そうさ。バニ―のヤツが行き過ぎたら、俺が止めるってさ」
「優しいわね、アントニオ。アンタに惚れられた相手は果報者ね」
「よせやい」
 アントニオが軽くネイサンを小突いた。アントニオの目には穏やかな光が宿っていた。
「タイガ―に寄せる優しさを少しでもアタシに分けてくれない?」
「――ま、百分の一くらいはな」

後書き
タイトルは『点子ちゃんとアントン』のもじりです。
2012.12.6

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