兎と虎の同棲生活2

 虎徹がバーナビーと暮らし始めて、何となく月日が流れた。
「ただいまー」
 虎徹がバーナビーの家に帰ってくると、
「お帰りなさい」
 と、バーナビーが出迎える。
「おっ、バニ―、食事まだか?」
「今できたところですよ」
「何か……わりぃな」
「いえいえ。こちらこそ、お世話になってますから」
 特に夜はね――そうバーナビーが小声で囁いたのを聞いて、虎徹は赤くなった。
 それを誤魔化そうと俯き、靴を脱ぐ。廊下を通ろうとすると、バーナビーがさささっと虎徹の前に移動した。
 反対側に動くと、バーナビーもさささっと――。
「…………」
 ――あれ? バニ―ちゃん、何か期待してる?
「バニ―ちゃん、通して欲しいんだけど」
「ただいまのキスがまだなんですが」
「……それ、やらなきゃダメ?」
「ダメです」
 虎徹は照れくさくなった。
 いい年をした男二人がただいまのキスなんて――。
(おままごとじゃあるめぇし)
 けれど、つきあってやることにした。バーナビーはずっと愛に飢えた生活をしていたのだし、自分もこの暮らしは悪くないと思っている。
 虎徹は、バーナビーの頬にキスをした。
「違うでしょう。虎徹さん」
「あん? 何が」
 バーナビーはとんとんと唇を指さした。
 唇か。注文多くて面倒なやっちゃ。
 けれど、バーナビーとのキスは好きだ。虎徹はリップ音を立てて、相手の唇にキスをした。
「続きはご飯食べてからにしましょう」
「ああ……うん」
 どうしてもバーナビーに主導権を握られてしまう虎徹であった。
 まだしばらく、こんな生活が続くんだろうなぁ。
 はぁ、と溜息を吐いてしまう虎徹であった。
 嫌なわけではない。嫌なわけではないのだが――。
(楓が見たら何て言うかなぁ)
 離れて暮らす愛娘のことを思った。
 バーナビーも変わったしなぁ……。
 バーナビーの奥さんの座は娘に譲り渡してもいいかもしれない、と一瞬思う虎徹であったが、その後、ぶんぶんっと頭を振った。
 楓は俺の娘だ! 誰にもやらないもんね! もしくは俺の眼にかなったヤツにしかやらんもんね!
「何してるんですか? ご飯冷めちゃいますよ」
「ああ、今行く」
 とりあえずバーナビーは却下だ。今は自分に夢中らしいし、それに――本当は自分もバーナビーに夢中だ。
(ごめんよ。友恵、楓――)
 虎徹は心の奥で手を合わせて祈る。
 飯はちゃんと食わねぇとな。バーナビーとこれから体力の要ることするんだし。
「今日は特別なロゼ開けますね」
 特別って言われても、おじさんにはロゼの違いはわからない。焼酎だったらわかるけれども。
「知ってますか? 虎徹さん。僕達の関係が露わになって――同性婚の許可を求める運動が活発になってきたこと」
「ああ。ある社がすっぱ抜いたんだろ? 藤宮が散々握りつぶそうとした記事のことだな」
 藤宮は、今は自分たちの味方であるようだった。
 応援する意見もあるが、脅迫の電話やメールも数多いと聞く。
 藤宮は、
「すまん! 俺が油断してたから」
 と謝罪したが、彼が悪いわけではないだろう。いずれはわかることだった。
 それが、KOHと落ち目のヒーローの道ならぬ恋だったとしても――。
 虎徹――ワイルドタイガ―も注目され出したと言っても、所詮は物珍しさだ。やがて飽きられる。そう虎徹は思っていた。
 バーナビーもいずれは結婚するんだろうな。ガキの一人でもこさえてよぉ……。
 とにかく、幸せになって欲しいと、虎徹は考えた。
 自分はこの温もりで暮らしていける。想い出で暮らしていける――多分。
 この想いは留まるから――未来のことを杞憂するのはナンセンスだ。
 飽きられようが何だろうが、自分は自分の信じた道を歩んでヒーローという役目を担っていく。
 それにしても、自分達の同棲生活が世間に明らかになった時のブルーローズの様子は変だった。
「何よ何よ何よ! バーナビーばっかりずるいじゃない! そりゃ、不幸な生い立ちなのはわかってるわよ! けれど、タイガ―まで取って行くことないでしょ!」
 そこで初めて、ブルーローズが自分を好きなことを知ったのだった。
 ブルーローズは可愛い女の子だ。彼女にふさわしい男も出てくるだろう。
 バーナビーはブルーローズの想いに気付いていたらしく、さりげなく牽制をしていたという。バーナビーが油断のならない男だということを改めて知った。
「何、考えているんですか?」
「ん――」
 バーナビーこそ何考えてるんだと思う。
 こんなおっさんと差し向かいで食事して――何が楽しいんだろう。
「おまえさ……結婚とか考えたことあるか?」
「ええ。虎徹さんと」
 即答だった。
「そうじゃなくてさ――気の合った女とガキ作って、家庭築こうとは思わないわけ?」
「それは虎徹さんのことでしょう」
「そうだけどよ……」
 かちゃ、とバーナビーはナイフとフォークを置いた。
「それは……考えないこともなかったです。『あなたの子供を産みたい』というファンもいましたしね」
「だろうな――」
「けれど……僕は家族、というものに失望していたんです。父と母も目の前で殺されましたしね。だから――家族に幻影を持ち得ようがなかったんです」
「じゃあ、今、どうして俺と暮らしている?」
「貴方を愛しているからです」
 虎徹は口に含んでいたロゼワインを噴いた。
「おまえなぁ、どこまでひねくれてんだよ。こんなおっさんに愛囁いたってどうしようもないだろ?」
 しかも真顔で。
「愛は人それぞれだと思いますが」
「まぁなぁ――しかし、世の女性ファンは泣くぞ」
 楓もな――と、虎徹は心の中で呟いた。
「じゃあ、あなたは何でヒーローやってるんです?と虎徹さんに訊くのと同じでしょう。あまりにも自明の理で」
「でも、その愛は幻影だとは思わねぇのか?」
「思いますよ――だけど……あまりにも幸せで、簡単には手放したくないもので」
 バーナビーは笑った。
(俺もだよ、バーナビー。俺の……バニ―)
 幻想であってもいい。今だけは。いつか来る別れの為に。幸せに、なりたい。
「それとも、虎徹さんは僕より友恵さんを愛しているのですか?」
「――比べられるもんじゃねぇなぁ、それは」
「でしょう。僕も、この瞬間を忘れませんよ。どんなことがあっても。今度こそ」
 酔ってるな――と虎徹は思った。自分も、バーナビーも、どちらも。喋っている内容が筋道立ってない。何が言いたいのかさっぱりよくわからない。
 こんなロゼなんかで酔うほど、俺は酒に弱くなっていたのか。
 わかっているのは、今夜もバーナビーは自分を離さないであろうということだけだった。

後書き
パラレルワールドその2。
2012.6.7

BACK/HOME