兎と虎の同棲生活

「バニ―、おまえなぁ……いつも炒飯ばっか作ってんじゃねぇぞ」
「虎徹さんこそ……炒飯にマヨネーズかけないでくださいよ。炒飯の味が台無しになるじゃありませんか!」
「マヨネーズは風味なの! マヨネーズ万歳!」
「わからない人ですねぇ……そんなわからない人はこうですよ!」
 バーナビーが虎徹に襲いかかる。虎徹がバーナビーを投げ飛ばした。
「ふん! 若僧が。いつも俺が受に回ると思ったら大間違いだぜ」
「な……何ですか! 今の技っ!」
「ジュード―だぜ。俺の国の競技だ。それよりもバニ―、覚悟はできてるんだろうな……今度はこっちの番だ」
「な……何です? うわっ!」
 虎徹が邪悪な笑みを浮かべながらバーナビーをくすぐり始めた。
「あはははは、はっ、はっ、やめてください、よ……虎徹さん!」
 バーナビーが抵抗しても、虎徹はこちょがし続ける。バーナビーの眼鏡が吹っ飛んだ。
「どうだ……わかったか。大人の怖さが」
 やっとやめると、虎徹は腰に手を当てて勝ち誇った。
「ふ、不覚……僕としたことが!」
 何にもしていないのに着衣が乱れてしまったバーナビーであった。
「ところで俺達……何で喧嘩してたんだっけ?」
「もう忘れたんですか? 炒飯にマヨネーズかけるなって言いたいんですよ、僕は」
 バーナビーは眼鏡を探して再びかける。
「ああ、レンズが割れなくて良かった……卑怯ですよ、おじさん」
「卑怯だろうと卑劣だろうと構わないの!」
「とりあえず、炒飯にマヨネーズはやめてくださいね」
「炒飯ばっかだと飽きるんだよ!」
 虎徹が駄々をこねた。
「全く、いくつですか、貴方は」
「いくつでも飽きるもんは飽きるんだよ」
「じゃあ、僕も飽きますか?」
「おまえは別」
 虎徹が顔を赤くしながら俯いた。
「……わかりました。炒飯以外のメニューにも挑戦してみます」
「おう。そうしてくれい」
 そしたら俺もマヨネーズやめるから……そう小声で言った虎徹であった。
「何が食べたいんですか? 虎徹さんは」
「んー、そうだな……この時期だと豚汁かな。後、栗ご飯」
「豚汁に栗ご飯……ですか? わ、わからない……」
「ん? ハ―ドル高過ぎるか? やめるか?」
 虎徹はにやにやしている。
「いいえ! 挑戦してみます! 愛があれば不可能はありません」
「――ま、がんばんな」
 めらめらと燃えるバーナビーに気圧されながら、虎徹が仕方なさそうに呟いた。
 出来上がった物は、いかにも美味しそうだった。
 作り方をネットでちゃあんと調べてきたんですからね、とバーナビーは虎徹に念を押す。
「おう……ありがとよ」
 そして一口食べる。
「――旨い」
「でしょう?」
 兎は鼻高々。
「こんな旨い飯、何年も食ったことねぇよ」
「前は一人で作ってたんですか?」
「ああ……と言っても、こんなに旨くなかったけどな」
「どうせ材料を目分量で計っていたのでしょう」
 これだからおじさんは――とバーナビーが溜息を吐いた。
「友恵の飯も旨かったけどな」
「ああ、亡くなった奥さんのことですか」
「あ、すまん。食事中に。デリカシーなさすぎだったか? 何たって俺はおじさんなんだからよぉ」
「いえ……聞かせてください。楓ちゃんの母親なら、さぞ美人だったでしょうね」
「美人なだけでなく、性格も良かったぞ。何たって楓の母親だしな。俺には過ぎた女房だったな」
 虎徹がずずっ、と豚汁を啜った。
「友恵はな……俺のこと誇りにしてるって、最後にそう言ったんだ……」
「そうですか……」
「おまえも友恵の墓参りについてきたりして、ありがとうな」
「いいえ。楓ちゃんの母親だと思えばこそです」
「俺のワイフでもあったんだがな」
「――生前の奥さんにお会いしたかったですね。もし虎徹さんの奥さんが生きていたら、僕の運命はまた変わっていたかもしれませんが」
 虎徹の左手の薬指にはまっている結婚指輪。それを虎徹は決して外さない。
 ――バーナビーと一緒に暮らすようになった今でも。
「左手の結婚指輪……奥さんのことを忘れない、そんな虎徹さんが大好きなんです」
「……ありがとよ。楓は友恵の娘だから、何としてでも俺が守るよ」
「僕もサポートしますね」
「世話になるなぁ……おまえにはよ。友恵も天国でおまえのこと見守っててくれてるよ、きっと」
「だといいですね。でもどんなに大事な娘でも楓ちゃんに電話する時、でれっとした顔するのはやめてください」
「あれ? 見てたの?」
「ええ。せっかく男前なのに……」
「――バニ―ちゃん、性格変わった?」
「そうかもしれませんね。誰かさんのおかげで」
 虎徹はそれには答えず、栗ご飯を一口、口に入れた。
「うめぇなぁ。家庭の味だ」
 虎徹の喜びように、バーナビーは、ふわっと笑った。
「バニ―ちゃん。こんなにいろいろ作れるのに、どうして俺には炒飯しか出さなかったの?」
「おじさんには日本料理がいいと思いまして」
「炒飯は中華料理だぞ。うめぇけど」
「でもおじさんはマヨネーズをかけて台無しにしてしまうんですよねぇ……」
「またその問題蒸し返すか」
「マヨネーズはコレステロール値が高いんですよ」
「ふぅん……」
「健康には気をつけないといけませんからね。虎徹さんはもう年ですし」
「かてぇこと言うなよ。それに、おまえだってすぐ俺と同じ年になるぜ」
「その時はせいぜいクールなナイスミドルを目指します」
「おまえだったらなれるよ」
 虎徹が顔をくしゃくしゃにして笑った。
「――だけど、炒飯も結構油使ってるじゃねぇか」
「レパートリーを増やすように努力します」
 虎徹もバーナビーも夕飯を食べ終わった。
 ――バーナビーは、虎徹の手に自分の手を乗せた。
「虎徹さん……」
「何だ? もうしたくなったのか? 若いねぇ、バニ―ちゃんは」
「違います。少し……こうしていて良いですか?」
「ああ」
 虎徹の顔も柔らかくなった。
「僕はね……両親が死んでから家庭の団欒、というものを味わったことがなかったんですよ。だから、虎徹さんが来てからあの……『家庭の団欒』ってきっとこういうのなんだろうな、と思って……嬉しかったです」
「そっか、バニ―は家族の団欒を知らないのか」
「料理はサマンサおばさんが作ってくれましたがね」
「おまえんところの乳母か……」
「誕生日のケーキもその時に……サマンサおばさんがいなければ、僕は本格的にぐれてましたね」
「これ以上どうぐれようがあるってんだよ……」
「サマンサおばさんと……愛してくれた両親には感謝しています。それと虎徹さんにも」
 バーナビーは、重ねた手にぎゅっと力を込めた。

後書き
こうだったらいいなというパラレルワールド。
2011.10.15

BACK/HOME