ドアを開けると赤司様がいました 96

「わー、凄いや、赤司兄ちゃん!」
「やっぱり赤司様だな」
 子供達が赤司の活躍に湧く。――赤司は済まなそうな顔でこっちを見た。……赤司、気にしてんのかな。せっかくオレがコーチや南野クン達と話をしていたのに、邪魔したと思って反省したのかな。
 そんな、気にすることないのに……。オレは、自分でも自信のあるとびっきりの笑顔を見せてやった。
「大したダンクだったぜ。赤司」
「そうかい? いや、急にダンクがしたくなってね――」
 ――それは、もう一人の赤司の意志が、赤司を動かしたのかもしれない。そう思ったけど、いろいろ説明するのが面倒なので黙っていた。
「赤司兄ちゃん、もう一回ダンクやってー」
「だーめだめ。はい、おしまい」
「えー?」
 小さい子達は不満そうな声を上げる。オレ、この目で見ちゃったもんねー、と自慢する男の子もいる。
「赤司さん。済みません」
 コーチが赤司に謝る。
「いえいえ。こちらこそ、勝手な真似してしまって――ここはダンク禁止じゃないですよね」
「え……まぁ……ダンク禁止のところもありますが、ここでは自由なプレイを子供達にして欲しいですからね」
「丈夫なゴールでした。あれなら子供達も安心です」
「そう言われると照れるな……監督にも伝えておきますよ。監督は用事があってね」
「……ふぅん」
 赤司は、ここの監督の用事とやらにはあまり興味を示さなかった。赤司は、興味ある話題だとスッポンのように食いつくもんな。オレなんか、何回被害にあったかわからない。
「赤司さん、降旗さん。今日は本当にありがとうございました」
 南野クンが頭を下げると、皆も一緒に、
「あざーしたっ!」
 と言って礼をした。ありがとうございました、と言ったつもりなんだろうが、オレには「あざーしたっ」に聞こえる。まぁ、どうでもいいけど。
「赤司さん、降旗さん。私からもありがとう。今回のプレイは、子供達にも参考になったと思います。少ないけど、これ――」
 そう言って、コーチはオレに封筒を渡した。
「何スか? これ――」
「バイト代です」
 ――そういや、バイト代も出るって言ってたな。だけど、オレは子供達と遊んでただけだし――。ジャージにすら着替えていない。赤司からもらったリストバンドはサポーター代わりに身に着けているけれど。走り回ったから、服が汗臭くなってないかな。
「いえ、受け取れません。オレはただバスケを楽しんだだけですから」
 オレはコーチに封筒を返そうとした。が、南野クンが――。
「もらってよ。オレが無理言って降旗さん達連れて来たんだしさ。こういうことはきっちりしないと。いつでもタダって言う訳にはいかないんだからさ」
「偉いな、南野クン」
 赤司が南野クンの頭を撫でた。――ちょっと羨ましい。
「でも、オレ達が押し掛けたんだし……」
「南野クンからの依頼でしょう? 遠慮せず受け取ってください。あなた達にはその資格がある」
「困ったな……」
 オレは赤司の方を見た。赤司は澄ました顔をしている。
「受け取ろうよ。光樹。彼らの気持ちだ」
「気持ちねぇ……」
 オレは、口をへの字に曲げていただろう。赤司はお金持ちなのに、この上更にお金を取ろうと言うのか。――いや、違う。これは報酬だ。報酬なんだから、もらってもいいものなんだ。
「納得したかい? 光樹」
「まぁね……」
 赤司はともかく、オレは報酬に見合う程の仕事が出来たかどうかわからない。だが、コーチも子供達もにこにこと好意的な笑みを浮かべていた。
「アポも取らずに申し訳ありませんでした。本当は、事前に連絡しなければいけなかったのですが……赤司さんも降旗さんも、私の想像以上の働きをしてくれました。――今回は当初考えていたバイト代に多少色をつけています」
「そこまでしてくれなくてもいいのに――」
 オレはちょっと困ってこめかみを掻いた。オレ達には仕送りがある。近々バイトをしようかと考えてはいたのだが――。
 ここで使ってもらうのも手かな。でも、オレは人を教えるのには向いていない――と思う。やれと言われればやるけれど。教える役は専ら赤司がやってくれた。その赤司でさえ、桃井サンとカントクに料理を教えるのにはだいぶ手こずっていたが。
 しかし、カントクなんか、赤司のおかげで真っ当なお雑煮を作れるようになったって言うんだから大したものだ。カントクも頑張ったね。その後、景虎さんがやって来て、お礼だと言って一万円札を何枚かくれた。赤司への報酬だったんだから、その時はオレはあんまり気にしなかったんだけどね。
 ――ちぇっ。赤司のヤツ。子供も好きみたいだから教育学部に入って卒業したら、立派な教師になれるぜ。このチート男め。
 それとも、やっぱNBAに行くのか? ――オレと一緒に。……今、物凄い不遜なこと考えた気がする。オレなんかが赤司とNBAへ行くなんて……所詮は夢さ……。オレは赤司や火神のような天才とは違うんだ……。
「何落ち込んでいるんだい? 光樹。せっかくバイト代も頂いたと言うのに……」
「オレ、オレなんかじゃNBAは無理なんじゃないかって思ったから――」
「そんなことないよ。光樹兄ちゃん」
「光樹兄ちゃんは赤司さんと二人でNBAで活躍するんだよね」
 二人の少年が顔を見合わせて、「ねー」と頷き合う。
「けど、あんなプレイじゃ……」
「ボク、本当の光樹兄ちゃんのプレイ見てるもん」
 あ、周ちゃんか。
「周ちゃん!」
「うん! あのね、お正月の時はママがお迎えに来たから、光樹兄ちゃんの家に行けなかったけど、今度は連れて行ってもらうの」
「キミなら大歓迎だよ! オレ特製の焼き飯、今度作ってあげるよ!」
「何ならオレも手伝うから」
 赤司が己を親指で指差しながら言った。
「オレも……食べたい、かな。あの時は楽しかったし……」
 南野クンが遠慮がちに言う。そんなに恐縮することもないのに。
「皆、自由に我が家に来ていいよ」
 赤司が言う。赤司にとってもあのアパートが我が家になってしまったらしい。
 ――オレにとって、今が人生で一番楽しいかもしれない。赤司のおかげかもしれないけれど。いつか、赤司とも別れる日が来るんだろうか。それとも、このまま二人で過ごすことが出来るのだろうか。
 ……別れるだなんて……オレ達熱々じゃないか? 青峰にも散々揶揄われた。……青峰にもいい恋人が出来るといいね。
 しかし、それとは別に、オレは心に決めたことがあった。
 歩きながら、オレ達はしばらく無言で歩いていた。オレは、持って来たマイボールを操っていた。――赤司が口を開いた。
「ボールの触り方、上手くなったね。光樹」
 赤司が、褒めてくれた。あの赤司征十郎がだよ。
「いやぁ……」
 オレはつい手を止めた。やっぱり、ボールを触るのも練習だ。けれど今日は、オレは楽しかったけど、満足いくプレイが出来なかったな……。
「光樹……もしかして、体が痛むのかい? ゆうべ無理させ過ぎた?」
「そんなことないよ、赤司……」
「バスケに支障が出るのなら……控えた方がいいのかな。オレは……しなくてもいいから……だけど、やっぱり勿体ないけどね……」
「いや、それはいいんだ……抱いていいよって言ったのはオレだから――」
「光樹。――バスケを捨てる訳にはいかないけれど、オレはオマエが好きだ。また、一緒に、寝たいと、思っている――……」
 赤司は耳まで真っ赤にして俯いた。風が、枯れ枝や、冬でも一生懸命生きている雑草の匂いを運んで来る。ああ。戸外の冬の匂いだ……。途端にあの青い匂いを思い出して、オレも俯いてしまった。
 ――それよりもオレは、赤司に言いたいことがあるんだった。
「赤司……」
「光樹……」
 オレ達は殆ど同時に互いの名を呼んだ。
「あ……何……?」
「……光樹から言ってくれ」
「うん……オレさぁ、バスケに関するバイトがしたいんだ。で、今日は楽しかったから、大栄ミニバスチームで使ってもらおうかと……あそこでダメだったら、別のところでもいいんだし――」
「けれど、それじゃあ……オレが光樹と過ごす時間が減ってしまうじゃないか。お金のことだったら心配いらない。父さんに頼んで何とかしてもらうよ」
「お金の問題じゃないんだよ。……ただ、やり甲斐が欲しくてさ――」
「だったら、オレがキミを雇うよ」
「だから、そう言う問題じゃないって――」
 オレは微かに苦笑した。……意外と独占欲強いんだな。赤司……。
「オレは、忙しい身だからね……キミと一緒にバイトは出来ないかもしれない。したいのは山々だけど……」
「うん。我儘言ってごめん」
「こんなの……我儘のうちに入らないよ。でも、そうか――そうやって光樹も自立して行くんだね……」
「赤司とは、出来るだけ沢山の時間を持つことにするよ」
「そうかい? だったら、オレの言うことも聞いてくれるかな……オレはバレンタインデーに、光樹とチョコレート・プレイがしたい」
 ――まだ諦めてなかったのか……オレは恥ずかしくてその場にうずくまってしまった。

後書き
赤司様、すっかり子供達の人気者!
降旗クン、赤司様とNBAに行けるといいね!
2019.12.15

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