ドアを開けると赤司様がいました 95

「南野クン、オレ達がキミにコーチだって?」
 オレは目を白黒させてしまっていただろう。
「はい。電話番号聞いてなかったんで家まで訪ねようかと――正確にはオレ達が赤司さんと降旗さんにコーチを頼もうと……」
「――キミ達が?」
「はい。あ、オレ達のチームの施設がこの近くにあるんですよ。オレはいつもバスに乗って行ってますが――」
「キミの叔母さんも確か近所に住んでたんだよね」
 と、赤司。
「よく覚えてますね。はい。この近くに叔母が住んでます。ミニバスの帰りなんかによく泊まったりしてますよ」
「引き受けてもいいんじゃないかな。光樹」
「え――?」
「あ、あの……タダではありませんから。コーチがバイト代払うから宜しくねって。本当はコーチも来たかったようだけど、他の子の指導があるから、オレが代表でお願いに来ました」
 そう言って、南野クンはにこっと笑う。
「バイト代はいいけど、コーチがキミに一人で行かせたの?」
 ――と、オレも疑問に思う。
「いいえ。オレが志願したんです。赤司さんは引き受けてくれるんですね。降旗さんは?」
「え? 別に行ってもいいけど――多分、教えられることは何もないよ」
「そんなことありません。オレ、降旗さんのバスケ好きです。赤司さんのバスケより好きかもしれない」
 ――おいおい、嬉しいけど、それ赤司の前で言うかね。……赤司は苦笑したいのを堪えているらしい。
「オレ、キミの前ではちょっとしかプレイしてないよ」
「でも、ボールが手に吸い付いているようでしたよ」
 オレの言葉に南野クンが答える。そうだな。ドリブルは割合得意かもしれない。――オレも引き受けることにした。冬の風が独特の匂いを運んで来た。今日は湿度が高いかもしれない。

「ようこそ。大栄ミニバスチームへ。コーチの小笠原と言います」
 スキール音が聞こえて来そうな体育館の中、コーチが自己紹介をした。いい人そうだ。良かった。グラサンなんかかけてるけれど。
「赤司さんの噂は聞いてますからね。本当に来るかどうか疑問でしたが、来てくれてありがとうございます。それから、……降旗さん? 初めまして」
「降旗光樹です。今回は宜しくお願いします。多分、コーチが教えている以上のことは何も教えられないかもしれませんが」
「南野くんがね。是非とも皆に降旗さんのドリブルを見せてみたいって言ってましたもんでね」
 ――そんなに褒めてくれて、ありがとう。南野クン。
「そうですね。ドリブルで光樹に匹敵するのは――誠凛の一年のドリブル巧者ぐらいですね。そのうち葉山サンも追い抜きますよ」
 赤司がオレの為に説明してくれている。
「誠凛は今年も強かったですねぇ」
「ええ。ここにいる光樹も誠凛でプレイしたこともありますよ」
「何と! 降旗さんは誠凛出身ですか。噂のカントクには一度お会いしたいと思ってたんですが……そうですか、誠凛ですか……」
 コーチがグラサンを外した。穏やかな目だった。
「少々、目が光に弱いものでね。実質、ここのコーチは南野クンがやっていますよ。私は専ら見てるだけです」
「そんなことないですよ。コーチの教育のおかげで、オレ達強くなることが出来たんですから――」
「ありがとう、南野クン。――南野クンは小さなコーチですよ。彼のおかげであなた達が来てくださった」
 コーチはオレ達をチームの皆に紹介してくれた。
「今日だけ、ここで教えてくださる赤司さんと降旗さんだ。皆、宜しく頼む」
「はーい」
 子供達は元気良く手を挙げた。赤司が訊いた。
「この中で、いつもボールを触っているのが好きな子はいるかい?」
 子供達が目を見かわして、そんならお前だろ、とか、お前は違うよな、などとひそひそ話している。南野クンがさっと手を挙げた。赤司がまた質問する。
「南野クン。ボールは好きかい?」
「はい。大好きです。今回は赤司さんと降旗さんの邪魔になるといけないから置いて来ましたが。マイボールも一応持ってますよ」
 南野クンは敬語で喋る。コーチの目があるから、という理由もあるんだろうな。
「ボールはあって邪魔になることはないよ。皆、ボールにどんどん触ってボールと友達になってくれ給え。ボールは友達! 怖くないよ!」
 ――赤司。それ、サッカーだから。子供達もどっと笑った。でも、まだ小さい子達はきょとんとしていた。
「まぁ、ボールを触っていることは、無駄にはならないからね」
 と、赤司はそう言って締めた。その後、話題を変える。
「1on1やってみせよう。光樹」
「ああ……うん……いいのかな……」
「いいですよ。私も見てみたい」
 コーチもああ言ってるんだ。やらなくちゃしょうがない。
 赤司は華麗なアリウープやレイアップを披露した。けれど、何故かダンクはやらなかった。ゴールが壊れそうだから遠慮したのかな……。俺は何の変哲もないプレイをする。だが、基礎はカントクと日向サンに嫌という程叩き込まれたんだぜ。
 赤司コールと共に、「降旗さん頑張れ!」の声も聞こえてくる。あは、ちょっと照れるな……。
「こらっ! 光樹! ボールをいつまでも持ってないで!」
 赤司の声で我に返ったオレは、ドリブルして、普通にシュートを決めた。
「やったぁ!」
 子供達が騒ぐ。――えへへ。嬉しいな。
「綺麗な型だ。だが、ちょっと精彩を欠くプレイだったぞ」
 赤司が耳元で囁く。――やっぱり昨日の影響がまだ残っているのかな……。
「ボク達もやりたい!」
 誰かが言った。コーチは、
「赤司さん、降旗さん。子供達のお相手、お願い出来ますか?」
「いいですよ」
 オレが冗談半分に「いいともー」と答えようとしたら、赤司が先にあっさり答えを奪ってしまった。
 ここの子供達も充分上手い。ダンクが出来る子もいるようだった。――そう言えば、南野クンはダンクが出来ないと言っていた。今でもまだ出来ないままなのだろうか。
「降旗さん、降旗さん」
 その南野クンがオレの袖を引っ張る。噂をすれば何とやらだ。別に、実際に噂していた訳ではなく、ただオレが考え込んでいただけだけれど。
「どうしたの? 降旗さん、今日は――。降旗さんならもっとすごいプレイ、出来るはずでしょ?」
「南野クン、それは買い被り過ぎだって――」
「具合でも悪いの? あ、もしかして風邪? 今流行っているから――」
 ゆうべ赤司とアナルセックスをしたからなんて言えない……。南野クンなんて特に真面目そうだから。
「見学するかい? 光樹」
 いつの間にか赤司が傍にいた。
「いや、大丈夫だよ」
 子供達の相手をしている分には平気だ。その後、俺達は赤司チームと降旗チームに分かれて対戦した。赤司チームが優勢だったが、オレのチームの子供達もなかなかよくやった。不甲斐ないのはオレだけだろうな……。
 それでも楽しかった。バスケ好きの少年と遊ぶのは気持ちがいい。わー、わーと歓声が飛ぶ。汗が煌めく。オレは体育館の匂いを堪能した。
 ――赤司の3Pシュートで、試合は終わった。
「ふうっ。赤司様と同じくらい、オレら実力出てたよな」
「うん。光樹兄ちゃんのおかげだ」
 そうかなぁ。赤司が手加減してくれたんだと思ったけど。ゆうべのこともあったし。
「光樹兄ちゃんは綺麗なバスケをするよね」
 綺麗なバスケって何だ? だが、フォームは何度も直された。カントクや赤司から。
「赤司の兄ちゃんも綺麗なバスケをするよ」
 赤司チームだった子が負けじと主張する。
「赤司さんと降旗さんて、どこか似てるよね」
 うーん、それは、ずっと同じ家で暮らしていたから、似て来たのかもしれない。ほら、夫婦は似て来るって良く言うだろ? オレと赤司は夫婦ではないけれど――。
 赤司だったら、夫婦になってもいいと言うかもしれない。そしたら、オレは赤司を『征十郎』と呼ばなきゃダメなんだろうか……。
 オレが、まだ来ぬ将来のことで、頭を痛めていると――。
「見て見て。降旗さんの真似」
 そう言って、南野クンがシュートを打つ。見事なシュートだ。
「オレ、あんなに上手くねぇよぉ……」
「何言ってんの? 降旗さんは上手いよ」
 ……まぁ、誠凛で鍛え上げられたからな……それは自慢してもいいかもしれない。……いや、赤司もいるか。赤司のフォームも、オレはいつの間にか取り入れていたのかな。
 これは決して、オレだけの手柄ではない。
「降旗さんのバスケは、正統派って感じがしますね。ちゃんと練習して、スキルを高めて行ったのがわかります」
 コーチにまで褒められた。俺は頭を掻く。――赤司、お前との1on1、無駄ではなかったよ。
 その時だった。――赤司がダンクシュートを決めた。オレはそちらの方に思わず目が吸い寄せられた。

後書き
赤司様のダンク! 私も見てみたい!
ああ、二次元の世界に行ければなぁ……(笑)。
2019.12.11

BACK/HOME