ドアを開けると赤司様がいました 93

 でも、赤司とチョコレート・プレイか――。オレも、昨日の経験がなかったら、ごてにごてたかもしれないけど、今は――。
 オレの体の芯がかっと火照った。
「ん? どうしたんだい? 光樹」
「天帝の眼で読んでくれよ……」
 こんなこと、口にするのも恥ずかしい。
「まぁ、大体は察することが出来るけどね……あ、そうだ。シーツ洗わなくちゃね。まだ、洗ってないんだろう?」
「ああ。オレもそれどころではなかったから……」
 そうだな。早くしないと臭くなってしまうだろう。あれからもう既にかなりの時間が経っている。
「オレが洗うよ。オムライスのお礼」
 オレが言うと、赤司が「そうかい? ありがとう」と答えた。赤司のオムライスは旨かったし、不利な取引であるとは思わない。それに、我が家には全自動洗濯機というものがある。――学生の一人暮らし……いや、二人で暮らすには分不相応な。
 ――買ったのは赤司だからね。因みに乾燥機能もある。
 あのシーツ、洗えばゆうべの汗のしみも取れるだろう。――ちょっと勿体ないけど。
 って、うわー、何考えてんだ? オレ。
「光樹。早く食べないと冷めるよ」
「ああ……うん……」
 オレはすぐに食べ終わり、食器洗いをした。隣では綺麗なシャツを汚さないようにピンクのエプロンをつけた赤司が拭き方を手伝ってくれている。流石に自動食器洗い乾燥機を買うことはオレがやめさせた。
「光樹……後悔してないかい?」
「え? 別に……だって、赤司に頼んだのオレの方だし……」
 抱いてもいいって、言ったの、オレだもんな……。
「まぁ、それだったら、良かった……」
 赤司は浮かない顔だ。もしかして――。
「赤司、後悔してるの?」
「してる」
 やっぱり。何だか知らないけれど、オレのどこかが悪かったんだ……。赤司は困ったように笑う。
「このままじゃ、オレも光樹の体に溺れそうで心配してる」
「え、ええと……」
「――昨日は素敵だったよ。光樹……また抱きたくなって来たけど……あんまり何度もやると光樹が大変かな」
「え……ああ、そうだね……」
 案じていた個所はそう痛くはなかったが、今度は別の個所が痛い。そして――心も痛い。
 オレは……オレも好きで赤司に抱かれたんだろうか……。
 赤司のことは好きだ。だけど、緑間と高尾のことがなければ、オレ達はずっと関係を持たなかったままだと思う。結ばれたのはいいけど、この先、些か不安だ。
 赤司は赤司で、チョコレート・プレイをしたいだなんてとち狂ってるし――。
 オレの、せいかな……。
「さてと、これで終わりっと。――シーツを洗い終わったら、どこか行きたいとこあるかい? 光樹」
「……ないです。部屋で黙ってボールいじってたい」
「もしかして、具合悪いとか?」
「ん、やっぱり腰がちょっと痛いけど……」
 赤司がオレの手を握る。
「ごめんね……」
 赤司が何故、謝ったのかわからない。
「何で、赤司が謝るの?」
「キミが……キミが変わったのは、オレのせいかもしれない。光樹はまっさらだったはずなのに……」
「オレ、まっさらなんかじゃないよ」
 高校はバスケ、バスケで過ごしたけど、たまに図書館でポルノ小説読んでたし……。男同士のやり方もその時知ったんだ。当時はとんでもない、と思ってたけど――。
 やってみると、悪くなかった。
 赤司が上手いのか、それとも、オレがイヤらしい体をしているだけなのか――。
「ごめんね。光樹。オレは、オマエの輝かしい将来を台無しにしてしまうかもしれない」
 輝かしい将来って……どうせオレは狭い家に住むしがないサラリーマンにしかなれないよ。赤司と違って。中の上の奥さんに子供は二人。それも楽しいかもしれないけどね。
 NBAで活躍するなんて、オレには、夢のままさ……。子供達に昔の話をして煙たがられるオッサンになるのがオチだよ。
「こっちこそ、ごめんね」
 オレも謝った。オレのせいで、少し、赤司の将来に傷がついたかもしれない。――オレらの関係が明るみに出れば、赤司もホモだって後ろ指さされるかもしれない。
 昔より、同性愛に寛大になったとはいえ、この国ではまだまだそういうカップルに対する眼差しは厳しいから。しかも、赤司みたいな有名人であれば尚更。
 ごめんね……。
 万感の思いを込めて、オレは心の中で呟いた。赤司が決意したように、ひたと目を見据えた。
「光樹。一緒に戦おう!」
「は……何と? あ、もしかしてバスケで……」
「いや、バスケもそうだけど……この、男同士の恋に偏見の強い日本と言う国で。――海外ではもっとオープンなんだよ。それか、キミがいいと言ってくれさえすれば、オレはいますぐにでも海を渡りたいと思ってるんだが」
 ――赤司の目は、本気だ。オーラがすごい。これが、赤司征十郎……。オレに対して、本気で恋してくれているのだろうか。オレは、バスケが多少出来る以外には、何の取り柄もない、ただの男なのに……。
 でも、好きになってくれてありがとう。
 オレはお礼の意味も兼ねて、伸び上がって赤司の額にキスをした。
「なっ……光樹……!」
「赤司……オレはオレで、赤司は赤司だよ」
 オレは半ば、自分にそう言い聞かせるように、赤司に向かって言った。赤司は柄にもなく真っ赤になった――ような気がした。
「誰が何と言おうと、オレ達は……オレ達だよ。誰も、オレ達のこと、邪魔はさせないよ。オレ達以外には」
「光樹……」
 赤司の目が潤んでいる。赤司も充分綺麗だ。世界一綺麗かもしれない。オレは、しがないチワワ青年かもしれないけど、赤司のことは、守る。だって、今まで守ってもらってばかりだったから。
「――今日は、家でのんびり休もうね」
「うん。シーツも洗わないといけないし」
「オレがやったっていいんだけど――」と、赤司。
「ありがとう。でも、これはオレにさせてくれないかな。バスローブ着せたの、赤司だろう? オレの方こそ、感謝だよ」
「光樹……キミの体は綺麗だったよ」
 急に何を言い出すんだろう。この男は。オレなんか、フツメンの、チワワメンタルの、どこにでもいる、ちょっと気弱な男でしかないのに……。
「何言ってんだよ。赤司の方が綺麗だぜ」
「でも、オレは――オレは光樹に惚れてるから、色眼鏡もあると思う。だけど……光樹みたいな可愛い人は今までどこにもいなかった。男でも、女でも」
「ん~、オレは男だから、可愛いと言われても何と言ったらいいか、複雑だな……」
「……ごめん」
 赤司はそう言ってから、くすっと笑った。
「今朝は謝ってばかりだね。オレ」
「いいよ。オレも謝った。――ちょっとこそばゆいね。んじゃ、シーツ洗って来るね」
「ん。任せたよ。光樹」
 洗う――と言っても、洗濯機にシーツと洗剤を放り込むだけ。ゴウンゴウンと洗濯機がうなり始める。オレは、しばらくその傍にいた。赤司も呼び戻そうとはしなかった。オレは、少し一人になりたかった。
 赤司……オレは、オマエに恋してるのかもしれない。でなかったら、抱いていいなんて言わなかった。オレだって、人並に貞操観念は持っているつもりだ。
 チョコレート・プレイはともかくとして、体は赤司に抱かれたがっている。中からは、心地良い疼痛を感じる。オレは――男に……いや、赤司に抱かれる為に生まれたのかもしれない。
 これも、縁だよね。腐れ縁かもしれないけど。
 赤司は変わったけど、変わってない。オレも、変わったけど、変わってない。
 オレは洗濯機が回っているのを見ながら考えに耽っていた。

「やっと戻って来たね」
 赤司は待っていたのだろう。のんびり新聞なんぞ読んでいる。変わった記事はあるだろうか。
「――赤司、巷では何か変わったことでもあった?」
「ないよ。相変わらず、政治や世間の問題や事件の記事で埋まってる。事件は無くなって欲しいが、こういうのはこの世がこうである限り、なくならないんだろうね……」
「じゃあ、事件のない世界を赤司が作ったらいい」
「無理言わないでくれよ、光樹……オレだって万能じゃない。事件のない世界なんて……そうだな。天国にしかないんじゃないかな。それに……」
 赤司はオレを抱き寄せた。
「この世界もなかなかスリルがあって楽しい」
 それは、事件や事故に大切な人が巻き込まれていないから言える台詞なんじゃないかな。赤司は、お母さんが死んだこと以外では、挫折を味わったことなどないに違いない。黒子や火神にバスケで敗北したと言う意味の挫折じゃない。――本当の挫折を。
 じゃあ、オレが失敗や挫折をしたかと言えば――オレはそんなに不幸な目に合ったことはない。いつも、幸せだった。父ちゃんも母ちゃんも、優しかった。
 でも……ああ、そうだ――赤司だってもう一人の己のことについては苦労したのかもしれない。人格が分裂する程、赤司も悩んだのかもしれない。
 ――オレは、赤司の全てを受け入れよう。それがオレの役目ならば。赤司にもし、オレ以外に好きな人が出来たとしても、オレはいい友達でいよう。祝福もしよう。だから、今は恋人でいさせてくれよ。赤司。
 赤司の唇から、何か面白い事件を聞いていたけれど、オレは自分の考えを追うのに夢中で、右の耳から左の耳だった。

後書き
赤司様を求める降旗クン。
私も赤司様達も、ここまで無事に生きて来れたのは奇跡に近いと思います。
2019.11.28

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