ドアを開けると赤司様がいました 92

 ――オレが目を覚ますと、赤司がオレの顔を覗き込んでいた。
「気が付いたかい?」
「あ……えっと……」
 オレ、赤司と結ばれたんだよな。夢じゃないよな。――オレはバスローブを着せられていた。赤司もバスローブを着ていた。体が妙にすっきりしているのは……ヤッたんだな。オレ達。
「光樹……キミは最高だったよ」
 ……最高か……その言葉も意識を手放す前に聞いたような……。確か名器とも言われたな。男としては複雑だけど。
 赤司がくすくす笑う。何がおかしい。
「光樹、心外だって顔してるね。……今度はもっといろいろなプレイを試してみよっか」
「それよりバスケをしようよ……うっ」
 オレはくらっとした。頭が痛い。まだ下半身は疼いてるけど――今日はもうムリはしたくない。でも、シャワーだけは浴びたい。オレは立ち上がってふらふらと歩き出した。
「ど……どこ行くんだい? 光樹」
「……シャワー浴びて来る」
「そうかい。……オレも一緒に浴びたいところだけど、あまり負担をかけたくないからね。キミの裸なんか見たら、オレもさっきのことを思い出して、また勃ち上がってしまいそうだから……」
「ひゃああ、行って来ます!」
 ――オレは逃げた。これ以上ここにいると、何されるかわかったもんじゃない。そりゃ、確かに期待もあるけど。バスルームで裸になると、赤司の残り香がした。
 シャワーを浴びて、オレはほっとする。オレのアナルが、赤司の形に穿たれたように思った。
 ――オレは、赤司の穴か……。
 何となく、笑いたくなってくる。オレは、赤司の恋人なんだろうか……。赤司も優しくしてくれた。最初にしては、上出来だと思う――いや、上出来どころではない。超気持ち良かった。
 でも、やっぱり疲れた。射精後特有の倦怠感もある。でも、何となく気分がいいのはどうしてだろうか。
 赤司もシャワー浴びるかな。手早く体拭かなくちゃ。
 はー……生き返る。オレは熱いシャワーを浴びてほこほことした体をバスタオルに包む。水気を拭き取ってから、再びバスローブを羽織る。
 鏡を見ると、キスマークが綺麗に色づいている。ああ、外に行く時は首の隠れるセーター着よう。
「あがったよー。赤司、入る? ……あ」
 赤司は眠ってしまっていた。綺麗な寝顔。そう思った。
 ――あんなセックスするくせに……。
 彼は、十九歳と言う年齢よりあどけなく見えた。――そんな顔して寝てると、襲っちゃうぞ。チワワとか呼ばれても、オレだって男なんだ。少しは警戒した方がいいんじゃないか? 男に目覚めたのは、赤司のせいでもあるんだからなぁ!
 でも……あれ? なんかまたデジャヴるものが……。
 そう、あれはオレがこの家に来てすぐのことだった。オレが寝ていると、風呂上がりの赤司がオレの寝顔を見ていて――。
 あの頃から、もうオレは赤司に狙われていたんだろうか。今回のは、赤司にとっては計算通りのこと?
 オレにもし、他に恋人が出来たら、赤司はどうするんだろう……。
「殺されるっ! 確実にやられるっ!」
 ……オレの架空の交際相手が。
「んー、うるさいよ、光樹……」
「う、うるさい……?!」
「おちおち寝てもいられないなぁ。――さっきの続きでもするかい。それから、『殺される』って、どういうことだい?」
「いや、オレが誰かと付き合ったら……その相手が赤司に殺されるんじゃないかと思って……ついでにオレも」
「……光樹は殺さないよ。相手の生死についてはわからないけどね」
 赤司が凄絶な笑みを浮かべた。……う……もう一人の赤司のようだよ……。たまに、赤司の顔が残忍に映ることがあるんだ。――普段は温厚な優しい青年なのに。
 オレが抱かれている間、その面が出て来なかったのは、本当に本当にラッキーだったと思う。あの最中、赤司にこんな顔されたら、オレみたいなチワワは、怖くて萎えてしまったと思うから。
「オレはあがったから……赤司はシャワー浴びないの?」
「そうだねぇ……汗かいたから浴びたいけど……キミの残り香が消えるのが少し寂しいかな」
「別にオレの匂いなんて――」
「オレを魅了するいい匂いだよ。オマエは自分を卑下し過ぎる。抱いてやったら自信もつくかと思ったけど、さっぱりだ。まぁ、そんなところも可愛いけどね――」
「……え?」
「何でもないよ。オレはやっぱりもう寝る」
 ――珍しい。綺麗好きの赤司が……。
 やっぱり、オレも勿体なかったかなぁ……。オレってばもう、赤司に夢中のようだ。浮気なんかもしないと思う。でも、流されることがあったらどうしよう……。
 ……その時はその時だね。オレも自分の寝床で寝ることにした。緑間と高尾も、今夜は熱く抱き合っているんだろうか。でも、他人のことはいい。オレはいつの間にか寝入ってしまっていた。

「――おはよう、光樹」
 日の光を受けた赤司の笑顔が輝いて見えた。うっわー、眩しい。
「ん……」
「昨日は無理させ過ぎたかい? 体の方は大丈夫?」
「それは……大丈夫……オレだって鍛えてるから」
「けど、つい夢中になって、キミへの配慮が足りなくなってしまったかもしれない。……オレは、良かったけど」
「うん。オレも……」
「昨日はちゃんとイってくれて嬉しかったよ。もう男同士でセックスすることにこだわりはないね? ――光樹のあの時の顔は、オレだけが知っていればいいと思うんだけど」
「ん……ああ……」
 オレは気もそぞろで答えた。それより、朝飯の匂い……。赤司が柔らかい声で言った。
「今日はキミの好物のオムライスだよ」
「ああ、ありがとう。今日の朝ごはんはオレの番じゃなかったのか?」
「……キミは疲れてるようだったからねぇ。オレが代わることにしたよ」
 ――赤司は赤司で、オレの体力を消耗させたことを済まながってるようだった。そんなに気を遣わなくていいのにな。オレ達、抱き合う前から夫婦みたいな感じだったし。
 ドアを開けたら、赤司がいた。その時から――。
 誤解もあった。ケンカもあった。それから、赤司が意外と我儘なところがあることも知った。
 ――昨日のことで、オレ達の関係には、何か変化はあったのだろうか……何もない。オレの腰が少し痛いことを除けば。オレはまぁ、すっきり出来たし。
「さぁ、冷めないうちに食べてしまおう」
 オレ達は席に着いた。――いただきます。赤司のオムライスは相変わらず美味しかった。こんな美味しいオムライスを食わせる店があったら、毎日でも通うのにな。
 こんな美味しい料理がタダで食べられるなんて、オレって何て幸せなんだろう。
「旨いよ、赤司」
「ありがとう。ちょっと古くなったけど、豆腐の残りもどうだい?」
「食べる!」
 オレは張り切って答えた。
「本当は捨てるところなんだけど、オレ達、あまりお金持ってないからね。一応、父さんからの仕送りはあるけど」
 うーん、家計のことまで考えてくれるようになるなんて、赤司も成長したな……。征臣サンも喜ぶかもしれない。後、天国の赤司の母ちゃんも。
 窓からは雪が見える。
「やっぱり積もったな」
「そうだね。――高尾は雪積もった方が嬉しいみたいだったよ」
 ここは雪国じゃないから、オレは雪国の冬の過ごし方なんて知らない。ただ……クリスマスに降ってくれれば良かったかも……。
 でも、これじゃ、外のバスケットコートは……使えない訳じゃないけど、滑るかもなぁ……。
「もうすぐバレンタインデーだね」
「ああ、そうだね……」
 オレは、バレンタインデーには、これと言って思い入れがない。まぁ、毎年何個かもらうけど――そういや、初めて誠凛がウィンター・カップで優勝した時はいっぱいもらったかも……。三連覇を果たした時もそれなりに。
 でも、赤司の方がもっともらってるんだろうなぁ。
 わざわざバレンタインデーの話を出すとは……赤司もオレからのチョコが欲しいんだろうか。
「赤司はさ、いつもいっぱいもらってるだろ?」
「本命でなきゃ意味がない」
 ――うわぁ、ばっさり。それに、赤司に本命チョコ渡す女子なんて、きっといっぱいいるだろう。
 オレは、その女の子達に謝りたい気分になった。
 赤司を奪ってごめんなさい。
 ゆうべは、そりゃ、リードしたのは赤司だけど、誘ったのはオレ――ってことになるんだろうなぁ……。待っていた赤司に言質を与えたのもオレだし。
 バレンタインデーでも、何やかやで赤司に抱かれることになるんだろうか……。オレは、今はそんなに抵抗がなくなったけど。
 でも、パームシリーズのシド・キャロルみたいにすっぱり割り切ることは出来ないなぁ……。
 オレが赤司と寝たと言ったら、親父は泣くだろうな。親父は常識人だから。
 征臣サンが聞いたらどう反応するか――これについては予想がつかない。行動や言動が読めない、という点においては、赤司は父親に似たのかもしれない。
 ……せっかくだから、オレも赤司にチョコあげることにするか。友チョコとかあるけど、そんなんじゃなくて、本命のヤツ。
 オレは赤司の顔を見た。赤司の瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだったろうか。
 ゆうべ、あんなことをしたからかもしれない。赤司は何か期待しているようだ。――オレも、何となく少しは赤司が何を望んでいるのかわかるようになって来た。
「光樹。オレもチョコもらうだろうけど、捨てるのは勿体ないよね? その日はチョコレート・プレイでもやらないかい?」
 オレは机に突っ伏しそうになった。あかん。赤司が暴走してる……。赤司家の人間がチョコレート・プレイなんて……如何な征臣サンでも、赤司がオレと暮らすことを許可したのを後悔するかもしれない……。

後書き
赤司様と降旗クン、結ばれた日のその後。
しかし、チョコレート・プレイとは、赤司様も大胆な――。
2019.11.26

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