ドアを開けると赤司様がいました 9

「先生……」
「おお、どうした。降旗クン。――この間の答えかい?」
「はい。……やっぱりオレには荷が重いんじゃないかと……」
「……君なら一度はそう言うと思っていたよ」
 ふぅん……オレって結構考えていること読まれるタイプなのかな。
「二年になったら――考えますので……」
「ああ、頼んだよ。今のままなら、ここも人材に不自由はしないんだが、頼みの綱は今年度で皆卒業してしまうからなぁ……君と赤司のことは知っている。あの赤司と対等に渡り合ってるみたいじゃないか」
「そんなことありませんよ」
「よし、じゃあこの話はしばらく保留にしよう。気が向いたら承諾してくれよ」
 そう言って顧問の先生はウィンクした。

「何で断ったんだい?」
 赤司はいつもと同じような口調で言った。そして、ポン、とノンアルコールワインのコルクを開ける。
「何でって、オレは一年だしそれに――」
「まぁ、キミのことだから、オレには荷が重いとか、そんなにバスケ強くないし――とかそんなこと考えてたんだろ」
 うっ、顧問の先生ならともかく、何で赤司までオレの心をそんなに読んでしまう訳?
 しかも、そんなにバスケ強くないし――とは、顧問にも内緒で考えていたことである。やっぱりこいつ、侮れん。天帝の眼で読んだのか? オレの心の中を――。
「天帝の眼がなくてもキミの考えることなど簡単にわかる」
「うっ……!」
「別に、副主将て言ったって、バスケが強いといけない訳じゃないんだろ?」
「――そうなの?」
「……オレが訊きたいよ。――まぁいい。君には人を動かす才能があるんだ。人の心に訴えることも上手いし」
「それは赤司じゃないか」
「まぁね。オレ達は似た者同士だよ。けれども、光樹の才能を見出すなんて、その顧問もなかなか人を見る目があるじゃないか」
「オレ、二年になったら考えますって言った――」
「そうだね。キミの学校のバスケ部、あまり主将向きでないのが多いし――」
「オレの学校のことについてやけに詳しいね」
「光樹のことだったら何でも知ってるよ――皆我が強いけど、キミに対しては皆好意的だった。だから、キミには才能がある」
 いつの間に調べたんだろう……。
「それに、光樹がどうやって選手を動かすか楽しみにしていたんだ。オレは――でも、光樹にそんな気持ちがないんじゃ仕方ないね。もしかしてキミ、オレにバスケで戦うのが怖いのかい?」
 うっ、その辺もしっかり読まれてる……。
「まぁ、そりゃね。天帝赤司様がお相手なもんでね」
「キミはいつだってオレを相手にしてるじゃないか」
「でも、あの時! アンタが天帝のオーラを出した時、『あー、こいつにゃ敵わねぇ』って思ったよ!」
「思った? 思っただけ? でも、キミは今もこうしてオレと話してるだろ? 本当に怖かったら、今頃どこかに逃げてるさ」
「逃げることも考え付かない程怖いだけかも――」
「であっても、キミは常にこの場にいる。オレでさえ、時々キミがおっかないことがある」
「赤司がぁ?!」
「オレにだって怖いと思う時はあるよ。でも、今はそんなことは忘れてこれで乾杯しようじゃないか」
 赤司がワインをグラスに注ぐ。そして言った。
「乾杯」
 ちりん、とグラスが合わさる音がする。
「今度の休日に、牧場に行かないかい?」
「赤司の家の経営する? この前話してたね」
「馬にも乗れるよ。どうだい?」
「赤司の白馬もいるの?」
「ああ。でも、ビアンカは――あの馬はオレにしか懐かないからね」
「見るだけでいいよ! 見たい見たい!」
「ははは。光樹は子供みたいだね。いいよ。行った時彼女の厩舎にも連れてってあげるよ」
 オレは赤司をじっと見つめた。
「ん? 何だい?」
 オレは、何でもない、と答えた。うん、やっぱり今の赤司なら怖くない。ワインは美味しかった。安物で悪いんだけど――と赤司は言っていたが、オレは安物でもいい。

 ――牧場長はオレ達を機嫌良く迎え入れてくれた。
「坊ちゃま! ――と、降旗様ですね」
「はい。宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
 牧場長は厩舎に案内してくれた。独特の臭いはあったものの、すぐに慣れた。
「こちらの馬はミルキーウェイというんですよ。――大人しい馬です」
「乗ってみるかい? 光樹」
「うん……」
 牧場長がミルキーウェイを連れ出す。オレが乗ると――
「ヒヒーン!」
 といななき、途端に暴れ出した。オレは振り落とされ、尻餅をついてしまった。
「光樹!」
 赤司が慌てて駆け寄る。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん……平気」
「ごめん……オレが馬に乗せたりしたから――」
「赤司は悪くないよ。だって、ミルキーウェイは赤司が乗ってくれるものと思ってたんじゃないかな」
「俺が?」
「ミルキーウェイはアンタに恋してるんだよ。でも、赤司はきっとビアンカばかり可愛がっていたんだろう?」
「う……そうだね……」
「やっと赤司を乗せられると思ってたのに、乗ったのはオレだった。多分それが嫌だったんじゃないかな」
「光樹……馬の気持ちがわかるのかい?」
「少しは。犬猫の気持ちもちょっとはわかるよ」
「――光樹。キミも結構タダモノではないね」
「そう?」
「ええ。降旗様の言う通りですよ。ミルキーウェイは坊ちゃまが乗ってくれるのを今か今かと楽しみにしてたんですからね」
「――オレはそんなに慕われているなんて知らなかった……光樹を振り落とした罰に、ミルキーウェイは処分しようと思ったのだが」
「可哀想だからやめてくれよ、そんなこと……」
 オレの言葉に赤司は微笑んだ。――その後、ちょっと厳しい顔になる。
「――もう、光樹を乗馬には連れて行かないよ」
「どうして?」
「今回は光樹も怪我がなかったから良かったようなものの――光樹に何かあったら、オレは生きていけない……」
 ――相変わらずオーバーだな。赤司のヤツ。
「坊ちゃま……」
「ああ。牧場長。光樹はオレの家族だからね。家族の心配をする気持ちはわかるだろう?」
「――はい。私にも家族がおりますから。すみません、降旗様」
 オレと赤司はルームシェアをしているだけの仲ではなかったんだ。――赤司みたいなパーフェクトなヤツが、オレを家族と認めてくれたんだ。それだけでオレは……なんか嬉しい。
「牛を見に行こう。光樹」
「うん!」
 ここの牛乳は美味しいからね――赤司は自慢げに言った。そうだろうなぁ。こんなに肉付きの良い牛が並んでるんだもんなぁ……。雌牛から絞った牛乳もさぞかし美味しいに違いない。
「やぁ、赤司君」
 牛の世話係がそう言った。牧場長がオレのことを紹介したので、オレは自己紹介する手間が省けた。
 赤司がいつも我が家に配達してもらっている牛乳は旨い。最初、これが本当に牛乳か、とびっくりしたくらい。ここの牛乳だったらしい。
「オレ達がいつも飲んでいる牛乳だよ」
「――オレは赤司がここの牛乳を持って来るまで、牛乳の本当の美味しさを知らなかったな」
「キミにはいろいろ教えてあげたいことが山程あるんだ。勿論、キミから教わったことも沢山あるよ。ミルキーウェイの気持ちなんて……光樹が言ってくれなけりゃわからなかったよ」
 ……でも、しばらく乗馬は控えてくれないか。オレの心臓に悪いから。――赤司がそう言った。赤司って意外と優しいヤツだな――オレはそう思った。

後書き
優しいというか、過保護ですね。赤司様(笑)。
でも、大切な人が大変な目に合ったら、心配するのもわかりますね。
2019.05.11

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