ドアを開けると赤司様がいました 89

 ――電話が鳴った。赤司が受話器を取る。
「はい。降旗ですが」
 この部屋は一応オレの名義で貸してもらっている。――赤司も金は出しているが。
「え……ああ……何だ、オマエか」
 送話器に手を当てて、赤司が、「緑間からだ」と小声で言う。……一晩ももたなかったと言う訳か。
「どうする? 高尾」
「――出る」
 高尾が受話器を受け取った。
「あ、真ちゃん? オレ――何だ。結局オレがいないとダメなんじゃん。ん? え? 本当?! ありがとう真ちゃん! よく決意したね! ……うん、うん。それならまぁ、許してもいいかな……」
 高尾の声がぱあっと明るくなる。まるで綺麗な花が咲いた時、嬉しくて上げた歓声のようだ。
「そう。――今、赤司んとこ。よくわかったね。真ちゃん。……あ、赤司に代わるよ」
 赤司が緑間と何を話していたのかは知らない。ただ、高尾はこう言っていた。
「真ちゃんが、街中だったら腕ぐらい組んでも構わないってさ。オレなんかは交差点でちゅーもやりたかったんだけど、それは真ちゃんには恥ずかしくて無理そうだから」
 ――ああ、そう。良かったね。
「全く、シャイなくせしてよく決心したよ。真ちゃん♪」
 高尾ははしゃいでいる。オレはともかく、赤司はどう思うだろう。緑間と高尾は両想いだしさ。そして、多分体の関係もあるだろうさ。
 オレ達と違って――。
 オレの心がずきん、と痛んだ。オレは緑間より酷なことを赤司にしているのかもしれない。
 好きだ。でも、体は許さない。
 そんなオレが相手だから、赤司は自然、禁欲生活を強いられている。まぁ、どこかで発散はしているだろうが――いや、赤司は学校やバスケ、その他の用事以外では、いつもオレと一緒にいる。女と遊ぶ時間があるとは思えない。
 赤司、辛くないかな――。オレだったら、多分辛いかもしれない。でも、多分タチネコで言ったらオレがネコだから……。
 いつだったか、「その気になったらリードしてあげるよ」と赤司も言ってたっけ。
「緑間が迎えに来るそうだ」
「えー? 雪の中わざわざ?」
 心配そうに高尾は言った。転ばないといいけどなぁ――と小さく付け足す。やっぱり緑間のことが気にかかるんだね。

 そして――金ボタンのコート姿の緑間真太郎がやって来た。傘は雪まみれになっていた。緑色の傘か。緑は緑間のラッキーカラーか? だとしてもちっとも不思議ではない。この男はゲンを担ぐ方らしい。
「真ちゃん!」
 高尾と緑間が抱き合った。まるでドラマを観ているようだ。でも、これは現実なのだ。オレは思った。……いいな。
「緑間、まだ豆腐残ってるけど、湯豆腐食べないか?」
「そんな場合ではないのだよ」
「そうだよ。赤司。――真ちゃん。早く帰ってうーんと熱い夜を過ごそうね」
「無論だ。朝までずっと離さないのだよ」
「オマエら……」
 赤司が呆れたように呟く。オレも、他人の家で何いちゃいちゃしてんだよって、思うもん。
「雪が積もってるから、渋滞に巻き込まれないよう、歩いて来たのだよ」
「寒かったでしょ。早く帰ろうよ」
 高尾が緑間を促す。もとはと言えばお前が巻いた種じゃないか。――でも、憎めないのは高尾のキャラのおかげかな。
 盛り上がった緑間と高尾は――オレ達の目の前でディープキスを交わした。
「なっ……なっ……!」
「あー、こりゃ、オレにとっては目の毒だね」
「何でだ? 赤司。お前には降旗がいるのだよ」
 ディープキスを止めた緑間が首を傾げる。
「うん。でも……キミ達のような肉体関係はまだないからね」
「えー? 赤司、降旗抱いたことないの? ――降旗、まだ清らかなんだね」
「オレが……痛いのイヤなこと、赤司は知ってるんだ」
 オレはつい高尾に対して赤司の弁護をしてしまった。――だって、悪いのは本当にオレ……赤司はよく我慢してると思うよ。例え想像の中ではオレのことを抱いていたにしても。赤司が頭の中でオレのことを抱いてたって、オレにはとやかく言う資格などない。
 赤司の辛抱強さには感心するよ、ほんと。でも、好きだったらオレだって……待てるかな。きっと待てる。それに、オレは性については淡泊な方だと思うから。性的エネルギーをバスケに昇華してるんだ。……多分。
 けど、オレだって年頃だし、その手の話題に関心がない訳ではない。
 ただ――想像してても、最初は相手が好みの女の子の姿かたちをしていても、最後には赤司の顔に変わり、抱いていたのが、抱かれている方にチェンジさせられてしまうんだ。これはちょっと不可抗力に近い。
 咄嗟に赤司の方を見ると、赤司は苦笑いしかしていなかった。緑間に高尾、こいつら……外では腕も組まないくせに、オレ達の目の前ではあんな濃厚なキスをして……。見物人がオレ達なら平気と言うことなんだろうか。
「じゃーねー」
 二人は帰って行った。おうおう、二人で熱い夜でも何でも過ごしてくれよ。
 でも、緑間と高尾のキスを見ている時より、赤司と二人きりになった今の方が、緊張する。
 ――赤司は緑間のことが羨ましくないんだろうか……。
「じゃあ、掃除するね」
 赤司はいつものように、涼しい顔――に見える。
「あ、赤司……!」
 声が掠れた。赤司は微笑みを浮かべて訊いた。
「何だい? 光樹」
「あの……オレのこと……抱いてもいいれしゅ!」
 緊張のあまり舌がもつれた。かっこ悪い。でも、こんな機会でもないと、オレに勇気は湧かない。これを逃したら、後は白髪の生えた後――と言うことにもなりかねない。
「いいのか……?」
 赤司がこころもち目を丸くする。オレは、こくこくと頷いた。――穏やかだった赤司青年の顔が、オスの顔に変わる。
「後悔……しないかい?」
 オレはまたこくこくと頷いた。
「言っておくけど、オレは男を抱くのは初めてなんだ……君に痛い思いをさせてしまうかもしれないよ」
 そんなこと……もう覚悟済みだぜ。
「オレが怖いかい?」
「――少し」
「緑間と高尾に触発されたのかい?」
「――まぁ……そんなとこ……」
 赤司の爽やかな吐息の香りがした。オレは、唇を奪われていた。
「ん……っ?!」
「口を開け」
 ――赤司が命令調で言う。ひんやりした舌がするりと入って来た。ぺろりと口蓋を舐められる。
 ひゃっ!
 オレの舌に赤司の舌が絡む。そして――力強く吸われる。激しいキス。
 何これ……何これ何これ何これ!
 オレは蹂躙されてるだけなのに……それがこんなに気持ちいいだなんて――。でも、息が……。オレは鼻で懸命に息をする。ずるり……と、力が抜けた。オレは頽れる。赤司とオレの口が離れた。銀糸が垂れる。
「もう、膝まづくのか――光樹。逃げるなら……今だぞ。オレも……自分自身を抑制する自信がない……」
 わかってる。赤司は最後の理性で言ってるんだ。でも、オレだって、あだやおろそかであんなこと言ったんじゃねぇ。チワワはチワワなりに、覚悟して赤司を誘惑(赤司にとっては誘惑だろう)をしたんだ。
 オレは――逃げない。どんなに赤司が圧力を加えたって……そりゃ、精神力は削られるけど……でも、逃げない。
 けれども、仕切り直しにこれくらいはいいだろうか。
「赤司……オレ、シャワー浴びて来る」
「……行って来い」
「ついでに……風呂も入る」
「ああ……」
 あんなこと言って……やっぱり逃げるんじゃないかと言わんでくれ。汚い体で、赤司に抱かれたくない。
 ――ウォシュレットで、あの部分も洗うか。あそこに、赤司のモノを――。
 オレはぶんぶんと首を横に振った。女はおろか、男との経験などないオレだ。息が荒くなる。鼓動が早くなる。――オレが耳年増なのかもしれないが、男同士のやり方は大体わかっている。ただ、無駄な知識などなかった方がよかったかも。
 痛いことがわかる前から……。
 まだ、風呂は沸いていない。お湯を溜める。その空いた時間でシャワーを浴び、じっくりと体を洗う。当然かもしれないが、オレのモノは萎えたままだった。オレは自分のモノを特に念入りに洗った。赤司が尺八なんぞするなんて思わなかったが、あんなキスをする赤司のことだ。口に咥えられても平気なように……。
 オレも初めてだけど、赤司も初めてなんだ――。男とは。
 そう思って、オレの心は少し軽くなった。もしかして、赤司も緊張してるとか?
 いや、それはない。あの天帝赤司様がオレに対して緊張するなど――。
 ……このまま、逃げてしまおうか。
 そんな冗談めいた考えまで浮かんでしまう。でも、華厳の滝に飛び込むつもりで赤司に「抱いて」とねだったのだ。今更引き返せない。それに……オレだって男なんだ。男との約束は、守る。
 物事を動かしたのはオレなんだ。赤司に言質を与えたのも、オレなんだ。
 最初から、快感は望めないかもしれない。それでもいい。オレはゆっくりと立ち上がり、湯船に入った。バスケだって、オレは初めは上手じゃなかった。でも、練習して、技を磨いて上手くなったのだ。だから、セックスもきっと一緒だ。

後書き
降旗クン、とうとう決心する。
もう既に18禁展開?
2019.11.15

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