ドアを開けると赤司様がいました 87

「光樹。キミもこっちへ来ないか?」
 ――え? そりゃまぁ、オレもバスケしたいなと思ってたとこだったんだけど……。
「高度なドリブルテクニック、スピード、高い身体能力――お前には全て揃っている。なんせ、オレが相手したんだからな」
「ま、まぁ……そういうことなら……」
 恥を晒すの覚悟で、オレはコートに立った。
 コートに立った感覚、空気、匂い、雰囲気――オレは目を閉じた。やっぱりオレはバスケが好きだ。
「何浸っているんだ。早く攻撃して来い」
 うるさいなぁ……久しぶりなんだからもう少し一人にしといてくれよ。赤司……お前ならわかるだろう? バスケプレイヤーにとって、コートがどんなに特別で神聖なものかを――。
 ――まぁ、ここはただの高校の体育館なんだけどね。
 オレは赤司に勝負を挑む。赤司の顔つきが変わった。例えて言えば、初めて会った時の赤司のような……いや、それよりもっと凄いかも……。
 でも、オレも負けねぇぜ。オレだって無駄に年月を過ごして来た訳じゃないんだぜ。
 赤司だって失敗することもある。それを思い出しながら、オレはアンクルブレイクを仕掛けた。赤司――オレはもう、オマエには負けない。
 ドドドドドドドッ!
 赤司から伝授された高速ドリブル。赤司が迫って来たところで急停止。左右に緩急つけて――赤司のバランスを、崩す。
「わっ!」
 赤司からボールを取られた。転ばされたのはオレの方だった。
「甘い」
 そう言ったのは、いつもの穏やかな赤司ではなく、天帝赤司征十郎だった。――オレは、息を飲んだ。確か初めて会ったあの時、オレ怖くて動けなかったんだよなぁ……。でも、今は、昔を思い出す余裕はある。
(あの茶髪の人、可哀想……)
(いくら何でもやり過ぎ……もう充分よ)
 一部の女子達がひそひそ話し合うのが聴こえる。後輩の一人が言った。
「はん。降旗センパイ、大したこたねぇな」
「本当にそう思うっスか?」
「草太……?」
「確かに朝日奈サンや降旗サンは晒し者っス。けど……赤司サンはオレらには晒し者になる資格さえ見出さない……いえ、見出せなかったんスよ」
「草太、オマエ……」
「……強く、なりたいっス」
 卯月がユニフォームのパンツの裾を握りしめて泣き出した。オレはギャラリーに向かって笑顔で親指を立てた。
 ――こうして、オレの誠凛行きは幕を閉じた。

「ドリブル巧者の一年生に会えなかったのは心残りだな」
 車の中で赤司が言った。――あの一年はどうやら補習らしい。カントクも言ってたっけな……バカではバスケは出来ないって。火神に。皆、頑張って勉強しろよ。歌にもあるじゃんか。勉強はした方がいいって。
「惜しかったよなぁ……あの選手も成績さえ良ければなぁ……」
「光樹。キミもだぞ」
「わかってますって」
「これからT大にも入れるようにビシビシしごくからな」
 あー……それ、まだ諦めてなかったんだ。赤司はどうしてオレをT大に呼び寄せようとするのだろう。別段興味ないけど……オレが一応そう訊くと、赤司がこう答えた。
「だって……好きな人とは同じ学校で過ごしたいだろ?」
 赤司の横顔。端正な横顔。頬が少し赤みがかって見えた。こいつも冗談で言っている訳ではないらしい。
 赤司には随分世話になっている。考えてみれば、赤司が教えるの下手だったら、オレは学習面でのピンチを乗り越えられなかったな。
「赤司……ありがと」
「ああ。とうとうオレと同じ大学に行く気になったか」
「悪いけど、それは譲れません。オレは今の大学が気に入っています」
「――ちっ。まぁいい。ひとつ屋根の下で暮らせるのだからな」
 オレは……今ほど、男に生まれて良かったと思ったことはない。女だったら即赤司に食われていたかもしれない。父ちゃんも気が気でなかっただろう。母ちゃんだって、オレが娘だったら、男との同居生活をさせることにブレーキをかけていたことだろう。
 だから、良かった。いろいろな意味で。
「2号、可愛かったな。――誠凛はいい学校だ。洛山もいい学校だったが、洛山ともまた違ってな」
「だろ?! ――オレの自慢の母校だもん!」
「流石、黒子や光樹が選んだ学校なだけはあるな」
「うん! だろ? だろ?」
 黒子は、センパイ達がバスケを好きなのが伝わって来るのが良かったのだそうな。――それで、誠凛を選んだのだろう。そこで火神と出逢う。光と影として活躍しているうちに、恋に落ちちゃったんだろうな……。
 赤司は、どうなんだろう。……何故、オレなんだろう。何故オレに構うのだろう。
「……何考えてるんだい? 光樹」
「え? 考え事してんのわかる? ――赤司はどうしてオレと一緒にいるのかなぁって」
「理由はわかってるだろう? キミを好きだからだよ。――そうは言ってもまだ本気にとってくれていないのかな? 気持ちはわかるけど、ちょっと寂しいね。オレだって普通の人間さ。人並に恋もする。――光樹。オマエが好きだ」
「それは恋愛感情?」
「そうだが?」
 ――うーん、やっぱりまだちょっと、夢たいなところがある。顔良し、頭良し、運動神経良しと何もかも揃った男が、オレなんかを相手にするなんてさ――今時ベタな少女漫画にもこんな設定出て来ねぇぜ。
「オレは……ずっと昔からキミのことが好きだったよ。それがわかったのは、会ってから大分経った時のことだけど。オレは、オマエに運命を感じたんだ」
「……運命?」
 オーバー過ぎやしないか? 赤司……そう言うのが好きな男だってのはわかっているけど、それじゃまるで緑間みたい……。
 でも、赤司は緑間と違っておは朝には興味なさそうだし、オレだって高尾程ハイスペックじゃないし――。
 ……あかん。他人と比べると落ち込んでしまう。他人は他人。自分は自分なんだ。赤司とオレの関係が、他の人には納得出来ないようなものでも、オレにはこれが自然なんだ。
 後はねぇ……体の問題だけなんだが……オレ、痛いのはごめんだから……。オレが女に生まれれば良かったと思うのは、そんな考えに行きつく時だ。オレが女だったら、赤司の子供も産めただろう。
 赤司との子供が作れない。それがそんなに切ないなんて、想いも寄らなかった。
「赤司……あのさ……やっぱりアンタにゃ女性と付き合おうと言う気はない訳?」
「ないよ。キミがいるから」
 赤司はあっさり答えた。
「オレは、キミの赤ちゃん産めないよ」
「わかってる」
 赤司は赤信号に多少苛ついているようだ。
「でも、科学の進歩発展は凄いからね。人工授精でも……子供を授かることは出来るよ。自然じゃない、と思うかもしれないけれどね、キミは」
 う……読まれてる……。
「それに、キミとなら二人でずっと暮らしてもいいさ。共白髪も多分いいものだよ」
「でも、赤司は子供が好きじゃないか」
「近所の子供達と遊ぶ分には楽しいよ」
「それに……オレがアンタの相手になるとは思えない」
「アナルセックスがイヤなのかい?」
 赤司はズバッと言った。
「う……まぁ……」
 オレは赤くなりながらしどろもどろに答えた。
「だったらオレはしないでも……そりゃ、光樹が相手になってくれたら嬉しいけれど、何度も言うように、オレは焦らないから……」
 ――赤司征十郎は、理想の恋人だと思う。
「着いたよ」
 ああ、我が家だ。赤司とオレとの――我が家だ。セックスレスでも、オレ達は相性がいいみたいで、赤司といると幸せな気持ちになる。一種の優越感かもしれない。
「今日は湯豆腐パーティーにしよう。いつもより多めに豆腐を買ったからね」
 そう。赤司は帰り道、近所の豆腐屋で豆腐を買った。おからももらったから、明日のおかずには困らない。明日の朝はこれでおからの煮物を作ろう。作り方がわからなくなればタブレットPCで調べてもい。
 まぁ、オレの傍には赤司征十郎大先生と言う料理の達人がいるが――。それに、赤司の作る湯豆腐はとにかく旨い。
 湯豆腐パーティーの準備は赤司に任せよう。赤司もノリノリだし。
 用意が出来た。――その時だった。
 ピンポーン。ピンポーン。
 チャイムが鳴った。ああ、せっかくの湯豆腐なのに、イヤな予感しかしない……。久しぶりの湯豆腐なのに……。それでもオレはチワワの悲しい性で、
「はーい」
 と、玄関に急いで駆けて行く。まるで飼い主のお帰りを出迎える子犬のように。
 ドアを開けるとそこには高尾がいた。
「高尾……」
 と言うことは、緑間絡みだろうか。……出来るだけこいつらには関わりたくないな、と思ってたのに……それとも、今日、車の中でちらっと緑間のことを考えたのがまずかったのだろうか……。
「光樹。やっぱり高尾だったのかい?」
 赤司が訊く。――赤司は高尾の来訪がわかっていたみたいな口調だな。天帝の眼を持つ天才様には、何もかもお見通しって訳か……。――高尾が苦い笑いを浮かべながらおずおずと口を開いた。
「赤司……降旗……家出して来ちった。しばらくここに置かせてくんない?」

後書き
アンクルブレイクは難しそうですね。
家出してきた高尾。何があったやら……。
2019.11.09

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