ドアを開けると赤司様がいました 86

 夜木、勉強とバスケが趣味。それって――。
「――変態だな」
 朝日奈が一歩引いてる。うん。オレも朝日奈の意見に賛成だ。流石に変態だとは言わないけれど――。
「そ、そうかな……」
 夜木が焦っている。こういうところは可愛い。
「そうだぜ。あー、道理でオレの知らないことまで知っているはずだよな。あ、それからこいつ、将棋や囲碁も得意だけど、相手がいねぇんだよ。皆馬鹿だから。将棋や囲碁って頭使うから」
「オレは将棋得意だけど?」
 あ、そうだった。赤司も将棋得意なんだっけ。時間がないから滅多に出来ないんだけど。――オレ、赤司から将棋を教わったけど、初めて対局した時はこてんこてんに負けたもんな……。
 それからオレ達はあんまり将棋も指さなくなったけど――。
「そうなんですか?! 赤司さんは将棋も得意なんて、流石ですね!」
 夜木の声が弾む。目がきらきら輝いている。――同類を見つけた時の目だ。
「中学時代は緑間とよく指していたもんだよ。勿論、オレが全戦全勝だったけどね。あの頃の父はいつも勝利を要求していたから――母はそんなオレを気の毒に思ってたんだろうな……勉強などでの疲れを癒す為にオレにバスケを教えてくれたよ」
「いいお母さんスね」
 夜木の言葉に赤司はこう答える。
「もう亡くなってしまったけどね……」
「そうなんスか……」
 ――場が一気に暗くなってしまった。けれど、赤司は頭を上げた。まるで、亡くなった母の面影が見えるにように――。
「でも、母がバスケを勧めてくれたおかげでキミ達と……そして光樹と知り合えたんだ。この世には、何も無駄な物はないんだよ。――母がよく言ってたけど」
「はいはい。赤司サンは降旗センパイと一緒に住む程、センパイのことが好きなのは知ってるっスから」
「オレも――」
 朝日奈と夜木は苦笑していた。
「そうだね。光樹と付き合ってから、世界が変わったよ」
 ――オレはぶんぶんぶんと勢い良く首を横に振った。とんでもない! オレなんか何にもしてないのに! むしろ、世界が変わったのはオレの方で――。赤司がいたから、社交界にも少しだけど参加することが出来たんだ……。
「いい友達っスね」
 ――ああ、夜木。オマエの笑顔、光ってるよ、輝いてるよ……。
「ああ、友達どころかオレは――」
「……赤司、それ以上言わないでくれないか」
 後輩達から変な目で見られたくない。そう思ったが、少し遅かったようだ。
「へぇ……」
「ま、まぁ、その、頑張ってください……」
 夜木――お前、オレに何を頑張れと言うんだ……。
「勿論、オレは頑張ってるよ。ただ、光樹にその気がないとね――」
 赤司まで何言ってるんだ! それ以上何か言ったら、オレ家出て行くからね! ――家出て行ってどうするかはまだ決めてないけど。実家に帰ったら父ちゃんが喜ぶかな……。
 ――空気が変わった。
(ここよ、ここ)
(えー、見えなーい)
(アンタ、眼鏡の度合ってるの? ここからでも見えるじゃない。――赤司様のオーラが)
 女子生徒達だ。オレ達の時は女バスの選手以外は女子は誰も来なかったのに、赤司のパワーって凄い! どうやら、その前から来ていた女子もいたようだ。皆遠巻きにして見ていたけど。
 赤司が女子に気付いたようだ。
「やぁ、キミ達」
 そう言って赤司は満面の笑みを浮かべた。女子達の黄色い悲鳴が上がる。
「――こんな反応も新鮮でいいね。オレの通っている学校なんて、すっかりオレに慣れたものだから……」
 それは、嘘だな。赤司に慣れることなんて、まずはないだろう。オレだって、少しは慣れて来たものの、赤司にはびっくりさせられることが多いもんなぁ……。
(きゃー、こっち見たこっち見た)
(どうする? 隠れる?)
(やぁだぁ。そこまで来てそれはないでしょ?)
「あはは、可愛いね――でも、光樹の方が数倍可愛いから」
 別に妬いてなんかいないけど、セリフの後半の方は赤司が耳元でオレに囁いた。ったくもう……。誰、あの人、とか、女だったら許せないけど、男だから許しちゃう、などと声が飛ぶ。
 ――てか、何で女子生徒が土曜日出勤してるの? 勉強? 部活? それともただ単にヒマなの?
(やっぱり噂は本当だったのね! T大の赤司様が来てるって噂は――)
(私、写真撮って飾るわ!)
(やーん。私も写真撮って額縁に入れとこうかしら)
 ――赤司はまた満面の笑みのままだ。でも、ちょっと機械的な笑顔だ。……本当の赤司の笑顔を知っているオレだから言える。
「こんにちは。誠凛の皆さん。今日はお世話になりに来ました。ちょっと練習風景を見せてもらっていいですか?」
「きゃああああああ! 勿論でございますぅぅぅぅ!」
 失神した女子が二、三人……大丈夫かな。でも、彼女達もすぐ立ち直ったらしい。友達に支えられてる。良かった。起きないようならオレが保健室に連れて行こうと思ってたところだった。
「アン! アン!」
 この鳴き声――懐かしい。テツヤ2号だ。
「久しぶりー。2号。オレのこと覚えてるかー?」
「アンッ」
 2号は尻尾をフリフリ。やっぱり覚えてるみたいだな。すっかり大人になって……。
「光樹。何だい? その犬は」
「あ、2号っス。オレが一年の頃からバスケ部で飼ってた犬っス。――つうか、赤司、それ……」
 赤司はスマホを構えてさっきからうずうずしていた。
「やー、撮りたいなぁ。光樹と2号が戯れている姿撮りたいなぁ……」
「2号はともかく、オレ撮ったって面白くないだろ」
「いやぁ……光樹はいいモデルだよ……」
 赤司の息が荒い。んじゃ、ちょっと2号の頭を撫でてやりますか。――2号が腹を見せる。
「いいっ! いいっ! その感じだ!」
 パシャッ! パシャパシャ!
 すっかりカメラ小僧と化している赤司。けど、2号が可愛過ぎるからだろうな。他の女子達もオレらの写真撮っている。ありがと。2号。おかげでオレもいいお思いが出来たよ……。
「赤司も2号抱く?」
「抱かせてくれるのかい? ありがとう。ああ、2号。キミは可愛いねぇ」
「アンッ」
「将来は光樹とこんな小型犬と生活したいねぇ」
 ――オレはこの言葉は聞かなかったことにした。オレも写真撮っていいだろうか。――いいよな。赤司だって撮ってたんだし。オレがシャッターを切る。
「……やぁ、恥ずかしいよ。光樹……」
 赤司の顔に照れが見えた。
 ――誠凛の練習風景を見ていた赤司がこんな言葉を口にした。
「今日は本当に参考になったよ。お礼にアンクルブレイク教えてあげようか?」
「あー、うん。オレも何とかアンクルブレイクもどきが出来るから教えようとしたことあるけど、赤司サンの方が多分上手いよ」
 と、朝日奈が言った。
 赤司は教えるのも上手だ。赤司は他人に何かを教えることに向いてないんじゃないかと思ったが、どうしてどうして。カントクが曲がりなりにも立派なお雑煮を作れたのは赤司がいたからだ。
 でも、何でも出来過ぎて、人間味に欠けるというか何というか……赤司様に死角なしってところか。
「まずは実践編やるよ。――朝日奈クン、来たまえ」
「やだなぁ……」
 そう言いながらも、朝日奈はコートに向かった。
「見ててくれ」
 ――何だか、オレにそう言ったような気がする。ボールを取ろうと朝日奈が動くと、赤司が移動する。すると――。
「てっ」
 朝日奈が転んだ。アンクルブレイクとは、『足元を破壊する』という意味だ。別に必ず身につけなきゃいけない技ではない。高難度の技術だが、高校一年の赤司はそれを使いこなしていた。
 ――赤司って、大したヤツだったんだなぁ……。いや、わかってる。身をもって知ってはいたけれど、アンクルブレイクにますます磨きがかかったような気がする。
 それに、あの迫力。朝日奈も少々びびっているらしい。
「わかったかい? ――これだけじゃわからないよね。じゃあ、コツを教えようか……皆は地道な練習疎かにしてないよね」
「はいっ!」
「なら出来るさ。アンクルブレイクは相手の重心を崩すことが重要だ。それから、他の選手をよく観察すること。千里の道も一歩からだよ。まず、基本が大事だからね。ドリブルテクニックも練習しよう。それでも、オレ以外のプレイヤーはもし運が良ければ決まるかもというくらいの大技だから……いいかい? まずはトップスピードで……」
 赤司は余計な一言をさりげなく付け足した。赤司以外のプレイヤーは運が悪けりゃアンクルブレイクできないとかって言いたいのかよ。……。うーん、でも、それは事実だから困ったもんだよ。
 赤司が緩急のつけ方を見せてくれる。高度なドリブルテクニックも。――卯月クンが、さっきとはうって変わって真面目な顔で赤司を見つめている。
 でも――オレには赤司のような真似は出来ない。やっぱり赤司征十郎は天才だ!
 だけど、火神や黒子達はバスケで赤司達に勝ったんだ。――ウィンター・カップはオレも参加したけど、どうせオレは脇役だと、主役になるのを自分でも諦めていた気がする。ただ、赤司や南野クンがオレのことを随分買ってくれてるんで、オレは少々びっくりしてたとこなんだ。

後書き
アンクルブレイクの仕方はネットなどでちょっと調べました。
けれども私はやっぱりバスケの技などに関しては詳しくありません(笑)。
奥が深いですね。どんなスポーツであれ。
2019.11.07

BACK/HOME