ドアを開けると赤司様がいました 84

「出来たよー」
 オレは言った。赤司や子供達が食器に焼き飯をよそってくれる。
「わー、いい匂い」
「ありがとう。赤司様、降旗さん」
 ここの子供達は礼儀正しい子が多いな。――きっと親御さんの育て方が良いのだろう。
「赤司様と降旗さんて、お似合いですね」
 女子の一人――確か美紀ちゃんだったかな――が言った。
 お似合い? どこが? 赤司とオレとじゃ釣り合わないよ。何せ向こうは赤司様だもんなぁ。――まぁ、結婚する訳じゃないからそれでもいいんだと思うけどね。いや、赤司はオレとの結婚まで考えているかもしれないけれど。
「木吉サン。子供達の面倒みてくださってありがとうございます」
 赤司も木吉センパイには丁寧な言葉を使う。
「いやいや。――オレも子供は好きだしね」
 木吉センパイが照れ臭そうに答える。本当にいい人だな。木吉センパイ。――ちょっととぼけているところもあるけど、あれは素なんだろうか……。オレは木吉センパイに話しかける。
「木吉センパイ、おじいさんとおばあさんが元気で良かったっスね」
「うん。じっちゃんなんか『百まで生きて鉄平の活躍する姿を見るんだ。それまでは死ねん』と言ってたっけ」
「いいおじいさんっスね」
「うん。自慢の家族だよ」
 そう言って、木吉センパイは太陽のような笑顔を見せた。……木吉センパイだったら、絶対バスケで活躍出来るよ。誠凛にバスケ部作ったし。無冠の五将と呼ばれる程強いし――。
 ここだけの話、日向サンより強い。――怪我で療養を余儀なくされたこともあるけど。
 でも、アメリカだったら、スポーツ医学も発達してるし、木吉センパイは身体を大事にしてるだろうし。身体はスポーツ選手にとって最大の元手だからね。
「ねぇ、降旗さん」
 南野クンがオレに声をかける。
「はい……何かな?」
「オレ、降旗さんにバスケを教わりたいっての、本気だから」
「え? あ? そうなの?」
「降旗さんは本気にとってなさそうだったけどさ――」
 ぎくっ。よく見てんな。この子。――南野クンがまた続けた。
「降旗さんは基本に忠実だから。あれだけ基本に忠実なのも珍しいと思う。あれだけやれれば、どんなプレッシャーにも勝てると思う。――それに、赤司さんと暮らせているしね」
「は? 赤司がどうしたって?」
「大抵の人は赤司さんと暮らす心の強さなんてないと思うよ。例え願ってはいても」
 そう言って南野クンは上品に焼き飯をスプーンで口に運ぶ。
 赤司と暮らせるのは強いから? そんなことはないと思う。だって、赤司は優しいから――。オレのこともちゃんとよく見てくれてるし、いい時は褒めてくれて――。
「そうなんだ! 南野クン! 光樹は強いんだ!」
 赤司は拳をぎゅっと握って力説する。恥ずかしいなぁ、もう……。
「赤司が優しくて、オレに対しても気を遣ってくれるから、一緒に住めるんだよ」
「赤司様に気を遣わせるところが凄いんですよ」
「そうだぞ。南野クン」
 木吉センパイが話に割って入った。
「リコが言ってたよ。降旗は一見弱そうに見えるけど強いって」
「ほんとですか?! やっぱりその人も見る目がある人ですね!」
「それに、こいつ、赤司と戦ったことがあるんだ。赤司が洛山の選手だったことは知ってるかい?」
「洛山は強いって有名ですね」
「その赤司と降旗は、洛山の選手と、誠凛の選手として対決したことがあるんだ。――確か、降旗が一年の時だったな。リコが降旗をコートに立たせた時、誰も彼もが無茶な人選だと言ったが、オレはそうは思わなかった。リコも無茶だとは思わなかったよ」
「はい」
「そして降旗は――プレッシャーにも負けず、普通にシュートを決めたんだ」
「すごい! やっぱり降旗さんはすごい人ですね!」
「いやぁ……」
 木吉センパイってば、褒め殺しが上手いんだから――南野クンまで……。でも、カントクに認められたことは嬉しかった。
 ――まぁ、その後、精神力が削られ過ぎて退場を余儀なくされたけどね……。今はそんなことはない。試合の時の赤司は凄いけど、普段は優しい穏やかな青年だし。
「ご馳走様。あー、美味しかった」
「こんなに美味しい焼き飯が食えるなんて、赤司さん幸せだね」
「そうだろう? オレもそう考えていたところさ」
 そう言って、赤司は無駄に格好をつける。――いや、それはいいんだけどさ……ちょっと照れるな……。
「皆! 後片付けしましょ! 少しは手伝って赤司様と降旗さんを楽させてあげないと」
 皆から奈々ちゃんと呼ばれた娘が、腕まくりをした。
「そっか……助かるな……」
「いえ……」
 奈々ちゃんが赤くなって俯いている。どうしたと言うんだろう。
「――奈々ちゃんは降旗さんみたいな人が好みどんぴしゃなんだって。ちょっと猫みたいな顔の人、好きみたいよ」
「何よぉ。美紀。バラさなくていいでしょー!」
 奈々ちゃんが美紀ちゃんを殴る真似をする。そっかぁ。猫顔の人が好きなら、小金井センパイなんかも好みじゃないかな。
「キミ達、オレからも、ありがとう」
「どういたしまして。さぁっ、早く片付けなくちゃ。ひっしのぱっちで行くわよ、みんな!」
「おー!」
「あ、花山くんはお皿割ったりしないでね」
「おう……」
 花山クンは「困ったな」と言いたそうに答える。この子は体もでかいけど、気持ちもでかそうだな……。そして、莉奈ちゃんと言う子が早速洗い始める。高野クンは食器を拭き始めた。
「あん、つめないでよ、庄司くん」
 美紀ちゃんが言う。
「わりわり。でも、ここの台所狭いんだもんな……こんな狭い部屋に住んでるなんて、赤司様のイメージに合わないよ。降旗さんだったらともかく」
 何だよ。オレは狭い部屋がぴったりだって言うのか?
「幻滅したかい? 庄司クン」
「ううん。庶民的でもっと好きになった」
「ありがとう。――降旗さえいなければ、こんな部屋に住むつもりはなかったんだけどね……降旗はオレにいろんなことを教えてくれた。降旗は俺の――恩人だ」
 そんなこと言われると……何と答えていいかわからなくなる。嬉しいには嬉しいんだけど……。それに、俺が赤司の恩人なんて――オレの方こそ、赤司にはいつも世話になっているというのに……。
 子供達はいっぱいいるから、すぐに後片付けは終わった。奈々ちゃんや美紀ちゃんは何と掃除までしてくれた。コンロもすっかり綺麗になった。
「ここまでやってもらって――悪いね」
「いえいえ。美味しいご飯のお礼です」
 南野クンが返す。
「何よぉ、南野クン、結局何もやんなかったじゃない。――まぁ、私達も後片付けは得意だけど」
「だから、キミ達に任せたんだよ。キミ達がいなければオレがやってた。どうもな――雪城」
 雪城は美紀ちゃんの名字らしい。――買い物に行く途中で、子供達は皆、自己紹介をしてくれたのだ。美紀ちゃんの可愛い顔がぱっと花開く。『赤い実はじけた』を思い出すなぁ。小学校で習ったんだっけ。確か。
 美紀ちゃんの初恋も南野クンかな? 南野クンは確かにかっこいい。この中で一番イケメンだ。
「ま、わかってくれたらいいけどぉ」
 ――美紀ちゃんはちょっとツンデレみたいだな。オレ達に対してはとても気を使ってくれてるけど。
「ありがとう、皆。おかげでオレ達は楽が出来たよ」
「――オレも。キミ達は全員いい子だね」
 オレ達の褒め言葉に、子供達はもじもじした。ただ一人、南野クンだけが平然としている。そして南野クンは言った。
「こちらこそありがとうございます。これで、また思い出が出来ました」
「南野クンももっとこっちに来られるといいのにね」
「そうそう」
 奈々ちゃんと莉奈ちゃんが美紀ちゃんの方を見た。
「な、何よ、みんな……」
「別にぃ」
「ただ、南野くんがこっちに引っ越したりすれば、喜ぶ人が一人はいるな、と思ってね――」
「もう、二人とも!」
 美紀ちゃんがムキになる。他の二人がけたけたと笑った。「まだ告白してないんでしょー」とか、揶揄われて、「だから、そんなんじゃないんだったらー」と、美紀ちゃんがまたムキになって反駁する。
「女の子は恋の話が好きだなぁ……でも、何でオレが引っ越して来ると雪城が喜ぶんだ?」
 あちゃ……ダメだわ。こりゃ。全然話通じてねぇ。南野クンだって、話の流れでわかりそうなもんなのに……。赤司の方を見ると、赤司の唇がぷるぷると震えていた。
「じゃあねー。赤司さん。降旗さん」
 子供達は帰って行った。赤司は、「子供達のいる生活もいいね」と言っていた。――けれど、オレには子供は産めない。

後書き
降旗クンは子供が産めない……。
オメガバースとかだったら産めるのにね(笑)。
2019.11.03

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